1月25日(日)ホームラン

つい課長のことを思い出してしまう。

前の会社には野球チームがあり、毎年出版健保の野球大会に出場していた。出場していたといっても日頃運動している人は皆無で、怪我をしないのが何よりの目標となり、AからFに分かれていたカテゴリーでは、もちろん最下層のF組だった。

私が入社し、私がストライクゾーンにボールを投げられることが判明すると、会社の経費でアンダーシャツやソックス、そして社名が胸に縫い込まれた本格的なユニフォームが作られた。

そうして臨んだ大会で初勝利をすると、翌年の目標は悲願のEクラス昇格となった。

あれは2年目の大会だっただろうか。それまでまったくいいところのなかった課長が打席に立ち、ぶるんと適当に振ったバットの芯にボールが当たったのだ。

その球は綺麗な放物線を描き、レフトを守る選手の頭上をはるかに超え、なんとテニスコートと区分けされたフェンスの向こうに弾んだ、それはチーム史上初のホームランだった。

先輩は大喜びで、歩いてダイヤモンドを一周し、両手をあげ、両足でジャンプし、ホームベースを踏んだ。

その光景以上に忘れられないのはベンチから立ち上がってその様子を見ていた先輩が、「あーこれで打ち上げは、とっつぁん(課長はそう呼ばれていた)のオンパレードだ」とつぶやいたことだった。

先輩の予想通り、焼肉屋で行われた打ち上げでは、課長がピッチャーが投げたボールの軌跡から自身のスイングを割り箸で再現し、そして弾道を事細かに語り、何度も何度もビールのおかわりを頼んでいた。

課長はあの日のホームランを思い出すことがあっただろうか。

風強く冷たし。終日母親と実家で過ごす。

1月24日(土)課長

本の雑誌社に転職する前に勤めていた出版社は営業だけで5人いた。部長、課長、係長、主任、丁稚という実際に役職があったわけではないけれど、そういう並びで働いており、丁稚というのが専門学校卒で入社した私だった。

部長は学生運動あがりで酒が入っていないとまったくしゃべらず、アイコンタクトで会話する人だった。課長は入社三日目に私を呼び出すとあまり真面目に働かれると周りに迷惑だから少しは手を抜くようにとアドバイスをする人だった。係長はヤンキー上がり風で、主任は大学院生風で、私はその間を得意の顔色伺いで存分に能力を発揮していた。

結局その会社を3年半で退職してしまうことになるのだが、それは会社や仕事に不満があったというわけではなく、最も働きたかった本の雑誌社に採用されてしまったからだった。

今日、その前の会社の先輩から久しぶりに電話があった。その先輩は編集部の所属ながら浦和レッズのサポーターで、履歴書の趣味欄に「浦和レッズの応援」と書いた私を初日からランチに連れ出してくれ、のちに駒場やアウェイのスタジアムにともに駆けつけるようになっていた人だ。

電話は、定年となったので終の住処として埼玉スタジアムの近くに引っ越すことにしたという報告だった。そこは私の家からも近く、次のシーズンから試合後に飲もうといううれしい誘いにはしゃいで受け答えしていたところ、最後になって、「ちょっと残念なお知らせもあるんだけどさ」と声が小さくなった。

それは電話の表示を見たときから予測していたことで、誰が亡くなったのだろうと身構えると営業部の課長の名前を告げられた。

嗚呼。アイパーをかけてダブルのスーツを着こなしていた課長。初日から脅しをかけてきたけれど、その内面はとても繊細で気が弱いのを私は見抜いていた。弱さを隠すために課長は怖さで武装していたのだ。なぜ見抜けたかといえば私も同種の人間だったからだ。

いつか誰かのお葬式で課長に再会することを私は楽しみにしていた。相変わらずの憎まれ口を叩く私を「お前なんにも変わらんな」とぽかりと殴ってもらおうと考えていたのだ。まさか課長がこんなに早く亡くなってしまうとは...。

課長!私はあなたにずいぶんコキを使われましたね。学会販売の出品準備、売上伝票の入力、DMのラベル貼り、さらに花見の場所取りも始発電車に乗ってさせられました。

今日こそは反抗してやろうと何度も思いましたが、あなたもその裏で同じくらい汗をかいているのを見てました。イベント設営ではフォークリフトを乗りこなし、そのイベント会社とは図面を間に細やかな打ち合わせをしてました。また地方から上京された執筆者のドクターの面倒を夜遅くまでしてました。お相撲さんのような身体の大きさからは信じられないほど細やかな仕事ぶりが私は好きでした。そして見習いました。

今、私がいるのはあなたのおかげです。すべてではさすがにありませんが、4%くらいはあなたのおかげです。

電話をかけてきてくれた先輩に、「おれ、引っ越し手伝いますよ」と伝え、泣く前に通話を終えた。

1月23日(金)深呼吸

今週は金曜日になってやっと深呼吸できる日となった。月曜日から昨日の木曜日までは毎日予定や〆切に追われ、過呼吸で過ごしていた。

予定ゼロ。メールを開くと、とある取引先から届いた月次の売上報告に通常30万円くらいの売上が、なんと今月は90万円と記されている。三度見直してガッツポーズ。小躍りしていると別の取引先から注文書が届き、注文冊数欄に「180冊」と記されていた。さわにガッツポーズ。

それらは月曜日から木曜日までにやった仕事とはまったく無関係で、結局、本が売れる時というのはこうして本が勝手に営業してくれるのだ。いい本とはそういう本のことをいう。そういう本を作り続けなければならない。

ノルマなんてないのだが、本日のノルマ終了気分で、本屋さんに向かう。

帰り、埼京線で刃物を振り回した男がいて、大量に線路に人が脱出、同じ経路を走る京浜東北線なども長時間運転見合わせとなる。秋葉原から日比谷線、東武伊勢崎線、武蔵野線と乗り継いで帰宅。

駅前で焼き芋も買う。焼き芋があればだいたい家庭は平和だ。

1月22日(木)ハッシュブラウン

待ち合わせまでにかなり時間があり、目の前にあったバーガーキングに入る。バーガーキングに入るのは新婚旅行以来か。

これからの肉体労働に備え、ハンバーガーを頼もうと思ったのだけれど、レジの上に映されるメニュー画面がどんどん変化していき、何をどう頼んだら良いのかまったくわからない。

私はチーズが食べられないのでチーズの入っていないものを選ばなければならない。動体視力が試されつつ、まっ茶色に見えたハッシュ&BBQバーガーセットというものを頼んでみた。

異国からやってきた店員さんがサイドメニューを聞いてきて、「ハッシュブラウン?」と言われたのでよくわからないまま「はい」と答えた。

番号が呼ばれるのを待って出てきたハンバーガーの包みを開くと、ハッシュ&BBQバーガーというもののハッシュとハッシュブラウンが同じものなのがわかった。

ハッシュ&BBQバーガーを齧りながらハッシュブラウンを食べる。バーガーのハッシュは不要だった。

本日はスッキリ隊の出動で立石書店の岡島さんと都内某所のタワマンへ。まるでホテルのような豪華な作りの中、1時間ほどで600冊の法律書などを運びだす。

会社に戻ると『本屋の人生』の大展開用の注文が入っており、すぐさま恵比寿の有隣堂さんへ直納に向かう。今日は一日中本を運んでいる。

夜は中井のキッチンカブトムシにて、『本屋の人生』の出版記念パーティー。3月で本屋を閉める伊野尾さんだが、伊野尾さんは本屋になってよかったのではとしみじみ感じる夜だった。

1月21日(水)威厳と貫禄

「パパは本当に威厳と貫禄がないよね」と娘からもしょっちゅう指摘おり、自分自身もそう思っていた。ところが本日某所にかなりオフィシャルな話をしに行く際に、一緒に訪問する人がすべて女性だったところ、そのうちのひとりから「杉江さんが来てくれてよかった」と深く感謝されたのだった。

世の中のオフィシャルな場というのはいまだ男性優位らしく、女性だけで赴くと軽んじられるそうで、「スーツを着た男の人がいるだけで全然違うんです」とのこと。貫禄はなくてもいるだけで存在意義があるなら私はいくらでもそこにいる。

打ち合わせ後は、紀伊國屋書店新宿本店さんに追加注文を受けた『本をすすめる』を届け、夜行列車で上京された内澤さんとお茶。

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