3月29日(日)セブンイレブンのコーヒー

先日、京都のとあるセブンイレブンへ、一冊!取引所のワタナベさんを迎えにいったところ、同乗していた140Bの青木さん、鴨葱書店の大森さんの三氏はセブンイレブンに入店するやいなや、紙コップを買い求め、レジ脇に置かれた最新鋭のマーシンにセットアップ、なにやら良き香りのする飲み物を手に入れていたのであった。

それは昨今巷を賑わせている「コーヒー」という飲み物で、私も常々コーヒーで喉を潤してみたいと思っていたのであるけれど、埼玉からやってきていた私は、そのマシーンの使い方がわからず、随分の年月が経っていた。

セブンイレブンのコーヒーを飲んだことがないと告白すると、ワタナベ、青木、大森の三氏はこの世にそんな人がいるのかとたいそう驚いた表情を浮かべ、「セブンのコーヒー、マジ美味いっすよ。これがあればもう充分すよ。淹れるの簡単すよ」というのだった。

ある種の天才は、リフティング1000回も簡単と宣うものである。凡人である私は、レジにてどのように発声してカップを購入し、そのカップをいかに最新鋭のマーシンに装着し、さらにどのボタンを押したらいいのか、それはオーバーヘッドキックなみにむずかしいのであった。

その京都の朝以来、憧れとなっていたセブンイレブンのコーヒーをついに手に入れるときがきた。

それは実家で母親の介護をしている日曜日の早朝5時半のことだった。日中は見守りのため家を空けることができないのだけれど、早朝のこの時間だけが唯一、外に出、新聞を買いに行くことができるのだった。

実家より歩いて3分のセブンイレブンに行くと、店内には他にお客さんがおらず、レジに立っているのも眠たそうな男性であった。

その瞬間、私はコーヒーを買おうと思った。初挑戦してみようと思ったのだった。

まず、マシーンをまじまじと観察する。自分が頼むべきものの名前をしっかり確認しなければならない。コーヒーひとつとっても、店によって、ブレンドだったり、ホットだったり、本日のコーヒーだったり呼び名が違うのだ。それを間違うと言い直されたり、失笑されたり、SNSのネタにされてしまう。

さらにサイズの伝え方も異なり、ショートだったり、スモールだったり、グランデだったりするから混乱を極める。

張り出されたパネルを眺めると、私が頼むのは、「ホットコーヒー」の「レギュラー」らしい。

さて、新聞と小腹が空いているのでチョコ&ホイップロールを手にレジに向かう。

すでにコーヒーを何万回か頼んでいるようなベテラン感を出し、寝ぼけ眼の男性店員に「あとホットコーヒート のレギュラーサイズ」と声をかけた。

返事がない。もしや伝わらなかったのかと思ったが、レジにその分の金額が上乗せされ、おもむろにカウンターに白く輝くカップが置かれたのだった。

しばらく前はこの後お金を投入することになる自動精算機も使えなかっだのだけれど、今はとにかく千円札を突っ込み、「現金」というボタンを押せばいいとわかった。おかげでセブンイレブンにいくたびに財布がぱんぱんに膨れ上がるが致し方ない。

そうして無事、精算を終え、私の手には真っ白く輝く、紙コップが握られていた。

うれしい。ついにこの紙コップを手にいれたのだ。京都の三氏だけでなく、丸の内や青山でもたくさんの人たちが手にしている紙コップだ。家に帰ってこのまま飾りたいところだが、私はここにコーヒーを注がなけれならない。

最新鋭のマシーンの前に立つ。まだ誰も店にやってきていないので安心してマシーンと対峙できる。

マシーンの脇にコップの蓋やら砂糖やらクリームなど置かれているが違いがわかる男である私に必要なのは蓋だけである。どうやら蓋にも種類があるようなのだが、ひとまずレギュラーサイズの白い蓋を手にする。本当は黒い蓋の方がカッコ良さそうだったのだけれど、黒はこれまでの人生の経験上、別料金の可能性が高い。

どうみても扉っぽいケースを開けると、紙コップを置く場所に見える半円形のプラスチックが見える。京都のセブンイレブンで青木さんが、「最近はカップを置いたら自動で判別してくれる機械がありますよ」と謎の呪文を説いていたのだが、この機械がそうなのかはわからない。

カップを置いて、扉を閉めると、777が揃ったパチンコのように画面が変わり、「薄め」「普通」「濃いめ」みたいな選択ボタンが現れた。

ちょっとちょっと! こんな人生を惑わす選択が待ち受けているなら、どうして京都の三氏は教えてくれなかったのか。

思わずみのもんたを呼び寄せ、「フィフティーフィフティー」かと助けを求めたくなったが、現時点でも30%なのだった。確率はたいして変わらないし、みのもんたは確かすでにあの世に行ったはずだ。

仕方なくジャーニーのセパレートウェイズを口ずさみながら、「濃いめ」ボタンを押した。

ぎゅぎゅぎゅという音がして、コーヒーの抽出が始まったようだ。私の最大の心配は何か間違いを犯し、コーヒーが溢れ出し、店内を水浸しにすることだった。

なにやらタイムショックみたいなカウントが始まり、とにかく溢れることなく、止まることを願った。

一時間にも感じるその悠久の時間が過ぎ去り、扉を開けると、そこに無事「セブンイレブンのコーヒー」が鎮座していた。

ついに私が「セブンイレブンのコーヒー」を手に入れた瞬間である。京都の三氏にすぐさま報告したいところけれど、時はまだ5時37分であった。いくら千二百年の古都・京都であろうとまだ早朝であり迷惑だろう。

白い蓋をして、そろそろと家に帰る。その手は温かさに包まれている。

そういえばそろそろアイスコーヒーの季節だった。

3月28日(土)優しさ

朝、母親を施設に迎えに行き、実家へ。結局、3日ほど考えて、母親のサービス付き高齢者向け住宅への入居は取りやめることにした。やはり一人では身の回りのこともできないし、きっと転んで大惨事となるだろう。もうしばらく週末実家介護を継続することにした。

そのことをケアマネジャーに報告すると、罪悪感を持たずに特養などに入所することも悪くないと薦められ、そしてそうすることによってお母さんにもっと優しくなれますと返事が届いた。

思わずそこでLINEのスクロールが止まる。「もっと優しくなれます」とはどういうことだろうか。私が母親に優しくないということだろうか。それとも一般論だろうか。

もしかすると私と母親の会話が、まるで毒蝮三太夫のように毒舌だからそう感じられているのかもしれない。しかし、たしかに私は本当に優しくないのかもしれない。

私は母親を冥土の土産に旅行に連れていってあげようなんてつゆとも思わない。美味しいものを食べさせようと外食に連れ出すわけでもない。正直に申せば、一日でも長生きしてほしいなんて一切考えていない。

それはなぜか? もう充分だろうと思っているからだ。母親はこれまでたくさん旅行もしたし、外食もした。そして86年生きてきたから思い残すこともないだろう。

いやそれだけではない。私はすでに充分親孝行をしていると思うのだ。旅行にも連れていったし、相撲も枡席で身体を寄せ合い観戦した。埼スタには二十年以上連れていき、一緒に浦和レッズを応援してきたのだ。いい年した息子がそれだけの頻度で親と一緒にいることはそうそうないだろう。

介護をはじめて2年以上になるが、その週末ごとに私は母親の車椅子を押して、最低でも1時間は散歩している。しかしこの間、同様に車椅子を押して散歩している人などほとんど見たことがない。見たとしてもそれはジャージを着た介護施設の人だ。

私もジャージを着ているのでもしかしたら介護施設の人に思われているかもしれないが、息子が母親(もしくは父親)の車椅子を押している姿なんて一度も目撃していない。

これ以上優しくなれと言われても私には無理だ。
たぶん優しさは目に見えないものなのだ。

3月27日(金)水鈴社は人

昨日、中央公論新社の営業Y氏が、とある地方の書店員さんを本の雑誌社へ連れて来てくださった。

いろいろお話をし、この後どうするんですか?と訪ねると、水鈴社にアポをとっているという。

水鈴社! 水鈴社といえばこの春、神保町に引っ越してきたのにいまだ本の雑誌社に挨拶に来ていない不届な出版社ではないかっ!(水鈴社の社長は元本の雑誌社のアルバイトで、こんな冗談を事務の浜田としていたのだ)

ならば私もこっそりついてき闇討ちしてやろうと、出会って一時間の書店員さんと肩を並べて水鈴社のあるつり人社のビルに向かったのだった。

でだ。闇討ちに行ったはずなのだけれども私は応接室に通されプリンなど出されると、根が小心の常識人にできているので、なるべく書店員さんと水鈴社の人たちの会話の邪魔をしないよう無口を貫き、身を小さくしていたのだ。

そうしてしばらくすると書店員さんが、「水鈴社は、人って感じがします」と言うのだった。

人? 私だけでなく、元助っ人で現水鈴社社長の篠原君も不思議そうに首を傾げた。

思わず手を挙げ、発言を求める。「それ、どういうことですか?」と書店員さんに質問すると、「私みたいな田舎の本屋は、出版社の人と会う機会がないんで、ほとんどメールとか新刊案内だけでドキドキしながらやりとりをしているんです。でも水鈴社は、案内とかメールからすごく人がいる、人が作ってるって感じられるんです」と言うのだった。

背筋が伸びた。闇討ちどころでなく、自分がその場で切腹しようかと思った。

ちょうどその日の午前中、私は書店向け新刊チラシを作っていたのだけど、それが通り一遍の文章で、まあ、急がなきゃいけないからこれでいいやと目をつむりコピーしていたのだ。

水鈴社の面会を終えると書店員さんをお茶の水の駅に送り、私はすぐに注文書を作り直した。ださいかもしれないけれど、真っ赤な血の流れてる文章で。

水鈴社よ、篠原君よ、ありがとう!
私も君に負けないくらいがんばるよ。

3月26日(木)値段

不思議だ。

単行本の小説、312ページ2420円は高いと思って棚に戻したのだが、140ページ1980円はふふふんと買った。

後々計算してみると1ページあたりの単価は、前書が7.7円で、後書は14円と倍ほど高いのだ。

これは同じ値段で袋を小さくしたポテトチップを買うようなものだろうか。

本末転倒のような気がするが、1600円や1800円で売ることができる本を作るという発想も必要なのかもしれない。

3月25日(水)シャッター

伊野尾書店さんに『本屋の人生』を納品にあがる。

お店はちょうど一週間後に閉店となる。
伊野尾さんはいつもと変わらず、閉店もどこか他人事のように店に立っている。

だからこちらも感傷的になることもなく、というかなれずに今日に至る。

おそらく閉店の日も伊野さんは、ただ本を売り、時間になったらシャッターを閉めるのだろう。

その翌日から伊野尾書店のシャッターが開くことはない。

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