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6月26日(水) 西條奈加『バタン島漂流記』

  • バタン島漂流記
  • 『バタン島漂流記』
    西條奈加
    光文社
    2,090円(税込)
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"漂流記"とタイトルについた本は、財布に金がなくても購入し、何を差し置いてもすぐ読むのだった。他には"探検記"や、最近は"風土記"なんて言葉にも弱いけれど、やはり圧倒的マイ・ラブ・ジャンルは"漂流記"だ。

だから西條奈加『バタン島漂流記』(光文社)を見つけた時、興奮して手を伸ばした。しかしその伸びる手が若干スローモーションになったことを白状する。

その理由のひとつは「小説」ということだった。やはり"漂流記"はノンフィクションで読みたい気持ちが強い。それでも手が伸び続けたのは、実際に起きた漂流を元にしてあるのと、江戸時代の出来事だったからだ。古い漂流ほど困難と未知が多く、面白いのだ。

しかし、それでもまだ躊躇しているところがあった。それは著者だ。はっきりとわが恥を晒すけれど、実は西條奈加の作品を読んだことなかったのだ。

もちろん直木賞を獲っていることは知っているし、それ以上に日本ファンタジーノベル大賞受賞作家のイメージが強かった。だからもしかして『バタン島漂流記』は、異世界を旅するファンタジー要素のある漂流記だったらどうしようと思ったのだ。

しかしそうは言っても"漂流記"なんてタイトルにつく本は、もはや五年に一冊くらいしか出ないので、しっかり鷲掴みにしてレジに向かたのだった。そして早速読み始めて驚いた。

ファンタジーどころか超本格的なリアリティ満載の漂流記なのだ。船の作りや船乗りの役割、そして荒れ狂う海原と自然環境と克明すぎるほどに描かれる。

漂流記だからあらすじをひとつでも紹介したら、それはもう興醒めどころか読む楽しみを奪うことになるので、一切ここで書くことはしない。江戸から尾張に帰る廻船に大変な困難が襲いかかるとだけ伝えておこう。

ノンフィクションより小説の優れているところ、小説だからこその面白さも『バタン島漂流記』には詰まっている。だからこそ最後の1ページまでぞんぶんに面白い。うち震えるほどの感動が待っている。

西條奈加、これまで読まずにいて申し訳なかった。読まずに誤解していてごめんなさい。

6月25日(火)書店員さんの言葉

今日聞いた書店員さんの言葉。

売り場の半分が担当になり、品出しだけでも大変な書店員さんが、ぼそっと呟いた。

「こんな面白い本が出るのに適当に積むなんてできない」

6月23日(月)北方謙三『黄昏のために』

  • 黄昏のために
  • 『黄昏のために』
    北方 謙三
    文藝春秋
    1,870円(税込)
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週末介護23週目も無事終え、東武伊勢崎線武里駅から出社。

介護ボケでぼんやりしていると京都新聞と上毛新聞の広告部の人たちがやってきてしばし雑談。

昼、F出版社のHさんからランチのお誘いがあり、「げんぱち」へ。しばし情報交換。

午後、坪内祐三さんの『日記から』の刊行に合わせて、日記本フェアを開催される紀伊國屋書店笹塚店さんにパネルを持っていく。

★    ★   ★

北方謙三『黄昏のために』(文藝春秋)読了。

還暦を過ぎたあたりの画家を主人公とした短編集。確か以前も画家を主人公にした作品があった気がするけど(北上次郎さんが絶賛していた)あれはなんだったか。しかしその主人公とは違う画家だ(と思う)。画家を主人公にするのは北方さん自身を投影しやすいからなんだろうか。

それはさておき、令和のこの時代になっても、北方謙三の主人公は、バーで隣り合った女性とねんごろになったり、モデルの女とベッドを共にし、葉巻を吸って、美味いメシを食って、キザな言葉で会話しているのだった。

私だって若い頃、北方謙三の小説を読んでそうなりたいと願い、そうなれるもんだと思っていた。しかし現実には50歳を過ぎても、バーに行って何を頼んでいいかわからず、そもそもバーなんて大竹聡さんに連れられていく以外いくこともないし、女性との会話なんて仕事と妻と娘と介護してる母親しかなく、かっこいい言葉を吐いたら自分で笑っちゃうくらいなのだ。

それなのに読むのがやめられないのだった。私がたどり着いた現実を考えたらふざけんなこの野郎と投げ捨ててもいいはずなのに、ページをめぐる手が止まらないのだ。

なんでなんだろうと考えたら、さみしさは一緒だった。北方謙三が書き続ける主人公のさみしさと私は、かつてと寸分違わず、ずっと一緒なのだった。さみしいんだ、人間は。ひとりなんだよ、人間は。

北方謙三の小説は決して肩を抱えて慰めてくれるような小説ではない。ひとりでいる私をただ見つめてくれる。

それがハードボイルドということなら、私はやっぱりハードボイルドが好きだし、必要としているのだった。

6月23日(日)雨

雨。しばし止んだ隙に、父親の墓参り。

昨日は、鹿島アントラーズとの戦いだというのに介護のため埼スタに行けず、悶々と過ごした。95年からシーズンチケットを購入して鹿島戦に行けないなんて初めてのことだ。

これでは生きてる意味がないのではないかと涙が出るほど悔しいが、きっと母親も私を育てているときにあきらめたことがたくさんあっただろう。

いやしかしこれは耐えきれないかもしれない。

6月22日(土)偉いけど当たり前

週末介護生活23週目。母親を介護施設に迎えに行き、実家に向かうと、すぐに母親の友達がやってくる。しばらくするともうひとりやってきて、老婆3人で笑い声をあげて話している。口々に「ある日突然バタっと死にたいよね」と言っているが、それは私としてもぜひともそうしていただきたい。

みなが帰った後、母親の車椅子を押して父親の墓参り行く。お寺の入り口で、お寺の娘である、れいちゃんが、「久しぶり!」と声をかけてきた。

れいちゃんは私が子どもの頃、寺の前にあった乾物屋でセーラー服を着て店番をしていた。耳が悪いのか声が大きく、この土地に古くからいる人がそうであるように、語尾が上がる北関東の訛りで話す。

「よくお詣りにきてるなあ。旦那をそんなに愛してたんか? お寺の道には力があるからよ。そこでリハビリしてりゃすぐに歩けるようになるよ」

と車椅子に座る母親の肩を叩いて笑った。

そしてお墓に向かう私たちに向かって、改めて大きな声をかけてきた。

「にいちゃん、いっつもそうやって偉いな。でもよ、当たり前のことだからな」

「えっ?」

「偉いよな。でも、当たり前のことだかんな。最近は何もしないやつもいるけどさ。当たり前のことなんだよ。偉いよ、にいちゃんさ」

いったいどっちなんだよ?と笑ったら、なぜか涙がこぼれ落ちた。

6月21日(金)『日記から』搬入

  • 日記から: 50人、50の「その時」
  • 『日記から: 50人、50の「その時」』
    坪内祐三
    本の雑誌社
    1,980円(税込)
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土砂降りの雨。

いよいよ坪内祐三『日記から』搬入となる。坪内さんの3年半ぶりの新作。20年前の連載ながら当たり前だけれどまったく古びる内容ではなく、何より私は大変楽しんで作らせていただき、坪内さんの偉大さを改めて思い知った。

午前中、フェア2件のパネルを作成。

午後、「本の雑誌」7月号の追加注文をいただいた丸善丸の内本店さんに直納に伺う。

6月20日(木)不忍池

  • 沖縄戦記 鉄の暴風 (ちくま学芸文庫 オ-41-1)
  • 『沖縄戦記 鉄の暴風 (ちくま学芸文庫 オ-41-1)』
    沖縄タイムス社
    筑摩書房
    1,760円(税込)
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新人ベテラン編集の近藤とデザイナーの松本さんの事務所に伺い、大竹聡さんの新刊『酒を出せない酒場たち』の打ち合わせ。

帰路、早稲田の古書現世に寄って、向井さんとスッキリ隊のスケジュールを確認。ここのところなぜか依頼が殺到しているのだった。

6時半に仕事をあがり、神保町から上野駅まで歩いていくと、不忍池がちょうど黄昏時だ。石段に腰をかけ、日が暮れきるのを眺める。

沖縄タイムス社編『沖縄戦記 鉄の暴風』(ちくま学芸文庫)を購入。

6月19日(水)旭屋書店銀座店

一路、宇都宮へ。

喜久屋書店を訪問し、Oさんにご挨拶。今や銀座・数寄屋橋の阪急に旭屋書店さんがあったことを知らない人もいるかもしれないが、その旭屋書店銀座店で長らく文芸書の担当をしていたのがOさんなのだった。

思い返せば私が本の雑誌社に入社したとき、前任の営業の人は体調を崩しており、対外的な引き継ぎは3日しかできなかった。

そのうち2日は取次店さんを回り、最後の1日は新宿の紀伊國屋書店さんと山下書店さんにご挨拶に伺った。

翌日からも関東近郊の巡回営業書店約200軒を一緒に廻るはずだったのだが、そこで前任者の方の身体が悲鳴を上げ、あとは自分ひとりで廻ることになったのだった。

私はそれ以前も出版社に勤めており、営業職だったから、出版営業がすることは理解していた。しかし、前職は医学書、それも歯科専門の出版社だったから、日々売れるものが変わっていくいわゆる書店の花形である文芸書の売り場に関してはほとんどわかっていなかった。

前任者の一言アドバイスを記した訪問店リストを片手に、本の雑誌社の営業として初めてひとりで訪問したのが、銀座の旭屋書店さんだった。おそらく本の雑誌社に入って一週間も経っておらず、案内する新刊の内容もまったく頭に入っていなかった。足が震え、心臓は破裂しそうに脈打っていた。

私の緊張など気にすることなくOさんとそしてもうひとりの担当だったTさんは笑顔で迎えてくれた。それは「本の雑誌社」という看板と歴代の営業の人たちのおかげであることは間違いなかった。

お店を出て、これまでの営業の人たちの仕事ぶりを汚さないようにと思ったことを今でも覚えている。そして、これまでの本の雑誌社の一番の営業になろうと誓ったことも。

Oさんは宇都宮で相変わらずびっしりとした筋の通った売り場を作られていた。

本の話を、たくさんした。

6月18日(火)注文は売る気の熱いうちに届けろ!

土砂降りの中、明大前のWIRED CAFEへ。高野秀行さんとデザイナーの金子さんと落ち合い、10月刊行予定の『クレイジー酒ジャーニー』の口絵の方向性を議論する。『謎の独立国家ソマリランド』に並ぶ傑作を作ろうと意見を出し合う。

昼過ぎ、会社に戻ると、事務の浜田から、東京駅の八重洲地下街グランスタにオープンしたばかりの八重洲ブックセンターさんから、「本の雑誌」の注文が届いていると報告あり。

「雨だから明日でいいんじゃないてすか?」と事務の浜田に言われるが、営業の鉄則は、「注文は売る気の熱いうちに届けろ!」なので、ビニール袋に包み、厳重包装で東京駅へ向かう。

やっぱり八重洲ブックセンターのマークは東京駅に似合うなあと眺めつつ納品。私は18歳の夏に八重洲ブックセンター本店でアルバイトを始めたのが、本の世界に入った第一歩であり、出版に大切なことはすべて八重洲ブックセンターで教わったと思っているので、場所と規模は違えど、故郷に帰ってきた感じがして感無量なのだった。八重洲ブックセンターらしいしっかりした品揃えと商品量にうれしくなる。

夜、「誘われた飲み会は一切断らない」をモットーにしているK社のHさんから、「今夜空いてないですか?」と誘われ、これは何かの挑戦状かと思い、受けて立つことにする。

小川町の「広島県府中市アンテナショップNEKI」で、某社の編集者も合流し、備後府中焼きを食しながら、とことん小説の話。

そういえば今朝は精文館書店中島新町店の久田さんと、書評家でないわれわれはどんな書評や文庫解説を書けばいいのかをメッセンジャーでやりとりしていたのだった。

どっぷり一日中、本の話をしており、帰りの電車で笑いが込み上げる。

6月17日(月)介護ボケ

朝、母親を介護施設に見送り、東武伊勢崎線武里駅から出社。

バブルの頃、金曜日に仕事を終えたOLが、グァムに旅立ち、月曜日の朝に帰ってきてそのまま会社に行く、なんて話があったけれど、今の私も似たようなもの。グアムが介護に変わっているのだけれど、時差ボケならぬ介護ボケで、月曜日は仕事のスピード感と東京の人の多さにまったくついていけない。

午前中、いよいよ今週搬入となる坪内祐三さんの『日記から』の部数を取次店さんに確認。コロナを経てネットでできるようになり、本当に楽になった。

昼、中井の伊野尾書店さんに「本の雑誌」7月号の追加注文分を届けにいく。ルビ特集が売れている。

伊野尾さんから求められるキャラクターが大事という話を伺った後、池袋へ移動。「コメダ珈琲」で矢部さんと落ち合い、7月刊行の『漫画 本を売る技術』の著者校正を預かる。

6月16日(日)親友

午前中、父親の墓参りをして、車いすを押しての散歩。あちこちの庭先で紫陽花がきれいに咲いている。途中、母親の親友の家で談笑。

昼過ぎ、中学からの親友・ダボがやってきてしばしお茶飲み話。おかげで気の塞ぐ午後の時間をやり過ごすことができた。感謝。

夜は、大竹聡さんの新刊『酒を出せない酒場たち』の原稿整理。仕事をしているとこの週末実家暮らしがたいそう有意義に過ごせることに気づく。

6月15日(土)呼吸困難

週末実家介護生活22週目。

夕方、母親に話しかけたところ、ちょうどお茶を飲んでいたところだったらしく激しくむせ返り、なんとそのまま呼吸困難に陥ってしまう。「ああーーー」と息がつまり、慌てて背中を叩くも回復せず、唇も紫に変色しだし、時間にしておそらく30秒くらいだっただろうが、「ああ、こんな風にして母親の人生は終わってしまうのか」と死を覚悟したのだった。

その後、どうにか呼吸回復、「はあはあはあはあ」と三途の川の一歩手前で戻ってきた。さっきまで笑っていたのがすぐそこは死。年を取るというのは生と死の間がとても身近になっているのだ。

以前、母親が入院していたときに、「のどが乾いた」というのでペットボトルの水を差し入れたところ、看護師さんから「とろみをつけたもの以外飲ませないでください」と言われたのはそういうことだったのかと今更納得する。

夜、息を詰めた母親の顔が何度も思い返され一睡もできず。

6月14日(金)夏始まる

9時半に汗をかきながら出社。なんと今日は30度を越えるらしい。

会社に着くとお隣さんの書泉の事務所からKさんが出てきたので会社に招き入れ、話題の書店カバーガチャポンの話で盛り上がる。話の流れから売場の企画となり、こちらもまた実現したら面白そう。やはり雑談が大切だ。

坪内祐三『日記から』の見本を携え、市ヶ谷の地方小出版流通センターさんへ。あまりの暑さに途中ペットボトルの水を買う。

見本を手にしたKさんが、「これ、いいんじゃない」とつぶやかれ、とてもうれしくなる。ここまで、私とデザイナーさんだけの間でこの本はいい本だと信じて作ってきたわけだけれど、初めて第三者の目に触れ、そこで好意的に受け止められるのは心底ほっととするのだった。

まあ、まだ売場に並んで実際にお金を払われて購入されたわけでないので、スタート地点にも立ってないのだけれど、それでも一安心する。

「@ワンダー」の外の棚で宮本常一『山に生きる人びと 日本民衆史2』(未来社)を300円で購入し、12時過ぎに会社に戻ると、AISAの小林さんがアイスの差し入れを持ってやってくる。ぺろぺろしながら、しばし雑談。

1時半に佐久間文子さんが来社され、できたばかりの坪内祐三『日記から』をお渡しする。とても喜んでもらえて、この半年抱えていた緊張が溶ける。

『一九七二』や『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り』など坪内さんがいかにして歴史を書こうとしていたのか、そしてその中でこの『日記から』の立ち位置など、佐久間さんの解釈に目が見開かされ、腑に落ちる。

夕方、沢野さんから電話。鰻重の本場について話す。

『クレイジー酒ジャーニー』の初校ゲラを読みつつ、来月の新刊めったくたガイドの原稿を書き、松村に送る。

18時半に退社。上野まで歩いて、京浜東北線に乗って帰宅。大きく葉の開いた蓮で埋め尽くされる不忍池の夕焼けがたまらなく美しい。

6月13日(木)『日記から』見本届く

  • 日記から: 50人、50の「その時」
  • 『日記から: 50人、50の「その時」』
    坪内祐三
    本の雑誌社
    1,980円(税込)
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坪内祐三さんの『日記から』の見本が届く。いろんな想いが湧き立つが、ぐっと堪えて初回注文の締め作業に勤しむ。今回はトーハンの新刊登録システム「エン・コンタクト」の予約注文の取り入れを忘れずにデータ作成する。

締め作業終えたところに、デザイナーの金子さんより高野秀行さんの『クレイジー酒ジャーニー』の初校ゲラが届く。

盆と正月が一緒に来たよう。

6月12日(水)ジャイアントキリング

息子の通う学校が、なんと天皇杯2回戦で名古屋グランパスエイトを1対0で破る。まさしくジャインアントキリング。家族のLINEが興奮の坩堝と化す。

6月11日(火)けんごさん

  • けんごの小説紹介 読書の沼に引きずり込む88冊
  • 『けんごの小説紹介 読書の沼に引きずり込む88冊』
    けんご
    KADOKAWA
    1,694円(税込)
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午後、DRUM UPの中野さんと内田さんが、『けんごの小説紹介』(KADOKAWA)のけんごさんとともに来社する。しばしお話。

思うに、けんごさんは本を紹介する新たな回路を開発した発明家なのではないだろうか。

Tictokの動画はもちろん、Instagramでも文章を綴るのではなくフリップ芸のように画面をスライドさせて本を紹介する技を開発したのは、本当にびっくりしたのだった。

よくいうイノベーションは内側から起きないというのと同じで、これまで本の紹介というのは、たくさんの本を読んできた人が本を紹介することで、本を読む習慣のある人に影響を与えてきたわけだ。

しかしけんごさんは、人が本を読みたくなる方法を編み出し、本を読んでいない人に本を読みたくさせる影響力を培ったのだった。こんな魔法をかけられるのは、これまでジャニーズしかいなかったのではなかろうか。

そういう意味では50年前に「本の雑誌」を発明した目黒さんに通じるものがあり、もしや"令和の目黒考二?"と思ったのだが、「爽やかさがまるで違う!」と事務の浜田に全否定されたのだった。

6月10日(月)本の雑誌7月号

  • 本の雑誌493号2024年7月号
  • 『本の雑誌493号2024年7月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    770円(税込)
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介護施設の車が迎えにきて、母親を見送ってから出社。

「本の雑誌」2024年7月号が搬入となる。今月はニッチもニッチ、ルビの特集となるのだが、これは新入社員の近藤が面接のときにルビの話をしていたのがヒントになり、特集にしたのだった。近藤はこんなことが特集になるんですね?!と驚いていたが、「こんなこと」を特集にするのが「本の雑誌」なのだった。その「こんなこと」を見つけるにはたくさんの人に会い、話をするしかない。

できたばかりの「本の雑誌」を千石のBOOKS青いカバさんにお届けする前に、春日で途中下車。お世話になっている書店員さんが、あおい書店さんに異動されたのでご挨拶。引き継ぐ棚のこれまでのコンセプトを読み解き、自分なりにどう改善していくか悩む姿に本屋さんの面白さが凝縮しているように見えた。

BOOKS青いカバさんでは、先日古書会館で開催し大盛況だった萬書百景市の話を伺う。

その後、目黒さんのお墓に「本の雑誌」7月号をお供え。今月も無事出来上がりましたと報告する。

高校の同級生と会う。介護認定と硬膜下血腫と早期退職の話。ずいぶん遠くにきたもんだ。

6月9日(日)週末実家介護生活21週目

午前中、父親の墓参りをして、1時間ほど車椅子を押しての散歩。すっかり土日の日課が決まり慣れてしまったものの、散歩を終えて昼飯を食べた後、母親とふたりきりで薄暗いリビングで過ごす午後の時間がたまらなく苦痛なのだった。

ただソファに寝転んで本を読み、ときおり庭を眺める母親の様子を伺うだけなのだが、なかなか時計は進まない。息苦しさのあまり二階にあるかつての自分の部屋でため息をついたりしている。

まったく50歳も過ぎて、母親ひとりの面倒も見れないのかと情けなく思いつつ、先週散歩の途中で会った母親の友達の言葉が頭をよぎる。

おばさんは、よちよち歩く母親を見て、「あらーそんなに歩けるようになったの? もうつぐちゃんを解放してあげなさいよ」と言ったのだった。

そして昨日来た母親の親友からは、「つぐちゃん大丈夫? 自由な時間ないんじゃない?」と心配されたのだった。

言われて見て改めて私は、囚われの身であり、自由でないのかと考えた。

たしかに週末の度に実家に来て、月曜日の朝まで過ごすのは自由ではないかもしれない。ただ、自宅に居たとしてもやることは変わりなく、ランニングをして、浦和レッズを応援して、本を読むだけだった。

自宅と実家の違いはWi-Fiが通っているか通っていないかぐらいで、だから実家ではYouTubeを見ることはない。その分、ネットから自由になれてたくさん本が読めるというわけだが、この暮らしは自由でないのだろうか。子供が小さいとき、あるいは猫がいたときもできないことはいろいろあった。そもそも自由であったときなんて私にあるのだろうか。

4時を過ぎたらシャワーを浴びて、洗濯機を回し、晩御飯の用意をする。掃除、洗濯、料理...家事は最高の暇つぶしだ。

もう少し時間をかけて凝った料理を拵えたり、ギターの練習でもしたら、私は自由になれるのだろうか。あるいは母親が死んだときに自由の意味を知るのか。

黄色い層が幾重にも重なる卵焼きが上手く焼けて私は笑う。

6月8日(土)河﨑秋子『愚か者の石』

  • 愚か者の石
  • 『愚か者の石』
    河崎 秋子
    小学館
    1,980円(税込)
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河﨑秋子『愚か者の石』(小学館)読了。直木賞受賞作『ともぐい』には「熊文学」と記され目をひいたのだが、こちら『愚か者の石』には、「監獄小説」とあって、さらに注目なのだった。

時は明治十八年、瀬戸内巽は若気の至りで活動家として逮捕され、北海道の樺戸集治監に送られる。そこで出会うのは同じ囚人の大二郎。大二郎は場を和やかにするほら吹きの名人で、水の入った石英を隠し持っていた。

描かれるのはほとんど過酷な囚人としての暮らしだ。日々の汗みどろになる肉体労働に、メシは匂うような粗末な麦飯。牢屋の中では野卑な男たちがときに争うこともある。

それを感情をまったく見せることのない看守の中田が見つめている。

この三人による歪な友情小説ともいえるかと思うのだが、クライマックスまで息つく間もなく夢中になって読み進めてしまう。

河﨑秋子の作品はほとんど読んできたけれど、その中でもベストの一冊だ。借り物ではなく書くべきものが体内にある作家というものはすごいものだ。

それにしても木内昇や河﨑秋子といった直木賞作家の作品を薦めていると、北上次郎さんのお叱りの声が聞こえてきそうだ。

北上さんは直木賞獲った作家は、もう一本立ちしたとみなし、わざわざ自分が紹介する必要はないと、それまでどれだけ推していた作家であってもほとんど書評書くことがなかった。

ただ生前何度が議論したのだが(といってもまったく聞き入れてくれなかったけど)、今や直木賞を獲ったからといってそれほどたくさんの読者を得られるわけではないし、キャリアに関係なく良いものを書いた時はどんどんおすすめした方がいいと思うのだが、北上次郎という書評家は、役割を違うところに置いていたのだろう。

直木賞作家等を外し、玉石混交の中から光る石を見つけるためにはそれだけの本を読まなきゃいけないわけで、酒(サッカー)も家族も捨てられない私にはとてもできないことだ。

あの狂気あふれる書庫と生活を思い出すと、おいそれと本を薦めることが怖くなる。北上さんはまったくそんなことは気にしないだろうが、やはりもっと本を読まなければと思うのだった。

6月7日(金)スッキリ隊

古書現世の向井さん、立石書店の岡島さんとともに都内某所へ本の雑誌スッキリ隊として出動。段ボール約10箱の本をハイエースに積んで、古書会館へ運ぶ。

本日のスッキリ飯は新宿二丁目「牛時」のハンバーグランチ。ハンバーグだけでなく、ご飯、味噌汁、小鉢のどれもが美味く、おかず力に圧倒される。

6月6日(木)木内昇『惣十郎浮世始末』

  • 惣十郎浮世始末 (単行本)
  • 『惣十郎浮世始末 (単行本)』
    木内 昇
    中央公論新社
    2,585円(税込)
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    HMV&BOOKS

木内昇、いったいどうなってるんだ?!

去年『かたばみ』(KADOKAWA)で、戦中戦後の市政の人の暮らしを朗らかに描き、近年稀に見る傑作を世に出したかと思ったが、今度は『惣十郎浮世始末』(中央公論新社)でどっぷり江戸の、しかも捕物帳ときたものだ。

ついぞ木内昇がエンタメのど真ん中に唸りをあげたストレートを投げ込んできたわけだが、それが傑作も傑作。大傑作。こんなの三球三振、バットも振れず、棒立ちだ。群を抜いた面白さだぜ。

物語は薬種問屋の不審な火事から始まる。北町奉行所定町廻同人の服部惣十郎は、犯人を捕まえてみたけれど、どうもそれだけでは解決にならず、その先の謎を追っていくうちに想像もできない展開が待ち受けている。

そんな一気読み間違いなしのストーリーのなかに漢方医と蘭方医の争いや種痘の話が盛り込まれ、その背景には政(まつりごと)も見え隠れする。

そしてどの登場人物も魅力的なのだ。「欲を出すな、分をわきまえろ、一度取りかかったことは手を抜くことなく終いまでやり遂げろ、そうして、なにがあっても人を憎むな」という母親の教えを背骨にして仕事に励む惣十郎はもちろん、小者の佐吉、医者の梨春、岡っ引の完治、下女のお雅など、つい感情移入してしまい胸がいっぱいになってしまう。

さらになにより文章がいきいきしており、読んでいるこちらもまるで江戸の町で暮らしている心地になってくる。描写力の素晴らしさ、当時の言葉遣いの再現と表現力の豊さ、宮部みゆきや角田光代と並び、木内昇もまさしく小説を書くために生まれてきた人なのだろう。

時代小説ではあるけれど、親子の葛藤や老いていく母親の世話、承認欲求に振り回される人間など、現代とまったく同じ問題が語られるので、これは普遍の物語といっていいだろう。余談だが、現在、母親の介護をしている私は、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

2024年のベスト1は、『死んだ山田と教室』に決まったけれど、2024年の時代小説の第1位は、木内昇『惣十郎浮世始末』(中央公論新社)で決定だ。ついでにミステリーとしても大変読み応えがあり、ミステリー部門の3位も当確!

6月5日(水)白水社カレー部

夜、狭苦しい本の雑誌社に15人以上の人が集まり、白水社カレー部主催のカレーパーティーが開かれる。『痛風の朝』の編者であるキンマサタカ氏が、マトンカレーとシーフードトマトカレーを作り、みな美味い美味いと食している。愉快な一夜。

6月4日(火)スケジュール調整

  • 町なか番外地 (一般書)
  • 『町なか番外地 (一般書)』
    小野寺 史宜
    ポプラ社
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

朝、自宅で9時よりZoomを使って座談会収録。終えた後、出社。すぐに吉祥寺に向かい、高野秀行さんと打ち合わせ。『クレイジー酒ジャーニー』の今後のスケジュールを調整する。

会社に戻り、雨雲レーダーを見ていると、ちょうど帰宅時に東浦和が土砂降りのよう。会社を30分早く切り上げ、帰宅。ぎりぎりセーフ。

小野寺史宜『町なか番外地』(ポプラ社)読了。ベルジュ江戸川に住む、三人とひとつの家族の物語。小野寺流「マッチング(出会い)」小説か。

6月3日(月)フェア

朝、介護施設の車が母親に迎えにくる。お隣の山本さんとお見送り。母親はどんな気持ちだろうか、なんてことは一切考えない。考えたら何もできなくなる。月曜朝定番となった竹原ピストルズを聞きながら出社する。

午前中、デザイナーの松本さんから修正データが届き、無事、坪内祐三『日記から』を校了する。

午後、京浜急行に揺られ、上大岡へ。この週末より八重洲ブックセンターさんにて「ひと足お先に『本の雑誌』創刊50周年(来年)フェア」を開催いただいているのだった。K店長とHさんにご挨拶。なんともう8冊売れているとか。一安心。

その後、神奈川を営業。夜、土砂降りの雨。

6月2日(日)再会

午前中、父親の墓参り後、車椅子を押して散歩していると、自転車に乗ったおじいさんが母親を見るなり、絶句。

「......。ど、ど、どうしてるのかと......」

それは母の親友だったTさんの旦那さんだった。一昨年のお正月、Tさんは心筋梗塞を起こし突然亡くなってしまった。それ以来旦那さんは、母親のところを訪ねては、妻であるTさんの話をしていたそうで、要するに母親と話すことで妻の思い出に浸っていたのだ。

それが今度は私の母親が病で倒れ、いつ覗いてもシャッターが下りているから、どこで暮らしているのかずっと心配していたそう。

こちらが挨拶に伺えばよかったのだけれど、私が面識がなく、ついつい遠慮してしまっていたのだ。

約一年ぶりの再会に手をとって喜ぶも、おじいさんはしばらくするとそっぽを向いてしまった。

母親が何か失礼なことを言ったのかと心配になるも、どうやら我々に涙を見せないように顔を背けているようだった。

6月1日(土)介護生活20週目

週末介護生活20週目。朝9時、妻と介護施設へ母親を迎えに行く。母親の世話も今のところそこまでは手がかからず、家事も慣れ、ただひたすら本を読んでいられる週末が愛おしくなってきた。そういいながらも今日は埼スタに向かうため、午後から妻に任す。

神戸戦。実は浦和レッズのファンだった栗原康さんをゴール裏にお招きし、初の浦和踊り念仏を味わっていただく。

前半は神戸の強さをまざまざと見せつけられるも、後半、中島翔哉とグスタフソンが交代で入り、我らが浦和レッズの一方的な展開に。その中島のまさしく「10番」のゴールが決まり、1対1。勝ちたかったけれど、非常に面白い試合だったので栗原さんも大満足。

ママチャリを40分漕いで、春日部に帰る。

5月31日(金)表現物

  • 2004年のプロ野球 球界再編20年目の真実
  • 『2004年のプロ野球 球界再編20年目の真実』
    山室 寛之
    新潮社
    1,980円(税込)
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  • 日記から: 50人、50の「その時」
  • 『日記から: 50人、50の「その時」』
    坪内祐三
    本の雑誌社
    1,980円(税込)
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坪内祐三『日記から 50人、50の「その時」』の色校が出たので、デザイナーの松本さんのところに持参する。

カバーに写る坪内さんの原稿はなぜこの原稿を選んだのかなど聞いていると、著者が記したテキストから、編集者はもちろんデザイナーも共に考え、ひとつの「本」という表現物になっていく様が大変に面白い。もちろんそこには用紙や判型などさまざまな要素が加わるわけで、ひとつとして同じ本はないわけだ。

帰路、古書現世の向井さんから私の好きそうな探検ものの古本が入ったとの連絡があり、早稲田で途中下車。しかし気づけば新宿の穴場ランチ情報の話となり、格安激ウマステーキ屋さんを紹介いただく。

夕刻、会社に戻り、デスクワーク。三省堂書店に寄り、山室寛之『2004年のプロ野球』(新潮社)を買って帰宅する。

5月30日(木)第2稿

朝4時に目覚める。といっても毎日4時に起きているのだが。

枕元に置いているスマホを手にぼんやりとメールチェックをすると、高野秀行さんから新作『クレイジー酒ジャーニー』の第二稿が届いていた。昨夜、書き上げたので明朝送ると連絡いただいていたのだが、まさかもう届いているとは。

早速起き出し、読み始めること3時間半。最後の一行を読み終えたときには、あまりに素晴らしい原稿を前に涙が止まらなくなる。

ひと月ほど前に初稿が届き、それはそれで楽しく読めるものだったのだけど、一切妥協せずここまでブラッシュアップされた高野さんの能力と執念にひれ伏す。

高野さんにお礼と感想のメールを送るとすぐに折り返しの電話をいただき、改めて感想を伝える。

うれしさとともに大きなプレッシャーを背負う。

始業10時ギリギリに出社。高野さんの原稿をインデザインで棒組にしてプリントアウト。一部を高野さんに送り、もう一部は手元に残し熟読す。

さらに書店さんより依頼のあったさまざま販促パネルをインデザインで作成。もはや営業の仕事の一番は、販促物作成かもしれない。

仕事がパンクしたので、新人編集の近藤に助けを求める。新人とはいえ大ベテランなので、あっという間に片付けてくれる。

夜、K出版社のHさん、S事務所のTさんとランチョンで食事。

5月29日(水)遊びに来た人

  • しろがねの葉
  • 『しろがねの葉』
    千早 茜
    新潮社
    1,813円(税込)
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午後、島根県の元ブックセンタージャスト大田店のSさんが来社。

残念ながらお店は3月に閉店してしまったものの、最終的に熱烈展開されていた千早茜『しろがねの葉』(新潮社)を1200冊以上売ったそう。大田市の人口は約3万人だそうで、すごすぎる。

Sさんは別の書店に再就職が決まっているとのことで、そちらでの活躍が楽しみ。

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