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治療島
セバスチャン・フィツェック(著)
【柏書房】
定価1575円(税込)
2007年6月
ISBN-9784760131679
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★★☆
まるで本を読んでいるように、物語を印刷された文章の夢を見ることがある。映像ではなく、文章、文字を夢で見る。
精神的に病んだ人が見る、幻覚というものが、どれほどのリアリティを持つものなのか、その経験のないものには、想像することは難しいが、この作品を読んでいて、その文字の夢を見ているときと、似た感覚に陥った。
高名な精神科医の娘が失踪。失意の中、島の別荘に引きこもった彼の元に、謎の女がたずねてくる。彼女が少しずつ語り始める妄想の物語。ストーリーは、入れ子のようにも幾重にも層をなす。一度見失うと、再びその地点に戻れなくなりそうで、なかなか途中でやめられない。
惜しむらくは、こちらがミステリー慣れしているせいか、かなり早めにオチが見えてしまう。もちろん、それを見事に覆す展開が用意されていれば、参った!とひざを打つわけだが……。
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神田 宏
評価:★★★★★
小説を読むことの愉しみのひとつに「意外な展開」と呼ばれるものがある。既知の書かれたストリーから想像したものと違ったときの驚きといった類の。しかし、それにしても文中に隠されるように暗示される姦計から推測するに、そうだったのか!とすんなり納得できないと気持ちが悪い気がするから、そういった意味では「意外な」こともすでに折りこまれていたという意味では「意外」ではない。反対に「すべて夢でした。ちゃんちゃん」と行った類の小説は思わせぶりの姦計がすべてむなしく、無関係であるところが愚鈍である。本書はその小説を読む愉しみ、「意外な」を真の意味で体験できる稀有な書である。高名な精神科医「ヴィクトル・ラーレンツ」は愛娘の謎の奇病を治療するために医者を訪れるが、その待合室で当の娘が謎の疾走をとげてしまう。娘の疾走の手がかりもないまま、喪失の傷を癒すため一人、パルクム島の別荘地で気持ちの整理をしようとしたラーレンツの前に、アンナ・シュピーゲルゲルという美女が尋ねてくる。統合失調症で児童文学作家であるアンナはラーレンツに治療を依頼するが、アンナの妄想(自分の著作の登場人物に悩ませられる)には愛娘としか思えない少女が出てきて、ラーレンツは次第にアンナが娘の失踪について重要な手がかりを知っていると思い執拗に追求してゆく……。一見、謎解きミステリーの様相を呈しているが、統合失調症のアンナに対して語り手のラーレンツ自身も精神病院に収監されて回顧している、つまりともに病んでいるということが、事実をかく乱し始めやがて文中に、ラーレンツのものではあるが何かの啓示のような声が響き始めると、読者は、手がかりをつかむかのごとく精読するのだけれど、もはやそれはラーレンツを、いや、ストリーそのものを超えるかのように何かを暗示させるにいたって、例えば、こんなふうに「予感することと知ることの間に、生と死が横たわっている」。読者は既知のもの未知のものの境界を侵犯されたかのように戸惑い、やがて狂気の淵へと連れられてゆくのを感じる。その狂気の淵を漂うように受動的な読書はやがて真に「意外な」結末へと進んでゆく。健者が病者を装う「ミュンヒハウゼン症候群」。作中に出てくる病名はやがて狂者を装っているのはラーレンツなのか謎の女か、娘かといった枠をも侵犯し作者なのか読者なのかとあふれてきて読むものを狂気の淵へと誘ってゆくのだった。
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福井 雅子
評価:★★★☆☆
著名な精神科医ヴィクトルの愛娘が行方不明になり、4年後に小さな島の別荘に滞在していたヴィクトルをたずねて謎の女が現れる。次から次へと思わぬ方向に展開するストーリーと結末に明かされる驚愕の真実で、ドイツで話題を呼びベストセラーとなったサイコスリラー小説。
人間の精神とはこれほどまでに深く、難解で、強力で、一歩間違えば恐ろしい事態を招くものなのか──と思い知らされるような作品だ。帯にある「恐ろしくも品格ある精神の書」という言葉が言い得て妙である。そして、ジェットコースターのように、この先どうなるのかわからないまま高速で振り回されるスリルとスピード感が、この作品の最大の魅力だろう。細かいことは気にせず、たたみかけるようなどんでん返しの連続と、驚きの結末を素直に楽しみたい作品である。
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磯部 智子
評価:★★☆☆☆
発売直後に読んだ。読んでいる間は面白かったが、信頼できない語り手によるミステリの常套手段を踏襲している多くの小説との違いが見つけられず、そのまま忘れてしまった。今回再度読んだが、帯文で引き合いに出された『ダ・ヴィンチ・コード』ばりのジェットコースター小説ではあるが、ダ・ヴィンチが伏線テンコ盛りの強引な牽引力を発揮したのに対し(結果、ご都合主義で終息させたが)、サイコスリラーとしてはまとまりが良過ぎて怖さが感じられない。著名な精神科医の娘が行方不明になると言う設定も、ドイツ人作家というだけで妙に説得力を持っているのだが、謎の統合失調症女性アンナの存在も「役割通り」の域を出ず、「狂気」のもつ突拍子のなさを感じることが出来ない。登場人物全ての肉付けが薄いのだ。その為、結末の意外性を前にして、ああなるほど全ては作家が計算した結果へと向っていたのだと冷静に受け止めてしまった。映画化されるというのも納得、よく出来た筋書きだとは思うが、ミステリを読み込んだ読者には物足りない気がする。
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林 あゆ美
評価:★★☆☆☆
ヨゼフィーネは原因不明の病気を患っていた。何人も医師にみてもらい、グロールケ博士は22人目だった。父親は高名な精神科医だったが娘の病気を治すことはできず、ヨゼフィーネは診察室に入ったきり、姿を消してしまう。
愛しい子どもがいなくなることの恐怖がぞくりとする描写で描かれ、評判通り、本を途中で閉じることができなかった。展開されていく話の意外性に、え?え?と頭がなかなかついていけないほどの、スピーディな進行。読みすすめて結末はだんだん予想がついてきたものの、治療島の輪郭がみえはじめ、全貌が明らかになる過程で、もう少し母親の心理も書き込んでほしかったと不満が残る。一気に読めることイコールおもしろい本というワケではない。
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