9月27日(土)起きていないことは考えない
週末介護で実家に向かって車を走らせていると、電話が鳴った。それは介護施設からで、施設でコロナが発生し、わが母親も今朝から熱が出ているというのだった。
脳梗塞のリハビリ病院から退院し、介護施設と実家での暮らしを始めて一年八カ月。これが初めての体調不良で気が動転しまう。何をしたらよいのかよくわからず頭の中がぐるぐるする。
深呼吸をして考える。とりあえず母親を迎えに行き、お医者さんの診察を受けねばならぬ。
毎月往診をお願いしているかかりつけ医に電話すると、午後にコロナの検査キットを持って受診しにきてくれるという。ひとまず安心して、介護施設へ向かう。すると防護服のようなものをきた施設の人たちが部屋中を消毒しているところだった。
いつもより弱々しく見える母親を車に乗せようとするも足腰に力が入らぬようで、両手でしっかり支えて車椅子から後部座席に身体を移す。
母親を自宅のベッドに横にし、妻に見守ってもらっている間に買い物にいく。体温計、アイスノン、それからしばらくの食糧。体調に問題ないときはお惣菜でも冷凍食品でも適当に買い物カゴに入れていたのだけれど、病人となるとなにを買っていいのかさっぱりわからない。消化にいいもの? うどんか?と冷凍うどんなどを買い込む。
車のエンジンをかけて、しばらくクーラーの中でぼんやりする。
こういう時は自分の中に高野秀行さんを召喚するにかぎる。
高野さんはトラブルが起きると一気に頭が動きだす。そしてなんでも頼れるものに頼ってピンチをチャンスにする。困難を楽しむ。あるいはどこかネタのようにとらえる。それは作家だからかもしれないけれど、客観的に自分を俯瞰して見ているように思える。
かつて高野さんに言われたことを思い出す。
「起きていないことは考えない」
それは私が先回りしていろいろなことを心配し、ストレスを感じでいた時に言われた言葉だ。
現に今も、もしこのまま母親が寝込んで自分が終日面倒を見ざる得なくなった場合、再来週の京都出張をどうしたら良いのか、その後に続く神保町ブックフェスティバルや伊野尾書店さんのイベント、奈良の啓林堂書店さんも対談もどうなるのかと最悪の事態を想定して頭を抱えているのだった。
そのどれもが、今、起きていないことなのだ。それは実際に起きてから考えればいいのだ。
「起きていないことは考えない」
結局、母親はやはりコロナで、若干肺炎を冒しているということで、入院した。