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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年9月のランキング>神田 宏

神田 宏の<<書評>>
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忍法さだめうつし 治療島 青年のための読書クラブ アサッテの人 楽園 滝山コミューン一九七四 朝顔はまだ咲かない―小夏と秋の絵日記 川の光 マジック・フォー・ビギナーズ 雲の上の青い空


忍法さだめうつし
忍法さだめうつし
荒山 徹(著)
【祥伝社】
定価1890円(税込)
2007年7月
ISBN-9784396632847

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評価:★★★★☆
 歴史小説、剣術小説、ホラー、ファンタジー、ミステリ、ロマンス。各ジャンルを渾然一体とまといながらもエンターテイメントとしてすばらしいできに仕上がっている。読むものを一瞬たりとて飽きさせない、意外で目をむく奇怪なストリーは、その題を元寇の時代の朝鮮半島と鎌倉幕府統治下の日本の攻防という史実に拠りながらも、双方の妖術使いが攻防の裏に跋扈暗躍し歴史の暗部を模ってゆく様を描く。死者を蘇らせ、呪いを懸け、時代を遡行する妖術使いたちの呪詛に満ちた術は、民俗学的な薫りを燻らせながらも、どこか滑稽で笑いを誘う。例えば、朝鮮の妖術使いの術に拠ってタイムマシーンに乗せられた妖術使いの弟子「呉牟爐(ごむろ)」が師匠に止められるのにも関わらず白い繭(なんと陰茎から白い糸を出して自らを包み込むことによってタイムトラベルをする妖術なのだ!)に乗り祖国を救うために旅立つ場面。「『呉牟爐、行きまーす』その声は巨大繭の中から聞こえた。繭は一度振動し、それから静かになった。」(ハハハ、ガンダム繭!)と。その他に骸骨と美女の交接による妖術などB級ポルノのような怪しさを漂わせながらも、ジャンルミクスチャーの奇怪、滑稽な怪作は読者を飽きさせることなく爆走する。そのおかしさとまじめさの妙味! 堪能あれ。

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治療島
治療島
セバスチャン・フィツェック(著)
【柏書房】
定価1575円(税込)
2007年6月
ISBN-9784760131679
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評価:★★★★★
 小説を読むことの愉しみのひとつに「意外な展開」と呼ばれるものがある。既知の書かれたストリーから想像したものと違ったときの驚きといった類の。しかし、それにしても文中に隠されるように暗示される姦計から推測するに、そうだったのか!とすんなり納得できないと気持ちが悪い気がするから、そういった意味では「意外な」こともすでに折りこまれていたという意味では「意外」ではない。反対に「すべて夢でした。ちゃんちゃん」と行った類の小説は思わせぶりの姦計がすべてむなしく、無関係であるところが愚鈍である。本書はその小説を読む愉しみ、「意外な」を真の意味で体験できる稀有な書である。高名な精神科医「ヴィクトル・ラーレンツ」は愛娘の謎の奇病を治療するために医者を訪れるが、その待合室で当の娘が謎の疾走をとげてしまう。娘の疾走の手がかりもないまま、喪失の傷を癒すため一人、パルクム島の別荘地で気持ちの整理をしようとしたラーレンツの前に、アンナ・シュピーゲルゲルという美女が尋ねてくる。統合失調症で児童文学作家であるアンナはラーレンツに治療を依頼するが、アンナの妄想(自分の著作の登場人物に悩ませられる)には愛娘としか思えない少女が出てきて、ラーレンツは次第にアンナが娘の失踪について重要な手がかりを知っていると思い執拗に追求してゆく……。一見、謎解きミステリーの様相を呈しているが、統合失調症のアンナに対して語り手のラーレンツ自身も精神病院に収監されて回顧している、つまりともに病んでいるということが、事実をかく乱し始めやがて文中に、ラーレンツのものではあるが何かの啓示のような声が響き始めると、読者は、手がかりをつかむかのごとく精読するのだけれど、もはやそれはラーレンツを、いや、ストリーそのものを超えるかのように何かを暗示させるにいたって、例えば、こんなふうに「予感することと知ることの間に、生と死が横たわっている」。読者は既知のもの未知のものの境界を侵犯されたかのように戸惑い、やがて狂気の淵へと連れられてゆくのを感じる。その狂気の淵を漂うように受動的な読書はやがて真に「意外な」結末へと進んでゆく。健者が病者を装う「ミュンヒハウゼン症候群」。作中に出てくる病名はやがて狂者を装っているのはラーレンツなのか謎の女か、娘かといった枠をも侵犯し作者なのか読者なのかとあふれてきて読むものを狂気の淵へと誘ってゆくのだった。

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青年のための読書クラブ
青年のための読書クラブ
桜庭 一樹 (著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2007年6月
ISBN-9784103049517
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評価:★★★★☆
 桜庭一樹は一級の歴史(大上段に構えるのではなく個人の生活史を通じて描く社会の世相といった意味での歴史)の語り手である。そして、その歴史は閉じられている、いや、静かに終焉を迎えている。そして歴史の主人公たちは、どれも「異形」者たちである。『少女七竃と七人の可愛そうな大人』のはかない青春のきらめきと主人公七竃の「うつくしいかんばせ」という「異形」。『赤朽葉家の伝説』の高炉に象徴される高度経済成長期の日本と赤朽葉万葉の千里眼という「異形」。それら、桜庭の「歴史語り」の舞台は、今回は名門お嬢様学校「聖マリアナ学園」。そして「異形」の主人公はその優雅なお嬢様学校にあって忘れられたかのように影のようにひっそりと存在する「読書クラブ」の面々。きらびやかな女子高にあって余りに地味な「かんばせ」の生徒たちによって語られる、「読書クラブ」の学園創設期からその終焉までの歴史は、時代時代の世相をまといながらも、世間から遊離した学園の女子高ならではの少女たちの残酷さと独特の美意識の昇華を描いている。きらびやかな都会にある女子高を「表の歴史」というのなら「異形」の面々は「裏の歴史」といったものを客観的につづることに成功しているのだ。脈々と次に受け継がれてゆく「クラブ誌」を通じて(1968年の「クラブ誌」から2019年の「クラブ誌」の5冊がそれぞれ1章から5章になぞらえてある)、読者は、学園創設者の「マリアナ」の謎に、そして、緩やかに終焉を迎える「女の園」の幻のようなきらめきを知ることになるのだ。「異形」な者のみがアクセスできる歴史の断片。桜庭一樹の真骨頂が遺憾なく発揮された一遍である。

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アサッテの人
アサッテの人
諏訪 哲史(著)
【講談社】
定価1575円(税込)
2007年7月
ISBN-9784062142144
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評価:★★★★★
「アサッテの人」とは何か? それは、こんな風に描かれる。幸せそうな夫婦。妻は料理本を見ながら「豆腐のサクサク揚げ」について考えている。「作るなら明後日だろう。明後日なら夫も当直明けで午後には帰ってくる。(中略)ワインは…白?」夫は古典の本をソファーに座って読みふけっている。「BGMがヴィヴァルディの協奏曲の有名なフレーズにさしかかり、わたしは思わずそれをハミングしながら、湯気の立つ紅茶のカップに手を伸ばす。とその途端、傍らの夫が突然椅子から飛び上がり手を打ち足を叩きつけながら、「ポンパッ」と張り裂けるような声で絶叫する。」そんな具合。
 妻を突然の事故でなくした夫。その夫の甥が、失踪した叔父の集合住宅の机の中から見つけた日記を頼りに、「アサッテの人」であった叔父を語る。「ポンパッ」「ホエミャウ」「タンポンテュー」。叔父が脈絡なく発する奇語、奇声をたどるうちに、叔父の真摯なそして深い悲しみが浮かび上がってくる。「アサッテ」とは「世界の外」であり、「ありきたりな出来事、習慣、一般常識」から「離反し」どこか「無重力の場に憩うこと」だとしたら叔父の一見脈絡ない奇語も日常をずらす行為としか思えなくなってくる。「日常の凡庸さを必要以上に意識し、あえてそれを一度背負い込んだ形で実践される。」その行為は自己が既知の了解事項に埋没するのを、正面きって回避するのではなく、とらわれた現実に奇異なものを紛れ込ませることによって、現実に一瞬の隙を穿ち、そこからずれて逸脱してゆく行為なのだ。「アサッテの人」それは狂気の淵にさらされながらも現実を見据え、そこで自己を保つぎりぎりの行為なのである。真摯な生き方が胸を打つ、現代の物語である。

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楽園
楽園
宮部 みゆき(著)
【文藝春秋】
定価1700円(税込)
2007年8月
ISBN-9784163262406
ISBN-9784163263601
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評価:★★★★☆
 まずは改めて宮部みゆきの圧倒的筆力に感服。上下800ページ近い大著のさまざまな登場人物がまるで目の前を行き交うかのような筆は、読者をまったく飽きさせることなく、ぐいぐいと読ませる。物語は、9年前の大量殺人事件の中で自らも事件に巻き込まれたフリーライター「前畑滋子」のもとに、自分の息子について調べてほしいと、おっとりした「萩谷敏子」という中年女性が尋ねてくることから始まる。敏子の息子、「等」には千里眼といったような不思議な力があり、描いた絵画に「等」には知りえない「事件」が描かれていたのだ。東京近郊で隣家の火災の延焼を受けた「土井崎」家の地下からは16年前に失踪されたと思われた「土井崎茜」の死体が発見され、その火災より前に描いた「等」の絵にはそのことがはっきりと描かれていたのだ。それにとどまらず、「滋子」が悩み苦しんだあの9年前の事件まで……「土井崎茜」をめぐる事件、「等」の不思議な力を巡っての謎解き。この2つが物語の主軸となって進んでゆく。惜しむらくはこの2つのプロットが有機的に結びつく力が弱く、やや恣意的に感じられるところだが、登場人物の息遣い、緊張が匂い立つような描写によって一級のエンターテインメント作品になっていることは、間違いない。

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滝山コミューン一九七四
滝山コミューン一九七四
原 武史(著)
【講談社】 
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784062139397

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評価:★★★☆☆
 1974年、「戦後民主主義」の名のもとに勃興した大衆運動が瓦解し、個別のテロリズムへと変質を遂げてゆくなか、東京近郊の中産階級が住まう大規模団地は団塊の世代の子供たちの歓声が響き、彼らが通う「滝山七小」では、父兄や教師たちにより独自で自主的な教育方針へと舵を切るクラスがあった。国や教育委員会の押し付けを拒否し、生徒の自主性を重んじ、生徒が主体的にクラスの運営に参加してゆくという、夢のようなひと時が訪れた。それを著者は「滝山コミューン」と呼ぶ。大衆の革命の夢が破れ、多くの学生、知識人が家庭に戻る中、革命家を自称する活動家は山にこもり、そのあまりに私的な理念はその残虐性の牙をより鋭利に磨いていた時代に呼応するかのごとく、団地という集団の中から子供の教育というより私的な関心を高める親や教師たちによって、それは始められた。その自主的運動がやがてイデオロギーをまとい(いや、その発生そのものがイデオロギーを秘めていたのだから、それが顕在化したというべきか)、先の大衆運動の後を追うように瓦解してゆく様を、当の「七小」の生徒として体験した著者が、私的ドキュメンタリータッチで描く回顧録。確かに、輝かしい一面もあったコミューンはやがて人々がより私性(その私性の過度の拡大の産物が教育現場でのいじめ問題だと私は思っている)を強めるにあたり団地の近隣同士のつながりが希薄になるにつれ、崩壊していったのだ。しかし、公立の小学校にあって「慶応」を目指す、エリートであった著者の筆に、自らが指摘するように選民的思想はなかったろうか? その高い位置からの俯瞰の視座にやや違和感を覚えながらも、「戦後民主主義」が輝きを失っていなかった時代の息吹はしっかりと伝わってくるのであった。

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朝顔はまだ咲かない―小夏と秋の絵日記
朝顔はまだ咲かない―小夏と秋の絵日記
柴田 よしき(著)
【東京創元社】
定価1575円(税込)
2007年8月
ISBN-9784488023966
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評価:★★☆☆☆
 引きこもりの「小夏」が、親友の「秋」との関係や、偶然その引きこもりのマンションから見える眼下の、ベランダの枠内というフレームに切り取られた小さな「事件」(外に出ないのだから、ベランダから見える風景に何らかの意味を持たせるのは、物語の展開上必須であったため)との関わりから引きこもりを脱してゆくといったストーリーなのだが、いかんせん、その狭窄した視野の小ささに耐え難さを感じた。日常生活のほとんどをネット注文でまかない、銀座のバーを経営する「ママ」との母子癒着の甘え、その「小夏」が謎解きを行う「事件」の恣意性。ミステリというにはおこがましいそのこじんまりした、外界の小宇宙(どうせなら、内面の宇宙に関心を寄せればよかったものを)。それを引きこもりというのなら、その雰囲気はよく描かれているというのかもしれないが、私にはあまりに幼いその発想に最後まで共感を感じることはできなかった。

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川の光
川の光
松浦寿輝(著)
【中央公論新社】 
定価1785円(税込)
2007年7月
ISBN-9784120038501
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評価:★★★★☆
 人間による河川の暗渠化によって住み慣れた川べりの地を追われた、クマネズミの親子の新天地への冒険を描く。途中、ドブネズミの「帝国」という圧政に旅路を阻まれるにいたって、はあ、子供にわかり易い、勧善懲悪の物語かーとダレかけたのだが、意外や意外。途中で出会う犬の「タミー」やおばさん猫の「ブルー」、スズメの夫婦、「帝国」からの独立を企てるドブネズミの「グレン」。そういった仲間たちとの冒険にいつしか物語世界に引き込まれていた。物語の佳境、親子が苦境に立ち向かう場面で著者の筆が真実を吐露する。「三匹のネズミが死にかけている。」「今、三匹のネズミが死にかけている。」「どうでもいいことだ。つまらぬ話だ。地球上で今この瞬間に起きている、取るに足りない無数の小事件の一つ。」「でも、これは一つのとてつもなく大事なことなのだ。」「それは宇宙の運命に匹敵する大問題だ」と著者は言う。なぜなら、「生命というものはそれ自体、一つの奇蹟だからだ。ある特殊で複雑な仕方で組み合わさったたんぱく質の分子の複合体に、あるとき突如として生命が宿った。」そしてその生命が脈々と次世代に受け継がれてゆく。それが奇蹟だと。だからネズミの死が宇宙の運命にも匹敵するのだと。このストレートな主張に手に汗を握り「がんばるんだー、死んじゃいかん!」と叫ぶ私がいた。生命の流れ、その営み、小さな虫から人間まで、生命の尊厳をさわやかに描いた本書で久しぶりに童心に帰った。

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マジック・フォー・ビギナーズ
マジック・フォー・ビギナーズ
ケリー・リンク(著)
【早川書房】
定価2100円(税込)
2007年7月
ISBN-9784152088390
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評価:★★★☆☆
 バルデツィヴィルレキスタンという祖母がかつて住んでいた国が丸ごと入ったハンドバッグ。ゾンビが訪れるコンビニ。死者との離婚協議。そういった荒唐無稽の物語が、パズルのピースの一つのように日常にはめ込まれた不思議な世界を描いた短編集。アメリカの典型的な地方都市を舞台に、異界がすぐそばにぽっかり穴を開けたかのような、不気味さが漂う、しかもそれが、本当に世界を構築するには必要な異界のように感じさせるところが著者の巧さなのだろう。異質を内包するこの世界の混沌とした不気味さ。
 しかし、最近、翻訳本の新刊に、こうした幻想的なものが多く正直、食傷気味である。やや消化不良を起こしたかのような読後感が残った。

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雲の上の青い空
雲の上の青い空
青井 夏海(著)
【PHP研究所】
定価1470円(税込)
2007年7月
ISBN-9784569692906
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評価:★★★★☆
 利己主義と他人を出し抜こうとする姦計に満ち満ちた世間に、まっとうな、がっぷり四つに組む正論を聞くとほっとする。スカッとする。そんな爽快感に満ちた連作ミステリ。主人公はもと私立探偵、今は宅配ドライバーのしがない独身中年「脩二」。友人に頼まれ小学校の通学路でみどりのおばさんならず、みどりのおじさんをする羽目になった「脩二」。集団登校を一人遅れて歩く少女に気を留めるが、保護者の無理解から、なかなか理解されないその少女の遅れる理由を突き止めてゆく「脩二」。過去の銀幕スター女優の老後の孤独に満ちた生活に寄り添う「脩二」。小学校のウサギの謎の失踪から、かつてのいじめっ子の真の姿を呼び覚ます「脩二」。世間の色眼鏡でゆがんだ世界を、正しく透明な姿に写しかえる「脩二」は、そういった意味では心の探偵なのかもしれない。その実、宅配ドライバーのダルそうな中年おやじであるところが、大上段に構えず、まっとうなところで、共感がもてるのである。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年9月のランキング>神田 宏

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