11月21日(金)レジ

いつもエスカレーターの右側に乗るのに慣れた頃、出張は終わる。

大阪より帰京。そして埼玉へ。

帰宅した頃、大阪でも一緒だった高野秀行さんから電話があり、日曜日の文学フリマのレジ(精算)を心配している様子。

いやはや私は毎週のようにイベントで物販しているだけでなく、90年代の激混み八重洲ブックセンター本店でレジに立っていた人間なのだ。レジに関しては大舟といっても過言ではないだろう。

なにせあの頃の八重洲ブックセンターよレジカウンターは、キャッシャー(レジ打ち)1人に対して、サッカー(受け手)が4人を立ち、それぞれが読み上げる売上金額をレジ打ちし、お預かり金額を確認する前にレシート出し、次に別のサッカーが読み上げレジ打ちしている間にお預かり金額を聞いて、暗算でお釣り出していたのだ。それはまるでアシュラマンのようだった。

私は1年半のアルバイトの間に3人のサッカーまでは対応できるようになったが、4人入ると社員さんに代わっていたりしたのだけれど、いまだその暗算能力はまったく衰えていない。神保町ブックフェスティバルやブックマーケットで浜田がお金を預かっている間に、釣り銭を渡しているのだ。

高野さんに力説するも、大舟のはずの私が高野さんには泥舟にしか見えないようだった。

11月20日(木)本の力

大阪・河堀口に今年の8月にオープンした本屋さんBOOK'NBOOTHにて、高野秀行さんのトークイベント。

会場でもあったお店の二階で行った打ち上げでは、大阪ならではのボケとツッコミの会話を堪能し、涙を流すこともなかったのだけれど、ホテルでひとりになったらやはり涙がこぼれ落ちてきた。

12年前に『謎の独立国家ソマリランド』を刊行した時にイベント開いてくださった書店員さんがその後退職し、いろいろと激動の末、自ら本屋さん開き、オープン初のイベントを任されたのである。

書店員さんの想いだけでなく、その依頼に二つ返事でOKしてくれた高野さんの心意気。私はどれほど恵まれた人間関係の中で生きているのだろうか。それもすべては本のおかげなのだ。

本っていったいなんなんだろうか。読書というのは大変孤独な作業のはずかのに、なんでこんなに人と人を繋げてくれるのだろうか。

駅まで送ってくれたその書店員さんは別れ際にずっとずっと手を振ってくれていた。

あの本屋さんが、何年、何十年続くために自分にできることを探さねばならない。

11月19日(水)酒場の背景

いつも指定した列車の1時間も前に東京駅に着き時間を持て余す新幹線なのだが、よく考えたら変更可能のチケットをとっているのだから、東京駅に着いたところで乗車する新幹線を予約し直せばいいのだと気づく。

もちろん午前中の発車間際の新幹線は混んでいるから通路側か三列シートの真ん中しか空いてないけれど、席なんかどこでもよく予定より40分早い新幹線に変更し、新大阪を目指す。

今回の出張は明後日行われるBOOK'NBOOTHでの高野秀行さんのトークイベントの立ち会い。その前後に書店さんを回ろうと新大阪から神戸線の新快速に乗り換え、一路三ノ宮に向かった。

夕方、梅田でスズキナオさんと待ち合わせし、大阪のディープな酒場に連れて行っていただく。そこは梅田から地下鉄を乗り継ぎ30分、さらに駅を出てから15分ほど歩いて辿り着く、わが酒飲み人生で一番遠路はるばる酒を求めて到着した酒場であった。

いつぞやスズキナオさんに酒場のどんなところが好きなんですか?と尋ねたことがあるのだけれど、その時ナオさんは確か酒場で何か話をするとかでもなくただただ溶け込んでいる感じが好きだとおっしゃっていた。

それはどんな感じなんだろうと思っていたら、本日瓶ビール2本とレモンサワー二杯を飲んだあたりで、まるで自分はその酒場の書き割りの背景になったような気がしてきたのだった。

そのまったくの透明化というか浮遊感というかそれは大変心地よく、気づけばナオさんとほとんど会話もせず、周りのお客さんの関西弁の会話をラジオのように聴いている時間が過ぎているのであった。それはそれは素晴らしい時間だった。

11月18日(火)石田夏穂『緑十字のエース』

  • 緑十字のエース
  • 『緑十字のエース』
    石田夏穂
    双葉社
    1,760円(税込)
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どどどどどうして、工事現場の、それも基礎工事の、さらに安全管理担当が主人公の小説が、こここここんなに面白いんだろうか!? 今日の今日まで「泥引き」なんて言葉すら知らなかったのに、タイヤの跡が気になって仕方ない。やはり小説はディテールってことなんだろうか。それとも石田夏穂の力なのだろうか。

そう、石田夏穂『緑十字のエース』(双葉社)を夢中になって読んだのだ。

話はつい3か月前まで三岸地所という大手ゼネコンの積算部長だった浜地が現場に向かうところから始まる。といっても浜地はある問題から三岸地所を退職しており、あまく考えていた転職活動に失敗し、やっとつけた仕事が二階建てのプレハブが事務所の工事現場の安全管理の仕事なのだった。

そこからの話はほとんど基礎工事と安全管理の話なのである。とてつもなつ地味な話のはずなのにページをめくる手が止まらないのだから石田夏穂という作家はおそるべき書き手である。

そういえば上半期ベストテンを決める社内座談会の時に事務の浜田が必死に石田夏穂を推していたのだ。

ベストを決めるとベストがでる、という法則は今年も当てはまった。今からベストを決めるなら『緑十字のエース』は絶対ベストに入れただろう。来年のベストよ、待っておれ。

帰りにお茶の水の丸善さんに寄り、石田夏穂の本を大人買いする。

11月17日(月)月曜日

週末の介護を終えて三日ぶりに家に帰る月曜日は、気のせいか娘と息子と距離が近い。

今日も晩飯を終えてコタツに寝転がって本を読んでいると、娘と息子がそれぞれの部屋から出てきて、こたつの右と左に入ってきた。

しばらくすると娘が私の足をこたつの中で蹴飛ばし、「ほら、今日のトークゾーン」と言う。

トークゾーンとは娘と私が毎週欠かさず聴いている「オードリーのオールナイトニッポン」で、フリートークを終えた後に、若林さんと春日さんがそれぞれその週にあった面白いエピソードを話すコーナーのことだ。

娘は暇になると私にその日あった面白い話をしろと促してくるのだけれど、そうそう単なる版元営業に語れるほどの面白エピソードはなく、たとえあったとしてもオードリーの二人のようにおかしく話せるわけではない。

仕方なく、今日訪問したマガジンハウスでの出来事を話す。

ブルータスの編集部から本の雑誌スッキリ隊として本棚をテーマに対談をしてほしいと依頼があり、マガジンハウスに赴いたわけだが、対談相手の方が挨拶を交わすとすぐに「今日はアウターがいらなかったですね」と編集者と話し出し、私にはそれが「アフター」に聞こえ、もしや対談のあとに飲み会がセッティングされているのかと思ったのだけれど、よく聞けば上着のことだったというオチ。オシャレなマガジンハウスでは上着のことをアウターといい、本の雑誌社ではジャンパーというんだよ、みたいな話だった。

話はまったくウケず、右にいた息子からは「父ちゃんひとり昭和なんだよ!」と突っ込まれ、左にいた娘から「マジでそんな語彙力で出版社で働けるの?」と心配された。洗濯物を室内で干していた妻は、さとみつさんのようにわれわれを見つめている。

しばらくそうやって話をしていると、息子が突然壁を指差し、「マジか!」と叫んだ。

指差した先には緑色のカメムシが貼り付いており、虫が苦手な私はこたつからそっと抜け出した。

「おい!逃げるのか!」と娘に呼び止められ、「あれが大黒柱なのか?」と息子から罵られるも、虫嫌いの足は止まらず階段を下りて寝室のベッドに寝転がる。

天上の上からは娘と息子と妻が、カメムシと格闘するドタバタと走り回る足音が聞こえてきた。

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