2月1日(日)本というかZineというか
期せずして、2冊の本というかZineというかの著者となることになり、2月半ばの発売を前にその2冊の本というかZineというかの編集作業に勤しむ。
これらの本というかZineというかは、24歳下、もう片方は30歳下の人との共著であり、共作である。
これは何を意味するかというと、私が年下に人気があるということではなく、若い人たちが本作りを大変身近な表現方法としているということだ。
本は読むものであり作るもの、になっている。そういうことだ。
期せずして、2冊の本というかZineというかの著者となることになり、2月半ばの発売を前にその2冊の本というかZineというかの編集作業に勤しむ。
これらの本というかZineというかは、24歳下、もう片方は30歳下の人との共著であり、共作である。
これは何を意味するかというと、私が年下に人気があるということではなく、若い人たちが本作りを大変身近な表現方法としているということだ。
本は読むものであり作るもの、になっている。そういうことだ。
母親を介護施設に迎えにいき、実家へ。
夕方、母親の携帯が鳴る。電話の主は母親の中学校からの親友で、どうやら仲良くしていた同級生が亡くなったらしい。「みんないなくなっちゃって寂しいわねえ。私たちもそろそろよねえ」などと話し込んでいると、電話の切り際に「あんたと話したいんだって」と携帯を渡される。
母親の世話をしていることへの感謝だろうと思いながら電話にでると、「読売新聞見たわよ」と大きな声が聞こえてきた。
そういえば二週間ほど前にZine&Bookフェスの記事が読売新聞に掲載され、そこに私のコメントが載っていたのだ。
「出版部部長って偉くなったのねえ。ツグちゃんがこうして活躍しているのすごくうれしいわ。」
母親の親友は、長年、千代田区の有名な議員の秘書を務めていたので、神保町のことは私よりも詳しいのだった。記事に出ていた人たちの話題などでしばらく華をさかせる。
かつて神保町に東京ランダムウォークという本屋があり、そのお店の素晴らしさから「僕も本屋をやりたいかも」とお店の方にもらしたことがあった。
しかし長い付き合いの書店員さんが「杉江さんには無理よ」ときっぱり言い、私が毎日営業という攻めの仕事をしており、本屋という待ちの仕事には耐えられないだろうというのがその理由だった。
たしかに私は営業以前に子どもの頃から「待つ」という不確定要素を含んだ時間が耐えられなかった。
しかし本作りというのは「待つ」ことがすべてだ。原稿、デザイン、イラスト、帯コピーなど待っている時間がほとんどで、焦って催促すると取り返しのつかないことになることもある。
編集の仕事を15年ほどかじり、だんだんとその状況を耐えられるようになってきた。本日、半年近く待っていた原稿の進捗報告が著者からあり、そして待ち望んでいたイラストも届き、さらに宙ぶらりんになっていた本のタイトルも決まった。待つとは信じることなり。
営業で書店員さんと話す。
近藤康太郎『本をすすめる』が売り切れていたのでそれを伝えようとすると、すでにネットで注文しているとのこと。感謝とともに売れている理由を伝えたところ、そうかそっちで売れてるのかじゃあエンドで2面で積んでみようかとなり、さらに注文をいただく。
さらなる注文が欲しくてお話したわけではないのだけれど、こうした何気ない会話から売上は立つのだった。もちろん直納。
仕事というものはなんぞやと聞かれたら雑務であると答えるだろう。
今夜行われる『本屋の人生』で配布したいとリクエストのあった新文化のバックナンバー3種類を50枚ずつA3でプリントアウトし、それらを組み合わせ、二つ折りにしていく。(配布に関して「新文化」了承済)
本を売るには納品書を発行し梱包して発送することが必要なように、すべての仕事にはこうした雑務がついてくる。
こういう仕事ができない人は本を売ることもできない。令和の世において本を売ることができない人は本を作ってはならず。
夜、トークイベントのためジュンク堂書店さんを訪れると、満員御礼で伊野尾さんの人気にびっくりする。
司会進行の補助役を仰せつかっていたので、トークの終了間際に、「伊野尾さん、たくさんの人が本当に伊野尾書店が閉店するのを惜しんでいるんですよ」と感動的エピソードとしてまとめようとするも、伊野尾さんは「伊野尾書店のことなんてみんなすぐ忘れちゃいますよ」とことごとく予定調和を破壊するのだった。だからこそ、みんな伊野尾さんが好きなのだろう。
Facebookを開くと、ときわ書房志津ステーションビル店の日野さんが『本屋の人生』を真剣に紹介してくださっていたので、すぐさまお店へお礼に伺う。
尊敬する出版営業の一人、双葉社のKさんはこの日記で双葉社の本を紹介すると、「杉江さん、ありがとう!」と言ってよく電話をかけてきていた。
それはこの日記に影響力があるとかないとかではなく、ただただ我が子を褒められるのがうれしいのと同じように、自社本を面白いと言ってもらえたことがうれしくてという感じであった。Kさんの弾んだ声を聞いているとこちらもうれしくなったものだ。
本を買ってもらうことは奇跡だ。本を読んでもらうことは驚異である。本を紹介いただくのは神のなせる業なのだ。
志津から御徒町に向かい、モンベルにて服部文祥さんのトークイベントを堪能する。
サインをいただくと合紙としてその場でちぎったよれよれの新聞紙が挟まれた。服部さんらしさ全開で痺れる。
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