5月21日(水)深夜11時の吉野家
FC東京に勝った翌朝、洗面所で息子と顔を合わせると、「おれ、等々力の川崎戦のチケット買っちゃった」と笑った。
この春から働き出した息子は、埼玉スタジアムの試合はもちろんのこと関東のアウェイや新潟などまでも応援に駆けつけ、すっかり私以上のサポーター生活を満喫しているのだった。
お金に余裕ができたというのもあるけれど、中学校の同級生たちもすっかりレッズサポーターになっていて、彼らと車に乗って遠征するのが楽しいようだ。
「ようだ」なんて他人事のように書くのはおかしい。私だって20年ほど前は、観戦仲間の車で新潟や仙台に応援にいき、そこで起きた数々のエピソードは、おそらく人生の最後に振り返る大切な思い出になっているのだ。
いつもは20人ほどで応援しているのだが、息子がチケットを買った等々力の川崎戦は、みんな都合が悪く息子だけが出欠ボードが⚪︎になっていた。私も午後に著者との同行取材が入っていたので、DAZNで応援するつもりだった。
「等々力って、どの駅で降りるの? ゴール裏ってどんな感じ? いつもどの辺で観てた?」
これまで等々力を一度も訪れたことのない息子が、歯ブラシをくわえながら訊いてくる。
すでに20歳も過ぎているし、スマホで検索すればたどりつくだろう。
しかし初めてのスタジアム、初めてのスタジアムのゴール裏。何時頃行けばいいのか、どこに並ぶのか、そしてどこが中心になるのか、考え出したらわからないことだらけで、不安になるはずだ。
息子と並んで歯を磨きながら考える。
一人より二人。その二人が父親だったら、息子の不安は解消するだろう。不安がなければ100パーセント浦和レッズを勝たせるためにエネルギーを使える。そして一人でも多くのサポーターがアウェイに駆けつけば、チームの力になる。その日の朝、仕事に向かう電車の中で、私はチケットを購入した。
試合当日の今日、息子と待ち合わせし、等々力スタジアムに駆けつける。
試合はロスタイム、ラストワンプレーの大久保智明の劇的ゴールで2対2の同点に終わった。
帰り道、「腹が減った」と口をあける息子と自宅近くの吉野家に飛び込んだ。夜の11時過ぎに吉野家に入るのはいつ以来だろうか。息子はねぎ塩から揚げ丼の大盛り、私は牛丼の並を頼んだ。
私はおそらく死ぬ前に、この吉野家の空気を思い出すだろう。