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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>神田 宏

神田 宏の<<書評>>
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Self-Reference ENGINE 正義のミカタ―I’m a loser メタボラ 生還者 きみのためのバラ みずうみ 古本暮らし 囚人のジレンマ 20年後 百歳の人―魔術師


Self-Reference ENGINE
Self-Reference ENGINE
円城 塔(著)
【早川書房】
定価1680円(税込)
2007年5月
ISBN-9784152088215

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評価:★★★★
 自己言及(Self−Reference)のパラドックスを巡るSF的視点。「すべてのクレタ人は嘘つきである」と言ったクレタ人。「理髪師のパラドックス」。言語を言語で語る「メタ言語」の無限の遡及。循環するウロボロス。単なる言語ゲームでなく、波動関数の崩壊など量子力学の現実の問題として現前しているこの知的問題を多世界解釈で言語化した一つのフィクショナルな物語。「イベント」の発生により超高速度の「巨大知生体」が支配する時空がねじれた多宇宙構造の世界。そこは永遠に時間が過去に遡及し、しかも自己再生可能な(進化する)「巨大知生体」。その高速計算は宇宙の自然現象のさまざまな演算速度に到達し自然現象そのものとなっている。その外部に更なる上部構造があり、さらにその上部構造が……。永遠に循環するその彼方にいるのは? 任意の正数m、m÷0=∞ならば両辺に0をかけて、m=0×∞。任意の正数は0と∞の積であるなら、あら不思議、無から無限によって有が発生する。ならば∞は外部のメタレベルの何者なのか? こんな眼くらましを放ちながら確固としたSF空間に物語を纏め上げるその手管は見事としか言いようがない。ときたま緊張感が途切れることもあるのだが、それを差し引いてもすごい作品が出てきたものである。

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正義のミカタ―I’m a loser
正義のミカタ―I’m a loser
本多 孝好(著)
【双葉社】
定価1575円(税込)
2007年5月
ISBN-9784575235814
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評価:★★★★
「正義」。現代においてなんて虚ろな言葉なんだろう? むしろそれは書割めいた、使い古された、嘲笑とあざけりの対象にしかならないほどにその地位を落とした言葉だ。そんな現代において「正義」を看板にした「正義の味方研究部」に集う若者たちがいた。そんな「セイケン」に入った大学生「蓮見亮太」のさわやかな成長譚。苛められ続けた高校3年間。特技は上手く殴られること。鼻血が頬を伝う前にすばやくティッシュを詰め込む「亮太」。そんな筋金入りの苛められっ子「亮太」が同じ新入生、高校時代インターハイ3連覇の元ボクサー「トモイチ」に誘われ、「セイケン」に入る。「セイケン」で出逢う個性豊かな先輩たち。そんななかで徐々に自信を取り戻す「亮太」。少し恥ずかしいくらいのまっとうな青春小説である。「いじめ」や「格差社会」を織り込みながらもユーモアを交えて深刻にならずに「正義」を描くその様は、痛快であると共にヒューマンな笑いを誘う。「ダッセイ」と言われながらも自分なりの「正義」を貫こうとする「亮太」の苦笑いは、大仰なヒーローではないのだけれど、間違いなく「正義のミカタ」の勝利の笑みなのだ。

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メタボラ
メタボラ
桐野 夏生 (著)
【朝日新聞社】 
定価2100円(税込)
2007年5月
ISBN-9784022502797
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評価:★★★★★
 ジャック・ケルアック『路上』。ジム・ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。ロードノベル、ロードムービーと呼ばれる作品に描かれた根無し草的放浪を続ける若者たち、古くはヘミングウェイのニック・アダムスのようなロスト・ゼネレーションと呼ばれる若者の刹那的な、時に生き急ぐかのような焦燥感に満ちた生き方。そんな作品に日本で出逢えないことには半分諦めていた。が、本作品はそんな諦念を吹き飛ばすような、おそらく初めて(私が知る範囲で)日本を舞台にした日本語による本格ロードノベルだ。舞台は沖縄。放浪するは根無し草的バックパッカーたち。ヤンバルの森の暗闇を彷徨う記憶を失った「ギンジ」に出逢った宮古出身の「ジェイク」。「おいら、だいず、驚いたさー。ほら、夜の山ってはごいから、何かに出くわすんじゃないかって、おっかなびっくり歩いているわけさー」と運命的に出逢う二人。「ギンジ」は失われた過去から、「ジェイク」は自由を求めて故郷から逃げる。こうして二人の生き急ぐかのような放浪が始まった。文無しの二人が身を寄せるのはコミューンめいたゲストハウス。そこにはバックパッカーたちがたむろしていて、怠惰に暮らしているのだった。やがてホストとなった「ジェイク」。ゲストハウスの主人の選挙活動を手伝う「ギンジ」。二人の道がわかれはじめるが、「ギンジ」の身の毛のよだつような過去の闇が甦り、ホスト=「ヨルサクハナ」(夜咲く花)の闇が「ジェイク」の心を穿つ。二つの闇があのヤンバルの闇のように逃げおおせないものとして二人を結びつける。更なる逃避を企てるべく輝く海へと急ぐ二人だったが……
「ギンジ」と「ジェイク」二人は現在に甦ったケルアックとニール・キャサディなのだ。

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生還者
生還者
保科 昌彦(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103044710
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評価:★★★
 山沿いの鄙びた温泉宿を台風の土石が襲った。死者20名を超える惨事の中、奇跡的に生き残った6人が、暗い土砂の下で過ごした絶望の70時間にそこで、何があったのか。「生還者」の一人、図書館司書の「沢井」の目線で語られる。6人の「生還者」が1年の時間を経て謎の死を遂げるに至って「沢井」は暗い土砂の下で語られた、それぞれの「生還者」の「懺悔」めいた贖罪の話を思い出すのだった。やがて忍び寄る死の影は「沢井」の日常も蝕んでいって……
 死を目前に控えた極限の閉塞空間で起こる事件を描いた作品ということでは、武田泰淳の「ひかりごけ」が思い出されるが、事件は閉鎖空間で語られた内容そのままに「生還者」が死んでゆくことに至って、いよいよ奇怪さを増し、ラストに行くにつれ狂気に取り付かれてゆく「沢井」の行動と、そこに重ねあわされるように土砂の下の閉塞空間で起こったことの「事実」もが揺らぎ始めるという2重の意味で恐怖を喚起させる入れ子構造になっている。そのプロットの巧みさは驚きである。ただ、人物描写が凡庸であったのが残念であった。人物像を強調するためであろう、謎解きの後のエピローグはないほうがいっそう恐怖が煽り立てられたのではないかと残念である。

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きみのためのバラ
きみのためのバラ
池澤 夏樹(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103753063
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評価:★★
 東京のレストランで、バリで、パリで、沖縄の病院で。偶然出逢った、人々が紡ぎだすひそやかな物語。そんな掌編を綴った連作短編集。一人レストランで牡蠣を食べたり、バリで休暇を過ごしたり、やや選民的なリッチぶりを匂わすところが、鼻につくのではあるが、父親から暴力を受けて、自分の書庫を外に放りだされた記憶が、床に落ちたコーヒー豆を拾うことによって甦ってくる『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』など、静止画のように美しい場面が数箇所見られたのが救いである。訪れて、去ってゆく旅の中での儚い出会いの無責任さに哀しみを感じた読後であった。

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みずうみ
みずうみ
いしい しんじ(著)
【河出書房新社】 
定価1575円(税込)
2007年3月
ISBN-9784309018096

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評価:★★★★
 幻想的で寓意に満ちた不思議な物語。湖畔の村に住む「ぼく」は「眠り小屋」で眠り続ける兄に、湖に語りかける「エーウーアー オーエー」「レーイ、レーイ」。やがて、(コポリ、ポコリ)と透明な水と共に溢れ出す、遠くの国の風景や出来事。吐き出された水は滾々とあふれ出し、やがてその水が引くと鳥かごやらアコーディオンやらがらくた然としたものが残される。そんな不思議な世界を描く第1章。第2章ではタクシーの運転手が口からやはりがらくた然としたものをごとりと吐き出し、体から「アウイー オーエー」という音と共に水が滾々と溢れ出す。娼婦との性交を通じて男の体は水となって膨らんでゆく。そして作家本人と思しき「慎二」とその妻「園子」そして友人の「ボニー」と「ダニエル」の体験を描く私小説めいた第3章。ここでも(コポリ、ポコリ)と水の音が響く。そして水だけでなく「木彫りの鯉」や「帳」、「ジューイ」と呼ばれる動物などがすべての章を通じて現われる。水というメタファーを通じて記憶や時間を遡行する不思議なそして心の深層に訴えかける作品である。

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古本暮らし
古本暮らし
荻原 魚雷(著)
【晶文社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784794967107
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評価:★★★
 本好きだから当たり前なのだが、本ばかり読んでいる(ちゃんと仕事はしてますが)と、ふとしたときに、いいのか? もっと現実的になったほうが良いのでは?といった思いが頭をよぎることがある。そのためか、著者の話にうなずくことしきりである。あまりお金があるとはいい難いフリーライターの著者。「ふだんはひたすらちまちました生活を送っているが、結局、酒飲んで、本買って、ひごろの倹約はいっぺんでパーになる。これでいいのか、37歳。これでいいのか。これでいいのか。夢は? 目標は?」。ずしん。とくるのである。お、しかも同い歳。これって僕のこと? 本を読むタイミングについて一家言。「最近、惰性で本を読むことが多い。自分の中にちっとも響かない読書をしている気がしてしょうがない。」分かる。すごく分かる。自分のなかで義務的な読書が増えていっている気がする。そんなお仕事めいた読書から解放されて山川方夫や川崎長太郎を読むときの至福。って読書疲れを読書で癒してたらホント重症である。「本の読みすぎは精神によくないのではないか」と著者ならずとも思う。そんな読書中毒、社会不適合、飲酒、喫煙などの悪癖をしみじみしたタッチで描くエッセイである。読書好きなら危険なカンフル剤。フツーの人なら読書家の変った(マゾヒスティックな)生態が観察できます。

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囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
リチャード パワーズ(著)
【みすず書房】 
定価3360円(税込)
2007年5月
ISBN-9784622072966
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評価:★★★★★
 冒頭、父エディと共に暗い空を見あげるホブソン家の子供たち、エディが懐中電灯で示すはるか上空には星々が明滅している(が子供たちには暗くて見えない)。語り手の長男アーティは「父は、僕たちに、人は知れば知るほど傷つけられにくくなる、と言っているように思える。でも父はこの上なく重要な問い、いかにして知に到達するのかという問いには答えてくれず、生徒たる僕たちに宿題として託す。」と回想する。ホブソン家の美しかった頃の思い出。そして話は語りの層を変えて末っ子のエディ・ジュニアの18歳の誕生日前後のホブソン家に移る。父エディは謎の発作に見舞われ、その知的な頭脳はなぞなぞやアフォリズムとして家族にもたらせる、そしてそれは時に混迷を深め家族は父に病院に行くことを勧める。そして話はさらに異なる層にジャンプし、第二次世界大戦中のディズニーの日系人に対する強制収容を救うとんでもない計画に移り、さらにメタレベルの挿話も飛び出したりいかにも現代小説風の意匠を身にまとってゆくのだが、コアな部分はシンプルで痛烈に現代を批評する父エディに対してアーティが言う「世紀末の無感覚症に屈するあまり、(中略)父さんのジレンマの核心に向き合おうとしなかったのだ。それこそが(中略)父さんのジレンマなのだ。」今日感じることが不可能だとアーティが感じる「それ」。「一度でも足を止めれば自分を引き裂くであろう世界の中へ父はしゃにむに駆け込んでゆく。そして突然、僕は確信する。これさえあれば、教室の外の荒々しい美に自分は殺されずにすむはずだ」の「これ」。「唯一の出口は〈きみ−対−彼〉の中に閉じ込められた〈われわれ−と−われわれ〉を解き放つこと。」そのことこそが冒頭子供たちに示された問いの答えになりえて、エディが狂気に沈みながらも伝えようとしたことのエッセンスなのだ。そして、その「それ」「これ」を現代社会で確かに人々に伝えるには確信めいて、声高に言及できず、さらに回避できない罠が仕掛けられている。ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。作者は文体においても「囚人のジレンマ」陥らないように多重にずらし、はぐらかす構造にしたのだ。まったく、恐れ入った。で「これ」、「それ」って何? それは読者それぞれが見つけて下さい。

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20年後
20年後
オー・ヘンリー(著)
【理論社】
定価1260円(税込)
2007年4月
ISBN-9784652023716
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評価:★★★
 子供の頃、オー・ヘンリーを読んだときに、ほっこりとした温かさと優しさに包まれたことを思い起こした。言わずもがななのだが、やっぱり好きだったなあ『最後の一葉』。そしてクリスマスといえば『賢者の贈り物』。その、ほっこり感が甦りました。未訳も含む新訳9編。久しぶりに触れたオー・ヘンリー。イロニーの中のヒューマンな結末は健在で、大人になるのも悪くないかもと、新たな読後感もありました。

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百歳の人―魔術師
百歳の人―魔術師
オノレ・ド・バルザック(著)
【水声社】
定価3150円(税込)
2007年4月
ISBN-9784891766368
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評価:★★★
 バルザック。恥ずかしながら未読である。イカン!と思い立ち『人間喜劇』を探しに書店に。見つからない。絶版かい?と思いつつも『谷間のゆり』を手に取り、えーい、ままよとばかりに、買わない。てなわけで初バルザック。おー、1822年刊、とは思えないみずみずしさ、現代のオカルトティズムにも通用するまがまがしさ。ナポレオン軍に使えるベランゲルト将軍。そして彼に似た「百歳の人」と呼ばれる人が病に苦しむ父親を思う少女をさらって〈グランモンの穴〉に消える。それを偶然、目撃した将軍の脳裏に浮ぶ過去。ゴシック的まがまがしさに、大仰なロマンティシズムをブレンドしたようなキッチュな感覚。メスメルなる実在の医師による生命流体を応用した謎の医学、薔薇十字なるこれまた実在の秘密結社の錬金術を背景にした幻惑的イメージの作品への投射は巻末の解説に詳しい。革命に揉まれ神学世界が相対化され、やがて時代のパラダイムシフトが変遷しようとしている時、青年バルザックはそういった時代の雰囲気を生き生きと通俗小説の上に定着させていたのだった。ニーチェ生年1844年。フロイト同1856年。時代の胎動が始まる息吹を感じさせる作品だ。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>神田 宏

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