11月28日(金)読者の訪問

午前中、『おすすめ文庫王国2026』の初回注文締め作業をしていると、ひとりの男性が会社に顔を出す。

スーツでないその格好から私の知らない執筆者かどこかの編集者かと思ったが、「あの、ただの読者なんですが...」と小声で名乗られる。

神保町に移ってからこういうことはよくあり、また「本の雑誌」に「今月遊びに来た人」というコーナーまで設けているので、読者の訪問は大歓迎なのだ。

会社に招き入れ、お話を伺うと九州からやって来られたそうで、明日国立競技場で開催される陸上のセレモニーのついでに、そういえば神保町に本の雑誌社があったと思い出し、訪問してくれたそう。

しばらくお話ししていると、「うわー、ここで本の雑誌が作られているんですか。すごい感動です。手が震えてますよ。いやあ涙が出ちゃう」と本当に目尻をぬぐうのだった。

そう言われても本の雑誌社は小さな雑居ビルの一室で、「本の雑誌」が作られるといってもここで印刷製本しているわけではなく、さらに今は椎名さんや目黒さんがいるわけではないのである。私からしたら感動要素はまったくのゼロであり、いったいなにが読者の方の心を揺さぶったのか皆目見当がつかない。

おそらく「本の雑誌」に心を揺さぶる何かがあるのではなく、「本の雑誌」を読んでいる自分の人生を走馬灯のように思い出したのだろう。

その方の人生を私はまったく知らない。けれど仕事のこと家族のこと恋人のこといろいろとあったときに、必ず毎月一度「本の雑誌」を手にする時間がある。そのときだけ思い悩んだり苦しんだりしていることを忘れ、笑ったり頷いたり大好きな本の世界に没頭できたりして、私が毎週聴くラジオを楽しみにしているように、この方は「本の雑誌」を読んでいるのではなかろうか。

雑誌というものはつくづく不思議なものだ。書籍よりも双方向で、上から下というよりは、同じレベルの平坦な街のよう。

私たちにできるのは、おもしろいものを作って、とにかく刊行し続けること。

11月27日(木)ガッツポーズ

立石書店の岡島さんとスッキリ隊出動。最近はこの精鋭部隊2名による出動が多く、おそらく家族を除いて一番長い時間一緒にいるのは岡島さんだろう。

車の中ではバカ話に花を咲かせるが、本の整理を希望するお客様のところに着いた瞬間から私は完全に丁稚となり、岡島さんの指示に従い身体を動かすのだった。

本日は前回の続きのお宅で、岡島さんが縛った約2500冊の本をマンションの3階から台車に積んで運び出し、車に積み込む。

単に車に積むといってもこれはバランスがよくなければ崩れてしまい、さらに隙間なく積むことによって載せられる本の量も変わってくるのだった。

基本的には文庫、新書、四六判、菊判(A5判)と同じ判型の本が同じ長さで縛られているのだからそれを積んでいけばぴったり収まるのだが、ここに大判などが入ってくるから難しいのだ。

しかも大判の縛りは長さがなく、たいてい10センチくらいのブロック状となる。この組み合わせをうまく考え、さらに車の幅も見当しつつ、隙間をなくすように積み込まなければならない。もちろん時間をかけてはならぬのだ。

あまりに私が上手く積むものだからもはや岡島さんがわざわざ褒めることはない。ただ縛っている最中に「杉江さんが早すぎて縛りが間に合わねえなあ」とぼやいたのと、古書会館に向かう車中に「結構詰めたなあ。あと一回で済むかも」と呟いたときには、心の中でガッツポーズをしたのだった。

11月26日(水)本屋さんで思い出す

  • 尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『尚、赫々【かくかく】たれ 立花宗茂残照 (ハヤカワ文庫JA)』
    羽鳥 好之
    早川書房
    1,056円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

飲み会まで少し時間があったので、駅前にあった本屋さんに入った。30坪ほどのまさしく街の本屋さんだ。

雑誌売り場をふらふらしていると肩の力が抜けていくのがわかった。まるで山に登り森林浴を味わっているような心地だ。元を正せば本も木だから同じ効果があるのだろうか。

学参、実用、文芸と棚にそって足を進め、文庫の棚に辿り着いたとき、「そういえば俺なんか本を買おうとしていたな」と思い出す。

なんだったけ? 買う気になっていた本があったはず。ちくま文庫だった気もするけれどとちくまの棚と5冊ほど平台にささっている新刊を見るも背表紙に思い当たる文字がない。

ちくまじゃなくて......と新刊コーナーで目を動かしていると、ある一冊が光って見えた。ああ! これだ!と手を伸ばした。光っていたのは羽鳥好之『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』(ハヤカワ文庫)だった。

そうなのだ。先週の大阪出張の帰りに新幹線の乗車まで時間があり、新大阪の駅の中にある本屋さんをぶらぶらしていたのだ。

そして文庫売り場の一角にPOPが立っており、何やら縄田一男さんの強烈な推薦コメントがでかでか記されていて、手にとったのだった。手に取りながらそういえばこの本、新刊のときに北上次郎さんが熱烈に推薦してたなと思い出したのだ。

買おう、と思ったのだがすでにリュックがぱんぱんだった。もちろんそれもほとんど本なのだった。新幹線の中で読む本はすでにあり、リュックの中には積読本というか詰め読本が山なのだ。

仕方ない。今日は買わずに神保町か営業先に伺った本屋さんで買おうと平台に本を戻したのだけれど、そのこと自体をすっかり忘れていた。

それが今、本屋さんに入り、棚を眺めているうちにまるでタイムカプセルを開けたかごとく思い出す。

そして私は本を手にレジに向かった。

11月25日(火)単純作業

朝8時、出張明けで一週間ぶりの出社。溜まっている仕事が山ほどあるのだけれど、それに手をつける前に、高野秀行さんの初のZINEの予約注文分の発送をせねばならず。せねばならずと言ったところで、そう簡単にできる量ではないのであった。さらに2点同時に刊行し、そしてサインありサインなしとあるものだから、発送する本が4種類に及ぶのだ。これで混乱しないなんてことはなく、全集中で対応せねばならない。

事務の浜田を図書カードで雇い、ラベル出しと納品書の印刷をお願いする。そうしているうちに高野秀行さんがやってきてZINEにサインしていただく。もはや製造直売所だ。2時間ほどかけてサインしていただいたのち、納品書を二つ折りし、ラベルを封筒に貼っていく。

今夜何時までかけても終わらせたい気持ちはあるものの、夜の8時半からオンラインの座談会があるのだった。それまでには家に帰らねばならない。

やっぱり俺は町工場の倅だなあと思うときはこういうときだ。あれはたしか小学6年生のときだったと思うけれど、独立したばかりの父親の会社に遊びに行ったとき、会社は新たに受けたばかりの仕事でおおわらわになっていた。するとパートのおばさんから「つぐちゃんも手伝って」と声をかけられ、プラスチックの部品を組み付ける製造ラインに入れられたのだった。

めんどくさがるかすぐに飽きてしまうようなその単純作業に私は没頭したのだった。左の人から流れてくる部品を私が所定の位置に差し込み、それを右の人に渡す。左の人も右の人もベテランだから仕事が早い。私が戸惑えば両隣の人の手を止めてしまう。

必死も必死で作業に冒頭していると気づけば2時間が経っていた。休憩のブザーが鳴り、お茶を振る舞われると、周りのおばちゃんたちが心底感心した様子で私を褒め称えてくれたのだ。それは私が手先を使う単純作業に向いていると気づいた瞬間でもあった。

今、私は納品書を手にして、必要な本を取り、封筒に詰め、それを台車に乗せるという作業を繰り返している。納品書はまだまだ厚く、封筒の束もたくさんある。声も発さず、黙々とそれをこなしている。

夕日が差し込む窓の向こうから父親が見ている気がした。

11月24日(月・祝)レディア

朝、息子を駒場スタジアムに送り、その後、妻と娘と美園のイオンにできた浦和レッズのマスコット、レディアのショップを覗く。

娘はそのまま仕事に行き、妻と私は家に帰って、終日ぼんやり過ごす。さすがに疲れているのか走る気もせず。

« 前のページ | 次のページ »