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9月22日(水)『嫌われた監督』を読んで放心する

  • 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか
  • 『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』
    鈴木 忠平
    文藝春秋
    2,090円(税込)
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 放心している...。放心しながら頬を涙がこぼれ落ちている...。『嫌われた監督』鈴木忠平(文藝春秋)を読んだ。とんでもないものを読んでしまった。これはとてつもないノンフィクションだ。いや、そんなジャンルにこだわらず、とてつもない「本」だった。本を読んできてよかった。本を読み続けてきてよかった。久方ぶりに読書の醍醐味を心の底から味わった。

 三冠王を三度獲得した日本プロ野球史上最高の打者である落合博満が、2004年から2011年まで8年間勤めた中日ドラゴンズの監督時代の様子が描かれている。

 監督としての落合は、8年の間のペナントレースで、すべてAクラス(3位以内)入りし、そのうち日本シリーズに5度進出、2007年には中日ドラゴンズを53年ぶりの日本一にも導いた。それにも関わらず、ファンやフロント、マスコミからこの書名どおり「嫌われた」監督だったらしい。

 落合は手取り足取り選手に教えることはしない。たとえ何かを伝えるとしても謎かけのような言葉をぽつりと漏らすだけで、言葉で伝えるよりもノックや起用法で伝えようとする。だから選手自身が考え、答えを導き出さなければならない。

 落合が求めていたのは、その「自ら考える」ということだったのだけれど、それはなかなか伝わることなく反発する選手やコーチ、新聞記者もたくさんいる。それでも落合は説明することを拒み、どんどん嫌われていく。

 嫌われてまで追い求めたものはなんだったのか? その真実を川崎憲次郎、森野将彦、福留孝介、宇野勝、岡本真也、中田宗男、吉見一起、和田一浩、小林正人、井手峻、トニ・ブランコ、荒木雅博の12人の選手・球団関係者の目を通して、著者は迫っていく。

 そこで見せられるのは、本物のプロフェッショナルというものの姿だ。ボールを投げる、打つ、捕る。ポジションは9つしかなく、成績を残さなければ選手は契約を切られ、翌年から仕事を失うことになるかもしれない。それらの選手の人生とファンの期待を預かる監督の責任はもっとも重い。

 果たして勝つために、優勝するために、それがプロフェッショナルの目標だとするならば、なにが必要なのか?

 それは我々が日常生活でもっとも大切にしろと教わってきたもののひとつを捨てることだった。落合はそれを捨てることで、勝利を、優勝を、手に入れる。

 だからこそ"嫌われた"のである。世界の、世の中の、あまりに本当の姿を、見たくない真実を、曝け出したからこそ嫌われたのだ。

 それでも嫌われるばかりではなかった。プロフェッショナルとして生きた人たちの間で、これほどまで愛されてもいたのだ。私の頬をたくさんの涙が流れ落ちたのだった。

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