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12月7日(水)

 午後、営業に出かけようとすずらん通りを歩いていたら、「杉江さん」と背後から声をかけられた。

 振り返るとそこには、おそらく一度しか会ったことのない、とある出版社の編集の方が立っていた。ずいぶん久しぶりのはずなのによく気づいたなと驚いていると、「先日、弊社の営業から2月に出す新刊のプルーフを送らせていただいたのですが、お忙しい中ご迷惑かもしれませんが、よろしければ読んでいただけましたらと思いまして」と言って、道端にも関わらず、90度腰を折って頭を下げたのであった。

 夕方、取次店の方が会社にやってきたので、いろいろと話す。その方は以前、書籍の仕入れ窓口におり、当時は毎月のように見本出しで顔を合わせていた。

「あの頃、俺が見本受付で一番見ていたのは、その本に対する熱ですよね。部外者として一番最初にその本に接する俺を説得できなくて、俺のあとに控える興味も関心もない人に手にとってもらえるわけないだろうって。だから版元の営業マンがどれだけ熱をもって本の話をするかそれをじっくり見てましたよ」

 果たして私は本のためにあんなに腰を深く曲げて頭を下げたことがあっただろうか。あるいは人を引き込むほど熱を込めて本の話をしたことがあっただろうか。

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