3月4日(月)角田光代『方舟を燃やす』に震える
角田光代が面白い小説を書くのはわかっている。面白くない小説なんて書かないのも知っている。
『方舟を燃やす』(新潮社)を読み終えて、「それにしたって」と、空を見上げてつぶやいてしまう。角田光代は、まだこんなすごい小説を書くのか、と。
幼き頃母親を失った柳原飛馬と、家族の幸福を想って懸命に家事をする望月不三子の、一九六七年から二〇二二年の人生が描かれる。
われわれがそうであるように二人も様々な情報に振り回される。それこそノストラダムスの大予言から健康に良いとされる食べるもの、最近でいえばコロナに関するあふれんばかりの噂など。
そうした中から二人は、それぞれよかれとおもったものを選んで生きていく。なにが本当に正しいのかなんて彼らにも私たちにもわからない。たしかなものなどなにひとつもない世の中を、そうして生きていくしかないのだ。
長い時間軸を描いた作品なのに緊迫感が失われることがなく、平凡な二人の人生なのに目を離すことができなくなる。
本物の小説を読んだ時の興奮と不安と喜びと怯えがここにはある。