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4月19日(土)妙蓮寺「本や街」

週末実家介護をお休みし、出店した妙蓮寺の「本や街」無事終了する。

各駅停車しか停まらない駅で、しかも会場が分散、さらに本の雑誌社が出店する古民家は靴を脱いで上がらなきゃならないのに、11時のオープンから18時まで常に満杯のすごい熱気だった。

段ボール二箱送った本は一箱になり、ありがたいかぎり。売れることとイコールなのだけれど、版元にとって在庫が減るというのは本当にありがたいことなのだ。

ただし、個人としては「本や街」で共に本を並べて売っていた出版社(者)に完全に打ちのめされた。

私は20代のはじめに「仕事」として出版社を選んだ。そして給料を得るために仕事をしている。仕事というのは給料をもらうためにあるものだと自然に考えていた。

どうせ働かなきゃいけないのなら好きなことがいいというわけで、出版(社)を選んだ。そして幸運にも入ることができた。消極的な積極姿勢とでもいえばいいだろうか。

しかし「本や街」で本を作り売っている出版社(者)の人たちは、そもそも本が作りたい、作らざる得ない衝動や想いが先にあって、結果として出版社をしているのだった。

主催者であり、本屋生活綴方と出版社三輪舎を営む中岡さんにそのことを話すと、「僕らは(世代的に)本に関わる仕事を選んでる時点で家なんて買えないと思ってるし、ここでやってる人たちの中には月曜から金曜まで他の仕事をして、土日に出版社として活動している人たちもいます」と教えられ、やはり絶対勝てないと思った。

お前はフルタイムで出版をやってるのに勝てないのか?と問われるもしれない。

もちろん営業や部数や点数なら勝てるかもしれない。しかし彼らより楽しんで本を作って売っているかと問われたらどうだろう。1ページ1ページ、一枚一枚仔細に隅々までこだわって、本を作っているかと問われたらどうだろう。

突き詰めれば、自分のお金で本が作れるか?ということなのかもしれない。

気のせいかもしれないがこの日この部屋で本を並べて売っていて、私の前だけお客さんがいない時間があった。お客さんにその覚悟の違いが伝わっているのではと思い、背筋が凍りついた。

そんなところに高野秀行さんから電話があり、切々と今感じている悩みを伝えると、高野さんはそれを遮って訊いてくる。

「それって、杉江さんがビジネスで本を作ってるってこと?」

「はい」と答えたら爆笑が返ってきた。

「誰もそう思ってないし、そもそも杉江さんビジネス知らないでしょう」

どうやら杞憂だったようだ。

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