« 前のページ | 次のページ »

9月4日(日)

「行ってくるね」もなく、娘は背中を向けて成田空港第2ターミナル南ゲートに吸い込まれていった。大きく膨らんだリュックを手荷物検査に預けるとボディスキャナ―を通り、あっという間に姿は見えなくなった。

 何かに似ているなと思ったら、それはサッカーの試合だった。小2で女子サッカークラブに入団した娘は週末のたびに試合に出るようになっていた。ふたりで車に乗って、小学校6年の卒団まで、あちこちの河川敷のグラウンドに行った。

 初めの頃は僕もいろいろ口を出していた。あそこはパスを出したほうがよかった、あそこはもっと強く当たるべきだった、あそこでシュートを打てばって。

 でも、ある時、気づいたのだった。僕はたった中学校の3年間しかサッカーをやっておらず、しかも自分はいつもベンチに座る控えの選手だったのだ。

 目の前にいる娘はレギュラーで、僕よりずっと長くサッカーをやっている。出場した試合の数は僕の何十倍にもなるだろう。僕よりずっと娘のほうが経験しているのだった。

 それから僕は余計なことをいうのをやめた。いや、やめたんじゃない。娘のほうがすごいんだって素直に尊敬したのだ。だから僕にできるのはグラウンドに立った娘を信じること。サッカーはグラウンドに立った選手が自由にプレーできるから楽しいのだ。

 今、娘は人生のグラウンドに立ったのだ。

 見えなくなった娘に声をかけようと思ったら、隣で妻が叫んでいた。「お姉ちゃん、がんばれー」。

« 前のページ | 次のページ »