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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>林 あゆ美

林 あゆ美の<<書評>>
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Self-Reference ENGINE 正義のミカタ―I’m a loser メタボラ 生還者 きみのためのバラ みずうみ 古本暮らし 囚人のジレンマ 20年後 百歳の人―魔術師


Self-Reference ENGINE
Self-Reference ENGINE
円城 塔(著)
【早川書房】
定価1680円(税込)
2007年5月
ISBN-9784152088215

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評価:★★★★★
 ページを繰るごとに自分が自由になっていくような爽快感があった。小説をいかように読むのも、私の自由なんだと。SFにもオイラー等式も数式もくわしくないといういいわけめいたことをせずに、第一部、第二部ともに9つに細かく分けられたそれぞれの話を楽しんだ。
 中でも "Bomb" がいっとう気に入った。医者がジェイムスに小難しく症状の説明をするシーンがことさらいい。もちろん日本語で書かれているのだけれど、"I belive that P, then P is true." 私はPと思っている。故にPである。――医者はこうやってジェイムスに満足げに話をする。こういう考え方をする人がいま現在私のすぐ近くにいて、日々ストレスをたっぷり与えてくれているおかげか、すっかりジェイムスに共感する。彼の医者に対する提案はすてきだ。働き者じゃなくて昇進も見込めないジェイムスだが、一緒にウォッカを飲んでみたい。

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正義のミカタ―I’m a loser
正義のミカタ―I’m a loser
本多 孝好(著)
【双葉社】
定価1575円(税込)
2007年5月
ISBN-9784575235814
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評価:★★
 つるつるするする読める、語り口さわやかな青春小説。読みやすいままに読んでいると、デリケートなことがらを、確信犯的におおざっぱに書いているところにつまずいてしまった。
 正義のミカタは、字面どおりに正義を通す。大学で起こる悪を投書箱から受け取り、悪を倒す。そうそううまく事は運ばないところもきちんともりこまれ、とにかくバランスのとれた小説になっている。だからこそ、ぐいぐい読めてしまうのだ。でも正義はデリケートなもので、そのデリケートさの収束が読み手の私から少しずれてしまった。

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メタボラ
メタボラ
桐野 夏生 (著)
【朝日新聞社】 
定価2100円(税込)
2007年5月
ISBN-9784022502797
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評価:★★★★
 冒頭から597頁まで一気読ませる吸引力は、今月読んだ本の中でピカイチ。
〈僕〉は山の中でひとり逃げていた。何から逃げていたのかもわからない。記憶もなくしていた。山で出会ったアキンツ(のち、ジェイクと名乗る)からギンジという名前をもらい、アキンツと共に山から下りる。無一文ゆえ、綱渡り式になんとか毎日を過ごし、小金を貯めて一般社会にとけこんでいく。アキンツの物語、ギンジの物語が並行して語られ、現在に交わる。沖縄を舞台に、アキンツの宮古の方言たっぷりに。
 親離れ、子離れ、自分探し、生きていくうえでのキーワードがてんこもりに展開されていくのに、しがみつくように読んだ。わかりたくないけれど、それぞれの事情ある人生に納得してしまう。だれもかれもこうしかなかったという道のりが切なく痛い。

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生還者
生還者
保科 昌彦(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103044710
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評価:★★
 黒い表紙にうっすらと浮かび上がる人の顔、顔、顔。ぞくりとする表紙だ。
 土砂崩れにあい、多くの人間が命を落としたなか、奇跡の生還者が7名いた。その事故から1年すぎた頃、生還者たちに異変が続いた。何が起こっているのか、そのうちの一人、沢井が彼らに連絡をとりはじめた。見えてくる当時の状況……。
 事故からの時間が小さな見出しとなり、各章それぞれに緊迫感を与えている。新聞に報道された以上の何が起きているのか。生還者たちの異変は誰かの仕業なのかと、ハラハラしながら読みすすめた。しかしドキドキしすぎたのか、自分でも何を期待していたのか、ラストに少し肩すかしをくらったように思えてしまった。

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きみのためのバラ
きみのためのバラ
池澤 夏樹(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103753063
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評価:★★★★
 八つの短編がおさめられている。土地さまざまに、人との出会いがエレガントに物語られ、いい話を読んだなと充足感をもたらせてくれた。
 その中のひとつ、「ヘルシンキ」での季節は冬。暑い季節に寒い空気を読むのは心地よかった。――寒さが空気の中にぎしぎしとひしめき合っている。鋭い棘を発砲に突き出したウニのような微粒子が空中をぶんぶん飛び回っている。――こうしてはじまる話では、ヘルシンキのホテルで出会った父と娘が登場する。少女の父は日本人で母はロシア人。結婚した時は日本で住んでいたが、しだいにうまくいかなくなり、いま娘と母親はサンクトペテルブルグに暮らし、父親が年に2回会いにきているという。最初は日本語で生活していた彼女だったが、娘が生まれ、赤ん坊に話しかける言葉はロシア語でないと気持ちが伝わらないといいはじめた。“言葉に帰郷”した彼女は心もロシアに戻り、日本にはいられなくなる。互いの母語が交わらずにどんどん広がる距離感がさざなみのように生活にふりかかってくる様が伝わってきて、深い穴をのぞくようだった。

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みずうみ
みずうみ
いしい しんじ(著)
【河出書房新社】 
定価1575円(税込)
2007年3月
ISBN-9784309018096

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評価:★★★
 コポリコポリという不思議な擬音が効果的に物語に沁みていて、いしい節で語られるふつうの生活にある異世界の輪郭になっている。
 人気サイトである作者の「ごはん日記」(新潮文庫におさめられている)でも、つねに独特のことばと音で日常が綴られているが、本書はその日記がぎゅうっと小説語に変換されたように思えた。
 眠り小屋で眠り続ける二番目の兄さんが出てくる第一章、伸び縮みする時間の中で働くタクシー運転手の第二章、第三章では作者と同じ名前の慎二が登場する。ひとつひとつは独立しているけれど、コポリコポリという音でつながっている。日常から少し離れた世界がごく自然にリアルに存在し、物語が存在感をもって読み手の前にあらわれる。第三章はいままでの、いしいワールドと違う角度からの視点がみえた気がした。

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古本暮らし
古本暮らし
荻原 魚雷(著)
【晶文社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784794967107
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評価:★★★★★
 本好き人間って、数が少ないから孤独なんです――、赤木かん子さんが高野文子特集を組んだユリイカの中で「本を読む人を読む」とタイトルして書いていたのを思い出した。孤独だからこそ「本を読む人」であるこの本は楽しめるんだと思い当たったのだ。
 人それぞれの時間の中で一冊の書物を読むわけだが、かかる時間もそれぞれで、読んだ本について誰かとしゃべりたいと無性に望んだとしてもその願いがかなうのはごく稀なこと。だけれど、こうして本の楽しみが綴られている書物のページを繰ることは、ものいわぬ作者と無言の対話を交わしているようなものだ。「そうそう、わかる、わかる。」「ん、その本はおもしろそう」「へぇ、そんな風に思うんだ」独りごちるそれらの言葉をページが吸い取ってくれる。いい言葉もたくさん引用されていて、読み終わったら、孫引きで紹介したくなったし、元本も読みたくなった。おもしろかった、楽しかった、いい本だった。

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囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
リチャード パワーズ(著)
【みすず書房】 
定価3360円(税込)
2007年5月
ISBN-9784622072966
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評価:★★★
 初めての作家の本を読む時は、自分の読みとどこでピントをあわせて読みすすめられるか手探りのようにそろそろページを繰っていく。短編のように先のみえるページ数ではないだけに、ピントがあうまでは、個人的にはスリリングな読書タイムだ。読んでいくうちに、これは家族の話なんだとあわせる焦点を発見。夫婦というふたりの単位から子どもがうまれその数が増えていくなかで、家族でしか通じない言葉、家族語が形成されていくが、ここでも、父親の出すむずかしい「なぞなぞ」を子どもたちが解いていくことで、この一家の言葉が発展し、性質をつくりあげていく。
 それらの形成を、言葉を惜しむことなく語っていくなかで、物語はふくらみ、成長した子どもたちから今度は父の歴史へとさかのぼる。並行して語られるディズニーの映画の話もまた父のたどった時代とかぶり、ますますたがやされていく物語。とっぷりとその世界はまった。

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20年後
20年後
オー・ヘンリー(著)
【理論社】
定価1260円(税込)
2007年4月
ISBN-9784652023716
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評価:★★★
 ショートストーリーのピリっとひきしまった物語には和田誠の洒落た装幀がよく似合う。「20年後」「改心」「心と手」「高度な実利主義」「三番目の材料」「ラッパの響き」「カーリー神のダイヤモンド」「バラの暗号」「オデュッセウスと犬男」の9編がすべて新訳もしくは初訳で収録されている。
 眠る前に一日の疲れにおさらばするのにもっていこいの話ばかりの中、ひとつだけ紹介すると――。「改心」は、金庫破りの名人バレンタインの話。小気味よく成功していた金庫破りも時には失敗してムショ暮らしにもなるが、たいていは短い滞在で出所し、また同じ仕事にもどる。ところがそうならなかった時があり……。人情味あるこのラストは何度読んでもいい。

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百歳の人―魔術師
百歳の人―魔術師
オノレ・ド・バルザック(著)
【水声社】
定価3150円(税込)
2007年4月
ISBN-9784891766368
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評価:★★★★
 帯にある怪奇、幻想、ゴシック的恐怖という言葉に重々しさを感じ、なおかつ本体もずっしり400ページ近くあるので、読み始める前からひるむ。しかし、予想に反して、読みやすかった! ぐんぐん読めておもしろい。話の筋はそれほど込み入っておらず、ただ、何かにつけ描写がことこまかく、“……………”だけで数行を費やしていたりするのだけれど、この饒舌な描写が小説の味。
 ベランゲルト将軍が月夜にグラモン山に登り、そこから見える光景に心を奪われていると、若く美しい娘が目に入る。夜歩きする娘は誰か。挿絵も魅力的で、陰影に富み、これからの娘の運命、将軍との関わりなど、わくわくして続きを読みたくなる出だし。章ごとにこれからの筋立ての見出しもついているのも、わかりやすい。おどろおどろしながらも、軽やかなバルザック。いまどきのエンターテインメントとは一味違う、200年近く前の流行小説をこうして楽しめるのは至福。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>林 あゆ美

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