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1月24日(土)課長

本の雑誌社に転職する前に勤めていた出版社は営業だけで5人いた。部長、課長、係長、主任、丁稚という実際に役職があったわけではないけれど、そういう並びで働いており、丁稚というのが専門学校卒で入社した私だった。

部長は学生運動あがりで酒が入っていないとまったくしゃべらず、アイコンタクトで会話する人だった。課長は入社三日目に私を呼び出すとあまり真面目に働かれると周りに迷惑だから少しは手を抜くようにとアドバイスをする人だった。係長はヤンキー上がり風で、主任は大学院生風で、私はその間を得意の顔色伺いで存分に能力を発揮していた。

結局その会社を3年半で退職してしまうことになるのだが、それは会社や仕事に不満があったというわけではなく、最も働きたかった本の雑誌社に採用されてしまったからだった。

今日、その前の会社の先輩から久しぶりに電話があった。その先輩は編集部の所属ながら浦和レッズのサポーターで、履歴書の趣味欄に「浦和レッズの応援」と書いた私を初日からランチに連れ出してくれ、のちに駒場やアウェイのスタジアムにともに駆けつけるようになっていた人だ。

電話は、定年となったので終の住処として埼玉スタジアムの近くに引っ越すことにしたという報告だった。そこは私の家からも近く、次のシーズンから試合後に飲もうといううれしい誘いにはしゃいで受け答えしていたところ、最後になって、「ちょっと残念なお知らせもあるんだけどさ」と声が小さくなった。

それは電話の表示を見たときから予測していたことで、誰が亡くなったのだろうと身構えると営業部の課長の名前を告げられた。

嗚呼。アイパーをかけてダブルのスーツを着こなしていた課長。初日から脅しをかけてきたけれど、その内面はとても繊細で気が弱いのを私は見抜いていた。弱さを隠すために課長は怖さで武装していたのだ。なぜ見抜けたかといえば私も同種の人間だったからだ。

いつか誰かのお葬式で課長に再会することを私は楽しみにしていた。相変わらずの憎まれ口を叩く私を「お前なんにも変わらんな」とぽかりと殴ってもらおうと考えていたのだ。まさか課長がこんなに早く亡くなってしまうとは...。

課長!私はあなたにずいぶんコキを使われましたね。学会販売の出品準備、売上伝票の入力、DMのラベル貼り、さらに花見の場所取りも始発電車に乗ってさせられました。

今日こそは反抗してやろうと何度も思いましたが、あなたもその裏で同じくらい汗をかいているのを見てました。イベント設営ではフォークリフトを乗りこなし、そのイベント会社とは図面を間に細やかな打ち合わせをしてました。また地方から上京された執筆者のドクターの面倒を夜遅くまでしてました。お相撲さんのような身体の大きさからは信じられないほど細やかな仕事ぶりが私は好きでした。そして見習いました。

今、私がいるのはあなたのおかげです。すべてではさすがにありませんが、4%くらいはあなたのおかげです。

電話をかけてきてくれた先輩に、「おれ、引っ越し手伝いますよ」と伝え、泣く前に通話を終えた。

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