« 2020年11月 | 2020年12月 | 2021年1月 »

12月14日(月)

 8時半に出社。電車がいくぶん空いているような気がしたのは、またみなテレワークにシフトしているのだろうか。自分も勤務体制を見直さねばならぬ。

 通勤読書は、先週「本の雑誌」の納品の際に駒込のBOOKS青いカバさんの均一棚で見つけた『盛り場のフォークロア』神崎宣武(河出書房新社)。

 湯島の成り立ちからそこに来ていた行商人のかつぎ屋さんや下谷花柳界の芸者さん、はたまた天神下のホステスさんに聞き書きされた本なのだが、コロナが広まって以降、会社のある神保町から湯島を通って、上野、日暮里(そして王子、赤羽)まで歩いて帰っており、その度に湯島あたりの街の成り立ちがたいへん気になっていたので、ドンピシャの本。食い入るように読み進む。

 またそれだけでなく、どうもこの著者の興味や文章にすこぶる相性が良い気がして、慌てて調べてみるとたくさんの著作を出していることがわかり、すぐさま著作リストを作成。いくつかの本を古本屋さんに注文。

 これぞまさしく読書の最高の喜びのひとつ。その源泉は、BOOKS青いカバさんの均一棚であり、カバさんと本の神様に手を合わせ感謝す。

 会社に着いて、2月刊行予定の単行本の著者校を読みつつ、4月刊行予定の単行本のレイアウトがあがってきたので、それをプリントアウト。その合間に、仲野徹先生から『着せる女』で大活躍していただいたバーニーズ ニューヨークの鴨田さんにスーツを選んで欲しいのだけれどとリクエストがあり、鴨田さんに電話。スケジュール調整す。

 本日搬入の新刊、牧野伊三夫『アトリエ雑記』のサイン本を東京堂書店さんへ直納。また「本の雑誌」1月号の追加注文いただいた三省堂書店さんにも直納。事務の浜田と編集の高野は、直注文殺到中の「本の雑誌」1月号の出荷作業に終日大わらわ。

 売れると楽しい。
 これは地球は丸いと同じくらいの真理なのではなかろうか。



12月7日(月)

  • 天離(あまさか)り果つる国(上)
  • 『天離(あまさか)り果つる国(上)』
    宮本 昌孝
    PHP研究所
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • 天離(あまさか)り果つる国(下)
  • 『天離(あまさか)り果つる国(下)』
    宮本 昌孝
    PHP研究所
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 やっとというか、ついにというか、宮本昌孝『天離り果つる国(上・下)』(PHP研究所)を購入した。

 10月の半ばくらいだったか書店店頭で見かけ、その装幀の美しさ、タイトルのかっこよさ、そしてもちろん『藩校早春賦』や『ふたり道三』『夏雲あがれ』の宮本昌孝という著者への信頼からすぐさま購入すればいいものを、ここのところの自分の積ん読ぶりのひどさから上下巻というのに怯み、またいつものように未読のまま気づいたら文庫になっていたりするのではないかと危惧し、そっと平台に戻していたのだった。

 ただ、それから何度も何度も、やはりこの本から発せられる傑作の気に引き寄せられ、本屋さんでカバーを眺めたり、帯を読んだり、ときには冒頭を読んでみたりして、ああ、もう場所やお金のことは一切気にせず買ってしまえばいいのではないかと逡巡し、それでも本を手に取りレジに向かう決心がつかずにいた。

 しかしそれが先週、早朝に出社し、スタッフみなの机を拭いていたところ、編集の松村の机に置いてあった「本の雑誌」1月号のゲラを見つけ、何気なく読みだしたところ、縄田一男さんと深町眞理子さんが『天離り果つる国(上・下)』を今年のベスト1に推薦されていたのだった。もうこれは買わずにいられない、読まずにいられないとついに背中をどーんと押され、営業で向かった本屋さんで買い求めたのであった。

 本を読む楽しさと同じくらい本を買う楽しさというものがある。

 たとえばこの『天離り果つる国(上・下)』は、本を見かけてから実際に買うまでに一ヶ月以上かかっているわけだけれど、その間、本屋さんに行っては買おうか買うまいかと悩み、ついに書評で紹介されていたから買うかとか、今月ちょっと小遣い残ってるから買っちゃうおうみたいなことは、買い物の一番の喜びであり、幸福なのではなかろうか。

 近所でいえば三省堂書店さんの2階の文芸書売り場や4階の人文書売り場から、ついに買うと決断をした本を手にし、エスカレーターに乗って一階の集中レジに向かうまでの満たされた心というのは、実はもうその時点で十分本の価値に含まれているのでなかろうか。

 というわけで、宮本昌孝『天離り果つる国』(PHP研究所)800ページを超える上下巻を夢中になってほぼ2日で読了。購入を悩んでいた時間がバカらしくなるほどの面白さ。傑作中の傑作の小説を読んでいるときはこんな気持ちになるんだと久しぶりに思い出す。

 時は安土桃山、織田信長から豊臣秀吉、徳川家康と時代が流れる大状況と、その風雲な世の中で"天離る鄙の地"と呼ばれる飛騨白川郷の辺境の国がいかに自立して生き抜いていくかという中状況と、軍師・竹中半兵衛の愛弟子・七龍太と紗雪の恋愛の行方を追う小状況を、縦横無尽変幻自在で導く物語。読書の至福が詰まった一冊だ。

 ページをめくる手が止まらず、本を読んでないときも物語のなかにいるような気持ちになり、終わりが近くにつれていつまでも読んでいたいと寂しくなってしまった。

 それでもやっぱり物語の終わりはやってくる。最後の一行を読んで、本を閉じると、読書の幸福に包まれた。ああ、どうして2020年のベストを決めた後に読んだんだろうか。圧倒的にこれがベスト1だ。


12月2日(水)

 10時に出社すると、待ち構えていたかのように編集の高野から「おはようございます!すみません、カバーの色校出たので見てください!」と刷り上がったばかりのカバーを広げられる。

 おれ、編集長かよ?と思いつつ、「うんうん、いいじゃん」とつぶやいていると、今度は事務の浜田がやってきて、「読者に送る手紙を書いたんで確認してもらえますか?」と差し出される。

 おいおい、編集長だけでなく発行人かよ?と感じつつ、その手紙を添削し、そういえばこういうシーンはドラマや映画でよくあるよなと考える。できる刑事とかあるいは有能な建築事務所の所長とかが事務所に戻ってくると、職員や所員が待ち構えていて、順番に様々な案件を抱え、行列を作って報告してくるのだ。

 まあ行列といっても本の雑誌社の場合多くて3人なのだが...と顔をあげると3人目の編集の松村が何やら昔なつかしフロッピードライブを手にして立っているではないか。

「杉江さん、すみません。フロッピーディスクが詰まっちゃって出てこないんですよ。......取り出してもらえませんかね」

 どうやらおれは、カリスマ編集者でも敏腕発行人でもなく、単なるよろずやだったらしい。

12月1日(火)

 10時に出社。電車は普通。春先は誰もが空気を読んで自粛したものの、この冬は空気が緩んで自粛せず。

「本の雑誌」1月号と『おすすめ文庫王国2021』で発表するベストテンのランキングボードをInDesignでデザイン。できあがり次第PDFに書き出して神保町のキンコーズへ持ち込み、カラープリントしてもらう。古本屋街の均一ワゴンに道草することなく会社に戻り、貼りパネに細心の注意でもってしわくちゃにならぬよう貼っていく。

 この調子で仕事をしているとまた昼飯を食い損ないそうなので、無理やり机を離れ、「そばですよ!」にもご登場ねがった立ち食いそば屋「肥後一文字や」にて、天ぷらそば。薄いかき揚げに汁がしみて美味い。

 昼食後は早速ランキングボードを持って、書店さんを廻る。ザ・師走。

 宇都宮徹壱『フットボール風土記』(カンゼン)読了。

『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)に続き、日本各地のJFLや地域リーグのサッカークラブに迫るルポ。選手だけでなく、いろんな人たちがその土地とサッカーのために身を粉にして働いており、思わず自分もその世界に飛び込みたい気持ちがムクムクと湧いてくる。

 49歳、仕事人生は残り10年ちょっとならサッカーに身を捧げるのもいいのではなかろうか。

11月30日(月)

 8時30分出社。コロナ感染者はどかどかと増えているものの、通勤電車はまったく空かず。自分もこうして出社しているわけだから当然か。

 コロナの影響ではないと思うが、会社に着いてもイマイチ仕事をする気力が湧いてこず。こんなときはと一心不乱で掃除機をかける。きれいになるとなんとなくやる気がでてくる。

 午前中、Zoomをつないで「北上ラジオ」の収録。目黒さん(北上次郎)と本の話をしているとむくむくと元気な気分になっていくのはなぜだろうか。耳を立てて収録を聴いていた事務の浜田も編集の高野も笑顔になっている。

 午後、内澤旬子さんと電話で長話した後、一転して「おすすめ文庫王国2021」の初回注文〆作業に勤しむ。新型コロナが蔓延して以降、取次店さんへの見本は窓口持参でなくなり郵送となったわけだが、楽チンであるけれど、寂しい気持ちも無きにしもあらず。

 3時過ぎにお腹が鳴って昼飯を食べていないことに気づくと、なんと事務の浜田も入稿間近で出社している編集の松村も昼飯を食べておらず、いやはや働き者の従業員に恵まれた会社だこと。もはや食事をする気力もわかず、ファミリーマートで肉まんと野菜ジュースを買って、お腹に流し込む。

 定時で終業。秋葉原の無印良品に寄って、シャツとパンツを購入。

 帰宅後、これを読んだらもう新刊はおしまいかもと読むのをためらっていた坪内祐三『玉電松原物語』(新潮社)読了。

 坪内さんが少年時代から30年ほど暮らしたすごく小さな狭い範囲のことを書いているのに、それは実はとてつもなく大きく広いことなのだった。

 ここに描かれているのは、ある時代の日本人の暮らしだ。

 それぞれの土地の開発時期によって年代は少しずれるかもしれないけれど、かつて日本人は「小さな町であったのにたいていの店があった」商店街(商店街とは、本屋、おもちゃ屋、お菓子屋、文房具屋、電気屋などがある町をイメージする、と坪内さんは言う)で育ち、その町の人々と関わり、暮らしてきたのだ。

 だからこの本は坪内祐三さんの思い出でありながら、私たちみんなの思い出なのだと思う。

 それにしても生前坪内さんに「面白い本見つけました!」と『東京組合五十年史』(東京都書店商業組合)の話をし、「今度お持ちしますね」と言ったままになってしまったのはやはり痛恨事だった。『玉電松原物語』で描かれる松原書房がしっかり紹介されているではないか。

« 2020年11月 | 2020年12月 | 2021年1月 »