8月1日(金)あんみつ
今週もよくがんばったという自分へのねぎらいの気持ちと明日からはじまる週末の介護の憂鬱を抑えるためにコンビニで缶ビールを一本買い求め、すぐにプルタブを開けて上野駅まで歩きながら飲んだ。
350ミリのビールは500メートルも歩かないうちに飲み干し、酒に弱い私は空腹と徒歩での心拍に応じて、すぐに酔い始める。
あちこちに立ち並ぶマンションを見上げては、もしここに住んでいたらという夢物語ともいえない夢想に思いを馳せる。自分がデザイナーだったら、あるいは人気の作家だったら、そんな空想をいくつか思い描いているうちに不忍池がすぐそこに迫る。
信号で足止めされた交差点には、甘味処の老舗である「つる瀬」が軒を連ねている。もう売り切れかなと覗いたショーウィンドウは湿気で曇っており、中が見えなかった。手を伸ばし、水滴を取っていると、割烹着をきたお店の女性がタオルを持って拭ってくれた。
「見えなくてすみません」
そこには母親の大好物のあんみつが並んでいた。
介護を始めてしばらくしてから、土曜の朝、介護施設から連れ帰った母親に、コーヒーや紅茶とともに甘いものを供するようにしていた。
先週はコージーコーナーのシュークリームだった。介護施設ではそんな生菓子なんて出ることはないらしく、こぼれたカスタードクリームをスプーンできれいに掬って舐めていた。
今週はあんみつだなと決めて、買い求める列に並んだ。私の番になると先ほどショーケースを拭いてくれた女性が注文を訊いてきた。
「あんみつ2つお願いします」
「ありがとうございます」
お会計が済んで、頭を下げる女性に気づけば一声かけていた。
「介護している母親が、ここのあんみつ大好きなんです」
俺、酔っ払ているなと反省したが、女性は「本当ですか! ありがとうございます‼︎」とにっこり笑顔を浮かべ、深く頭を下げた。
あんみつが入った袋を手に下げ、不忍池に佇む。大きな葉を広げ、いま咲かんとする蓮が池を埋め尽くしている。母親があんみつを食べる姿を思い浮かべたら、介護の憂鬱は消えていた。