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8月15日(木)中村計『落語の人、春風亭一之輔』

  • 落語の人、春風亭一之輔 (集英社新書)
  • 『落語の人、春風亭一之輔 (集英社新書)』
    中村 計
    集英社
    1,100円(税込)
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これまでたくさんの人に落語を薦められ、その度にカセットやらCDやらYouTubeやらで聴いてきたのだけれどいまいちハマらず、自分は落語に縁のない人間なんだとあきらめていた。

しかし、この春、実家のベッドで眠れぬ夜を過ごしていたとき、なにか気晴らしになるものはないかとApple Musicで「落語」と検索し、何気なく春風亭一之輔の「天狗裁き」を聴いた瞬間に落語に目覚めたのだった。これまでなぜにこの面白さに気づかなかったのかと思うほど目を見開かさせられ、笑い転げ、それから寝る前にはYouTubeで春風亭一之輔の落語を聴くのが日課となった。

そんなところに中村計『落語の人、春風亭一之輔』(集英社新書)が出たのだからすぐさま購入した。なにせ春風亭一之輔だけでなく、著者が中村計なのだ。中村計といえば、『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神』『クワバカ』の中村計だ。ノンフィクションの書き手として最も信頼している人のひとりなのだ。

なによりまずこの「長い言い訳」と副題のついた「はじめに」が面白い。著者の中村計さんと担当編集者の渡辺さんが、大ファンである一之輔師匠に近づき、本を出すまでの、いってしまえば「片思い」の様子がたまらなく面白いのだ。これはまるで落語の「まくら」のよう。

さらにこの本は、春風亭一之輔の人物伝であり落語論でありながら、落語とはなんなのか? 落語家とはどういう人なのか? 寄席とはどういうところなのか? どんな噺があって、どんな落語家がいるのか? 私のような超初心者にも落語の魅力がとてもよく伝わってくる構成になっている。

落語とはきっちり覚えて語るだけのものなのかと思っていたら、その場で相対するお客さんの反応を見て、間を詰めたり、声を大きくしたり、時にはくすぐりを入れたりするものであり、そしていかに習い、習ったものをどう表現していくのか、そのあたりのこだわりも非常に面白く、初めて芸人の「芸」が、技術のことであることとわかったのだった。

そうなるとなんだかひとりひとりの落語家がサッカー選手のようでもあり、一門や寄席がクラブのようでもあり、私の愛するサッカーとの共通点が見えてきて、もしかするとこれから私は、スタジアムと寄席に通う日々が始まるかもしれないと思った。

ちなみに著者は、「はじめに」でこう書いている。

「凹んだ卓球の球を沸騰した湯に入れるともとの球形に戻る。落語も似たようなところがあった。落語を聴くと、日常生活で気づかぬうちにダメージを負っていた精神の凹みが元通りになる感覚があった。」

この年で初めて落語が好きになった私も、気づかぬうちに母親の介護や生活の変化でダメージを負っていたのかもしれない。

何はともあれ春風亭一之輔"ちゃん"の落語を聴きに寄席に行こう。

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