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2月27日(金)教科書

毎年恒例、西荻窪今野書店さんでの教科書販売のお手伝い。さすがに私も54歳となり、果たしてあの重労働に耐えられるだろうかと一抹の不安を覚える。が、気づけばトラックの荷台に乗り、満載に教科書を積み、また積んだ教科書を下ろしている。

全身から汗。まさしく滝のような汗が流れ落ちる。上着を脱ぎ、トレーナーを丸め、2月の寒む空の下、Tシャツになって、体内から発する熱を冷やす。

どんなに身体が悲鳴をあげてもいつかは終わる、その一点に集中して、全身の筋肉に力を入れる。そして荒い息とともにそのときがやってくる。腰を屈めて持ち上げ、数歩歩いて、最後のダンボールを下ろす。

ファイルを片手に搬入のチェックをしていた今野さんが声をかけてくる。

「杉江くんに来てもらって助かったよ」

まだ、できた。来年もできる、だろう。

夜、三鷹のユニテさんにて『本をひらく』刊行記念で大森皓太さんとトーク。あれだけ手紙を交わしてもまだまだ目を見開く言葉を聞く。

2月26日(木)江口大和『取調室のハシビロコウ』

  • 取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記
  • 『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』
    江口大和
    時事通信出版局
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「まず江口さんに謝っておきたい。最初の感想として、この本には最も不適切な言葉を書いてしまいます。面白かった。」と著者への謝罪からはじまるとても興味深い朝日新聞の書評で知った江口大和『取調室のハシビロコウ』(時事通信社)を一気読みした。

身に覚えのないことで逮捕された弁護士が、拘置所に閉じ込められた250日を克明に記しており、罪の確定していない人に人格を破壊して自白を捻り出そうとする検察の取り調べには、自分にもしこういうことが起きたら...と地の底から恐怖が湧いてくる。犯罪を犯す人以上に正義を司る人たちが恐ろしい。

しかし被収容者を「中の人」といい、横浜拘置支所を「横プリ」と呼び、さらに黙秘を続ける自身を「ハシビロコウ」と例える著者のユーモアに、まさに朝日新聞の書評にあったように面白い本だった。

別丁扉の後に真っ白の本文ページがあり、普通ならば書名を印刷して本扉にすると思うのだが、そこには何も印刷されていない。まったくの空白のページになっている。読み終えた後、その空白のページをじっと見つめる。

朝日新聞の書評の効果か2軒の本屋さんで売り切れで、3軒目の超大型書店で面陳最後の一冊を購入した。

まだまだ書評の力はある。

2月25日(水)プライド

雨。冷たい。

つまらないプライドを捨て、友人を助けにいく。

友人は「この作業に関わってから今日初めて楽しいと思った」と久しぶりに笑顔を浮かべていた。

2月24日(火)蔵書チェック

古書現世の向井さんに会う。

「杉江さん、ほんとよく本を読んでるよね」

と言われ、そんなことないっすよと答えたが、もしかするとあれは蔵書をチェックされているのかもしれない。

2月23日(月・祝)余韻

休み。出張明けで休みがあるとこんなに楽なのだと気づく。

妻に教えてもらった京都宇治のパン屋たま木亭を追った「情熱大陸」を観る。

「余韻って食べ物で大事やと思ってて。リピートにつながってんのかな」

という言葉が印象に残る。「本の雑誌」に余韻はあるだろうか。

2月22日(日)鴨葱書店の棚

  • 日本の自然葬 風葬・土葬から樹木葬・循環葬まで (講談社現代新書)
  • 『日本の自然葬 風葬・土葬から樹木葬・循環葬まで (講談社現代新書)』
    高橋 繁行
    講談社
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  • 中国55の少数民族を訪ねて (角川ソフィア文庫)
  • 『中国55の少数民族を訪ねて (角川ソフィア文庫)』
    市川 捷護,市橋 雄二
    KADOKAWA
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  • 西高東低マンション
  • 『西高東低マンション』
    武塙 麻衣子
    講談社
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  • らせんの日々: 作家、福祉に出会う (ぼくみん出版会)
  • 『らせんの日々: 作家、福祉に出会う (ぼくみん出版会)』
    安達 茉莉子,社会福祉法人 南山城学園
    ぼくみん出版会
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5時半に起きて鴨川夜明けラン。五条のホテルから鴨川デルタ、下鴨神社にお参りする頃には夜が明けていた。

シャワーを浴びて、電車を乗り継ぎ、京都の本屋さんを覗いて歩く。京都は本屋さんがたくさんあり、半日ではとても足りない。

帰宅前に東九条の鴨葱書店さんを訪れる。店主の大森さんが不在だったのでじっくり棚を眺める。

このお店の棚は長谷川書店の棚ともちょっと違う。小説、エッセイ、ノンフィクションなどが小さなテーマに沿って並び、隣り合う本はもちろんのこと、テーマもどこかつながりのあるようになっている。それが言葉遊びの要素に感じる部分も含まれており、思わずこう来るかとほくそ笑んでしまう。

そうして時に笑いながら、一見イレギュラーに感じるところで思わず本に手が伸びる。その時、私の胸が躍る。

鴨葱書店の棚から高橋繁行『日本の自然葬』(講談社現代新書)、市川捷護、市橋雄二『中国55の少数民族を訪ねて』(角川ソフィア文庫)、武塙麻衣子『西高東低マンション』(講談社)、安達茉莉子『らせんの日々』(ぼくみん出版会)を購入。

本の精算をする頃、大森さんがバックヤードから顔を出したので、新幹線に乗るまでの間、ベローチェでお茶。

あっという間に新幹線乗車の時間となり、京都を去る。寂しい。

2月21日(土)夢のような一日

狐か狸に化かされているのかと思った。

人口4万4千人。高齢化率が36%に達している滋賀県高島市にあるTAKSASHIMA BASEで開催された「たかしまサーカス」という本を中心にしたイベントに、鴨葱書店さんのお誘いで出店したところ、スタートの10時から終了の18時までたくさんの人がやってくる。しかもそのほとんどが20代と思われる若い人たちで、写真だけ撮って見せたら下北沢で行われているイベントと言っても信じてもらえる景色なのだった。

しかもその多くの人の手には本が、そして顔には笑顔があり、まさしく街にサーカスがやってきた日のようだ。

昨日訪問した長谷川書店の長谷川さんが、お店に来て本を買う若い人が増えているとおっしゃっていたが、まさしくそれを実感する夢のような1日だった。

イベントで本が売れることをハレとケで文脈で語られることが多いが、すでにもう一歩先に進んでいるような気がしている。

2月20日(金)深淵の棚

  • はたらく本屋 (写真絵本 はたらく)
  • 『はたらく本屋 (写真絵本 はたらく)』
    吉田 亮人,矢萩 多聞
    創元社
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  • 京都 祈りと差別の千二百年
  • 『京都 祈りと差別の千二百年』
    磯前 順一
    亜紀書房
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  • ぼくのおやつ地図
  • 『ぼくのおやつ地図』
    岡本 仁
    平凡社
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10時9分東京駅発のぞみ329号に乗車。諸々予定が変更となり大阪に向かいたいのだが、新幹線のチケットを京都までで予約していたため、京都で新幹線を降りる。

そして大阪に向かうべきなのだけれど、以前より訪問したいと思っていた水名瀬の長谷川書店さんが京都と大阪の間にあると知り、急遽訪問してみることにする。

多くの本好きに愛されている長谷川書店さんだが、それ以上に街の人たちに愛されているのが店に入ってすぐ気付かされた。杖をついたおばあちゃんが雑誌のありかを気軽に訊ねて買い求め、買い物途中の女性は本を抱えてレジに向かう。

その棚が圧巻だった。時折、高架の上を走る電車の音と揺れに驚きながらも、まるで星空を眺めているときに吸い込まれていくような感覚に陥る。深淵。本屋さんってやっぱりすごい。その深淵から磯前順一『京都 祈りと差別の千二百年』(亜紀書房)と岡本仁『ぼくのおやつ地図』(平凡社)を手にする。

夜、中之島図書館にてBOOK'N BOOTH店主の中村優子さんによる講演「いま、「町の本屋」を大阪で開くということ」を聴く。

2月19日(木)切実な本

  • 本をひらく
  • 『本をひらく』
    杉江由次,大森皓太
    本の雑誌社
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先日、荻窪のTitleを訪問した際に店主の辻山さんから「杉江さんもここ数年変わってきた気がします。遠くから見ていてそう感じます」と言われた。自分自身もどこか変わってきた気がしているので、荻窪駅まで歩いて帰る道すがらその足跡を見つめ直してみた。

そうすると私の変化の第一歩は、そう指摘した辻山さんがかつて話した「切実な本は売れています」という言葉なのだと思い当たる。

それはレジ打ちしてもらいながらうかがった言葉で、「本が売れないと言われますけれど、切実な本は売れています」という話だった。

売れる本を作らなければならないというのが私の人生なわけで、その売れている本が「切実な本」と教えられ、Titleにも並んでいたいくつかの本が頭に浮かんだ。

しかしそれは私が作れるような本ではなかった。作りたい本でもないし、私が読書に思い描いているものとはずいぶん違う感じがした。

切実ってなんだろう......というのがここ5年くらいずっと頭の中にあり、もし私が変化しているとするならば、辻山さんが言った「切実な本」というのがその源なのだ。

大森皓太さんとの共著『往復書簡 本をひらく』ができあがった。
できあがってみると、これは私にとって「切実な本」だった。

2月18日(水)2026年を代表する小説

  • 青天
  • 『青天』
    若林 正恭
    文藝春秋
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書店さん向けDMを一気に作る。その後、世田谷ピンポンズさんの単行本の著者校修正が済んだゲラが届いたので、修正漏れがないか地道にチェックする。

娘から「パパの大好きなちばあきおの『キャプテン』と金城一紀のゾンビーズぽいところあるよ」と北上次郎なみの必読おすすめをされた若林正恭『青天』(文藝春秋)を読む。

芸能人の書いた本などと侮った自分を大いに恥じたい。アメリカンフットボールのことを知らないんだけどと躊躇した自分も恥じたい。

これは何者でもない自分が、何者かになろうともがいている姿を切実に描いた青春&スポーツ小説の傑作だ。2026年を代表する小説になるだろう。

2月17日(火)

  • カンザキさん
  • 『カンザキさん』
    ピンク地底人3号
    集英社
    1,650円(税込)
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隣の事務所にいる書泉の鎌垣さんと雑談。元取次店視点での書店経営の具体的な数字を教わる。

Podcast「POP王の愛と自由と平和な本語り」で内田さんが薦めていたピンク地底人3号『カンザキさん』(集英社)読む。家電配送の仕事が描かれた労働小説なのだが、カンザキ先輩がヤバすぎる。イカれている。強烈なキャラクターだ。そしてこの小説自体もイカれている。ブラックコメディというのか不条理ものというのだろうか。松永K三蔵さんの『バリ山行』に通じる面白さかも。

2月16日(月)宇都宮の街に「本」の光を灯す

  • ある日、西の方角が吉と出たので
  • 『ある日、西の方角が吉と出たので』
    大歳倫弘
    ル-プ舎
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春日部より出社。

昼、キンマサタカ氏やってくる。編集を依頼している書籍に関して打ち合わせ。いかにキン氏の尻に火をつけるか苦慮する。

うさぎやの高田さんより5月16日に開催されるウツノミヤブックライツ2026のお誘いを受ける。即参加のご返事。「宇都宮の街に「本」の光を灯す。」をテーマに第一回が開催されたのは2019年のことだから7年ぶりに開催だ。楽しみ。

大歳倫弘『ある日、西の方角が吉と出たので』(ループ舎)を読む。ドイツと沖縄の旅行記なんだが、それを超えた面白さがある。この著者のおもしろさを追求したい。

2月15日(日)ゆっくり歩く

  • 本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形 (中公新書ラクレ 861)
  • 『本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形 (中公新書ラクレ 861)』
    稲田 豊史
    中央公論新社
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春の陽気。母親の車椅子を押して、父親の墓参りと散歩にでかける。

墓参りでは山門に車椅子を止め、父親のお墓まで約50メートルを杖をついて歩かせている。

いつ転んでもいいよう母親の隣を同じ歩調で進んでいるのだけれど、かつては母親の歩みの遅さに苛立ちを覚えたりしていた。

しかし気づけば母親と同じ歩幅で、ときおり桜のつぼみを眺めながら、そして空の青さに吸い込まれそうになりつつ、歩くことに一切心の波風が立たなくなっている。

車椅子を押す歩みも退院当初の頃から比べたら相当ゆっくりになっている。

稲田豊史『本を読めなくなった人たち』(中公新書ラクレ)を読む。刺激にあふれすぎており、付箋だらけになってしまった。四半世紀前に刊行され大変話題となり物議を醸した名著、佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』のアンサー本なのかもしれないと思った。

2月14日(土)寂しさが増す

朝、母親を施設に迎えにいき、実家にて週末介護。

娘がついてきたのだが、なにをするわけでもないけれど、家に人が一人増えただけで安心感が増す。

そして妻と娘が帰ったあとは寂しさが増す。

地図子『生きている実感がほしくて、川を歩いている』(ことばの畔 えにし舎)を読む。宮田珠己さんの本が好きな人はハマるだろう。まさしく「ときどき意味もなくずんずん歩く」エッセイだ。

2月13日(金)厳選の蔵書

スッキリ隊出動。本日は500冊と少量なので、立石書店の岡島さんと私の一軍のみで千葉市若葉区に向かう。スッキリ隊の遠征としては千葉県最長不倒距離の更新。道が混んでおり、到着まで二時間ほど要す。

蔵書整理をご希望された方はお仕事を定年し、本の終活をされているとか。残すのはこれだけにしましたと大切そうに本棚に鎮座していたのは藤沢周平全集と沢木耕太郎ノンフィクション作品集成、そして中村哲氏の著作だった。なんて素敵な厳選の蔵書なんだろうか。

一時間ほどで整理を終え、スッキリ飯として「元祖 豚丼屋 TONTON」でロースと豚バラの「ハーフ&ハーフ」を食す。並盛りとは思えない量で、岡島さんともども大満腹。

夜、帰宅後にたかしまサーカスの人たちとオンラインの読書会。20代の方々が中心なのだがとてもたくさん本を読んでおり、好きな本屋さんを聞けば私も知らぬような独立系書店の名前がぽんぽんあがる。幸せな一夜を過ごす。

2月12日(木)10周年

今年一月で10周年を迎えた本屋Titleさんを訪問し、10周年記念本の『転がる本屋に苔は生えない』(タイトル企画)と、Xのポストで一目惚れしていた地図子『生きている実感がほしくて、川を歩いている』(ことばの畔 えにし舎)を書い求む。

店主の辻山さんが本屋Titleをオープンする以前は、都内で小さなお店を開けるなぞほとんど皆無で、私の記憶では山下書店から独立した旗の台の松田書店と、井荻書店から独立した音羽のBOOKS音羽くらいだった。それらのお店はこれまでの本屋さんの流れを汲むお店であり、本屋Titleさんはその後「独立系書店」と呼ばれる本屋さんのはしりだったろう。

しかし本屋Titleさんのおもしろいところは「独立系書店」に見えながらも世間のベストセラーがないわけではなく、先週発表になった本屋大賞のノミネート作も一冊ずつ棚や平台に差してあるのだ。だからお店に入ってどこかほっとする。知っているものがあるという効用だろう。いわゆる「街の本屋」でありながら、「独立系書店」の顔も見せている稀有なお店だ。

この10年の間にいったい何万人の人が荻窪駅からこの本屋Titleさんまでの道をてくてく歩いたろうか。あの本を買おう、この本あるかな。どんな本が並んているかな。もはやこの道は本の巡礼の道と言ってもいいのではなかろうか。

そんなことを想いを馳せながら今日私もてくてく歩いた。実は先週休みを勘違いしておなじ道を歩いたのだけれど。

10年経って本屋Titleさんは本好きの教会になったのだ。

2月11日(水・祝)せっかくの休み

週末は実家に赴き母親の介護にあたっているため、正真正銘の休みは祝日のみ。

朝から長距離ランニングをと予定していたものの雨が降っておりひとまず断念。息子を仕事場に送っていきがてら、妻、娘と浦和美園のイオンへ。ユニクロに直行し、Jリーグとのコラボ企画で、Yシャツにレディアの縫い付けをオーダーする。大人気のため出来は3月1日になるらしい。

帰宅後、昼食をとって横になったら夕方まで熟睡してしまう。ランニングもできず怠惰な1日を過ごしてしまったことを激しく後悔。

2月10日(火)新年会

午前中、デスクワークに勤しんでいるとお隣さんの書泉のKさんが来社。出版関係のよもやま話。

午後、来週、滋賀のたかしまサーカスでお世話になる琵琶湖の漁師である宮﨑さんが来社。漁の話を伺う。

夕方、大阪の出版社140Bの青木さん来社。一緒に作った「4 booksellers for books. 4B」という本を読者に届けるグループの話をする。

夜、市ヶ谷のアルカディアに行き、ネット21の新年会に参加。挨拶で書店員2氏がベタ付け報奨金のお願いをしていたが、出版社の経営者及びお偉いさんの挨拶は本の値段をあげますというお話だった。

帰宅後、今日が誕生日だった娘に図書カードをプレゼント。たいそう喜ぶ。

2月9日(月)本の雑誌動乱録 その2

本の雑誌社から届いた封書には書類審査を通ったという書面と地図が入っていた。今ならスマホで行き先がすぐわかるけれど、当時はスマホもなく、どこかに行くには地図が必要だった。送られてきた地図は手書きのイラストで記された地図だった。

本の雑誌社は京王線の笹塚駅から十号通り商店街というのを抜け、住宅地の真っ只中にあるようだ。ほとんど真っ直ぐなので間違いようはなさそうだが、ただとある交差点に「不安になってもまだ真っ直ぐ進んでください」と書いてあるのが気になった。

面接の日時を決めるのに初めて本の雑誌社に電話する。まさか椎名誠が電話に出ることはないだろうが、それでも緊張した。呼び出し音が一度か二度鳴る前に女性の声が聞こえ、面接を受ける者ですと伝えると担当者に代わった。

その時勤めていた歯学書の出版社の勤務時間は9時から18時だった。営業で外回りしていたとはいえ勤務時間中に面接に行くわけにはいかず、終業後でいいかと訊ねると問題ないとのことだった。会社のある御茶ノ水から笹塚まで余裕をもって一時間と考えた。面接は9月下旬の7時と決まった。

椎名誠に会えるかもしれない。そのことで激しく緊張した。

それまで椎名誠が監督した映画の上映会に付随したトークショーに出かけたこともあったし、サイン会に並んだこともあった。しかしそれは会ったというほどのものではなく、ただただその姿を眺めるという程度だった。

それでも私は椎名誠のオーラに完全にノックアウトされていた。全身から放たれるただ者ではないオーラに足が震え、声をかけるどころではなかった。

作家・椎名誠との出会いは、実はテレビだった。ザッピングしていたテレビにムツゴロウさんこと畑正憲が映し出され、私はリモコンの指を止めた。当時、動物王国など季節ごとに特番が組まれる人気ものだったのだ。そのムツゴロウさんの隣に黒々と日焼けした人が、柔和な笑顔を浮かべて座っていた。それが椎名誠だった。

平成元年、1990年の6月のことだったと思う。その年、私は高校を卒業し、浪人となり、予備校通いをしていたのだ。

通っていた高校は95%が大学か短大にすすむ進学校で、同級生はみなその春、受験をし、受かったり受からなかったりしたが、なんの迷いもなく大学にいくことを目標としていた。

私もその流れに浮かんでいたものの、ずっと心の奥底で悶々としていた。なぜ大学に行かなきゃいけないのか、それがわからなかったからだ。

学校の先生は大学に行かなければ人生は終わると脅した。両親は自分たちが大学に行っていないから大学は出ておけといった。5つ年の離れた兄は、自身の大学生活を思い浮かべ、「大学は自由な時間がいっぱいあるから好きなことができる」と薦めてきた。

しかし私はその自由な時間に魅力を感じていなかった。実は校則のない高校ですでに三年間自由を履き違え、自由な時間をとことん謳歌してしまっていたのだ。もうこんな無駄で怠惰な時間には耐えられなかった。

さらに私を悩ませたのは「好きなこと」だった。兄はその好きなことである音楽に大学生活を費やしイカ天などに出場していたが、私にはそもそも好きなことがなかった。

大学に行け。
好きなことを探せ。
その二つに私は追い詰められていた。

その春、まったく身の入らないまま受けた大学はすべて不合格となり、流されるように浪人し、代々木の代々木ゼミナールに漂着していた。

そうして2ヶ月ほど経った頃、高校の同級生で親友の下澤くんと秋葉原駅で会った。会ったというか待ち合わせをしていた。

下澤くんも大学受験に失敗し、水道橋の研数学館という予備校に通っていた。親友ならば同じ予備校に通えばいいと思うのだが、下澤くんはそれだと絶対遊んじゃうからと同窓生がほとんどいない予備校に通っていた。

日比谷線の電気街口の改札口で下澤くんを見つけると私たちは並んで改札を通り、ホームに立った。どこかに立ち寄るわけではなく、秋葉原から北千住、そしてそれぞれの家がある東武伊勢崎線に一緒に乗って帰るだけだった。週に一度、それが浪人生に許された唯一の息抜きだった。

北千住で東武伊勢崎線に乗り換え、青い空の下を黒々と流れる荒川を渡ったときだった。文系だった私は、それまでの2ヶ月で日本史と英語の成績は上がったものの、どうしても国語が成績が芳しくなく、そのことを下澤くんに相談したのだった。

すると下澤くんは笑みを浮かべてこう言ったのだ。

「それは杉江が、本を読まないからだよ」

★   ★   ★

雪もすっかり溶けており、無事介護施設に車がやってくる。二泊三日の幽閉から解放される。

直行で市ヶ谷の地方小出版流通線ンターさんへ新刊の見本出しに伺う。いまだに「配本」を期待している出版社がいるというのに驚く。

見本出しを終えるとすぐに会社に戻り、納品されたばかりの「本の雑誌」3月号のツメツメ作業に勤しむ。

16時半に終了。駒込の青いカバさんと千駄木の往来堂書店さんに直納。

2月8日(日)雪

朝、窓を開けると雪が降っている。木々にはうっすらと積もり、アスファルトも白くなっていく。さいたまマラソンに参加する予定だった息子が中止になったと連絡してくる。

明日、介護施設のお迎えが来られなかったらどうすんだ!?と心配するも、なぜかアスファルトに積もった雪はあっという間に溶けていく。ここ数日暖かったのでその影響だろうか。

内田剛さんがPodcast「POP王の愛と自由と平和の本語り」で薦めていた綿矢りさ『グレタ・ニンプ』を読む。これはまるで妊娠した成瀬?のような主人公。

2月7日(土)雪予報

午後から雪予報の中、母親を介護施設へ迎えに行き、実家へ。

冷え切った部屋を暖房とストーブの二刀流で暖め、ランニングに出るとちらちらと雪が舞い落ちてくる。

雪が積もって妻が帰れなくなっては大惨事なので、ランニングを半分で切り上げ、すぐに買い物へ。同様に考えた人が多数おり、スーパーは開店から大混雑。

昼前に妻が帰り、母親と二人で過ごす。
心配していた雪は降らず、「なんだ楽しみにしていたのに」と母親は残念がる。

2月6日(金)オンライン説明会

  • ある日、西の方角が吉と出たので
  • 『ある日、西の方角が吉と出たので』
    大歳倫弘
    ル-プ舎
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10時より本日正午のノミネート作品発表を前に出版社へのオンライン説明会を開催。諸々の注意事項などを伝えるが、本屋大賞はいったいいつからこんな本格的になったんだろうとぼんやり考える。

説明会の後、すぐに出版健保に出頭し、痛風とコレステロールの薬をもらう。合わせて先月行った頸部超音波検査の結果を聞く。まるでトンネルのようなまんまるの自分の血管がモニタに映し出され、特に問題はないそうでほっとする。

昼にソラシティのエチオピアでチキンカレーを食し(次回からご飯少なめにすべし)、三鷹へ。ユニテで大歳倫弘『ある日、西の方角が吉と出たので』(ループ舎)を購入した後、デザイナーの松本さんと打ち合わせ。仕事が多すぎて乱暴になっているのではと遠くから指摘され、首を垂れる。

夜、西日暮里の雀荘で中学・高校の同級生と麻雀。2着、3着、2着と中途半端な結果。雀荘は珍しく満員御礼だった。

2月5日(木)本をひらく

鴨葱書店の大森さんと取り交わしていた往復書簡が『本をひらく』という本になることになり、本日その入稿を済ませ、充足感に浸る。

ビール片手に西日暮里までふわふわと歩いて帰る途中、不忍池を横目に頭に浮かんだのは父親の姿だった。生前父親は私の仕事の話を聞くのが好きだった。

そしてそんな父親を邪険にしていたのだが、亡くなってみるとこうして報告したくなるのはなぜなんだろうか。今は生きている母親もこの先亡くなった後にこうして想う日がやってくるのだろう。

気づけば涙があふれていた。

2月4日(水)二件の直納

  • 聞書 戦前の暮らし方 ――「90歳」の証言集 (筑摩選書 0321)
  • 『聞書 戦前の暮らし方 ――「90歳」の証言集 (筑摩選書 0321)』
    古川 柳蔵,三橋 正枝
    筑摩書房
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  • 前世の記憶をもつ少年 全訳勝五郎再生記聞 (角川ソフィア文庫)
  • 『前世の記憶をもつ少年 全訳勝五郎再生記聞 (角川ソフィア文庫)』
    平田 篤胤,今井 秀和,今井 秀和
    KADOKAWA
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東京駅の丸善丸の内本店さん(『本をすすめる』)、銀座の教文館(「本の雑誌」2月号)の追加注文を直納にあがる。うれしい。

古川柳蔵、三橋正枝編『聞書 戦前の暮らし方』(筑摩選書)と平田篤胤著、今井秀和翻訳解説『前世の記憶をもつ少年 全訳勝五郎再生記聞』(角川ソフィア文庫)を買って帰る。

2月3日(火)鮮度

企画会議。特集の企画を3つ考えて提出する。その中から選ぶわけだが、このとき没になった残りの2つを次の月に使うことはない。その頃にはもう飽きているのだ。企画は鮮度である。

新宿の紀伊國屋書店さんに『本をすすめる』を直納にあがる。3度目の追加注文。うれしい。

2月2日(月)本の雑誌動乱録 その1

本の雑誌社に入社したのは1997年の10月だった。日付までははっきり覚えていないのだけれど20日前後だったと思う。17日かもしれない。曜日はしっかり覚えていて月曜日だった。なぜ曜日を覚えているかというと前の週の金曜日まで別の出版社で働いていたからだ。

私は医学書の、しかも歯科だけを専門とする出版社で働いていた。こう書くと一般性がないので本の雑誌社以上に小さな零細出版社を想像されるかもしれないが、その歯科の出版社はドイツに本社があり、サンフランシスコやサンパウロにも支社がある世界的出版社だった。私が勤めていた日本法人も雑誌を5誌だし、社員が40人くらいいる出版社としては中規模のそれなりと大きくしっかりした会社だった。

そして私はそこの仕事に満足をしていた。満足というか、大学に行っていない自分が出版社で働けていることだけで充分だった。インプラントとかエンドペリオとか補綴とか自社で出している本が何を言ってるのかさっぱりわからなくても、夢だった出版社で働けているだけで幸せだった。神様にも仏様にも感謝していた。本来は雇ってくれた社長に感謝すべきだが、当時は若気の至りで思い浮かばなかった。

もちろん慣れぬ営業で苦労もあったが、先輩や上司も個性豊かな人ばかりで、私にとってそこは『新橋烏森口青春篇』であり、『銀座のカラス』だった。

そんな会社に勤めて三年半が過ぎ去ろうとした頃、朝日新聞を眺めていた妻が奇声をあげた。それは確か夏、8月の終わりか9月の初めのことだった。

「ねえ! 本の雑誌社が求人募集しているよ!」

本の雑誌社といえば椎名誠の会社。私の本棚には椎名誠の本がずらりと並んでおり、最も憧れている、いや当時の私は椎名誠になりたいと思って生きていた。狭いアパートの玄関には折り畳みカヌーとパドルが鎮座していた。

妻が差し出す新聞を見ると住み込み可の求人のような小さな小さな枠にたった4行の一切の余白のない広告が掲載されていた。

「出版営業35歳位迄10月中旬入社
20日迄歴送細面◇中野区4-52-14
中野南台ビル1F京王線笹塚歩10分
(株)本の雑誌社」

今なら言えるがひどい求人広告である。給料どころか勤務時間も休日も書いておらずそういうことは面接で伝えるというのである。

そして大切なことは伝えないわりに9月20日までに履歴書を送れ、10月中旬には入社しろという無理難題を課している。その割に京王線笹塚駅から徒歩10分と妙にここだけは親切なのである。徒歩10分を誇っているのか、結構遠いですよと拒んでいるのかよくわからない。その9文字を待遇か勤務時間に充てたらよいのではないのか。

今だったらこんな一見ブラック企業の求人に応募することはないだろうが、26歳、新婚ホヤホヤの私には「本の雑誌社」という文字しか目に入らなかった。本の雑誌社=椎名誠、書類審査が通れば、憧れの椎名誠に会えるかもしれない。会えたらあやしい探検隊のドレイを志願して、日本中を一緒に旅するのだ。

サンダル履きでコンビニに履歴書を買いにいくと、すぐさま経歴などを書き上げ、三年前に撮った証明写真を貼って、真っ赤な郵便ポストに投函した。

私は本の雑誌社で働きたかったわけではなく、椎名誠に会いたかっただけだった。なにせ「本の雑誌」は、記念の創刊100号しか読んでおらず、読んだといっても特集のベスト100を眺めただけで、あとは正直よくわからなかった。そう、私はそこまでの本読みではなかったのだ。

日々の仕事に追われ履歴書を送ったのを忘れた頃、一通の封書がアパートに届いた。封筒には本の雑誌社と印刷されており、慌てて中を開くと、書類選考を通過したので面接に来てくれと記されていた。

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週末実家介護を終え、春日部から出社。

昼にAISAの小林渡さんがやってきたので「みさち家」でランチ。いつの間にか唐揚げ+αのセットが1100円になっており、神保町もランチ1000円超えが当たり前になって来た。

昼飯を食べることもままならず。本を買うこともままならず。

2月1日(日)本というかZineというか

期せずして、2冊の本というかZineというかの著者となることになり、2月半ばの発売を前にその2冊の本というかZineというかの編集作業に勤しむ。

これらの本というかZineというかは、24歳下、もう片方は30歳下の人との共著であり、共作である。

これは何を意味するかというと、私が年下に人気があるということではなく、若い人たちが本作りを大変身近な表現方法としているということだ。

本は読むものであり作るもの、になっている。そういうことだ。

1月31日(土)読売新聞

母親を介護施設に迎えにいき、実家へ。

夕方、母親の携帯が鳴る。電話の主は母親の中学校からの親友で、どうやら仲良くしていた同級生が亡くなったらしい。「みんないなくなっちゃって寂しいわねえ。私たちもそろそろよねえ」などと話し込んでいると、電話の切り際に「あんたと話したいんだって」と携帯を渡される。

母親の世話をしていることへの感謝だろうと思いながら電話にでると、「読売新聞見たわよ」と大きな声が聞こえてきた。

そういえば二週間ほど前にZine&Bookフェスの記事が読売新聞に掲載され、そこに私のコメントが載っていたのだ。

「出版部部長って偉くなったのねえ。ツグちゃんがこうして活躍しているのすごくうれしいわ。」

母親の親友は、長年、千代田区の有名な議員の秘書を務めていたので、神保町のことは私よりも詳しいのだった。記事に出ていた人たちの話題などでしばらく華をさかせる。

1月30日(金)待つ

かつて神保町に東京ランダムウォークという本屋があり、そのお店の素晴らしさから「僕も本屋をやりたいかも」とお店の方にもらしたことがあった。

しかし長い付き合いの書店員さんが「杉江さんには無理よ」ときっぱり言い、私が毎日営業という攻めの仕事をしており、本屋という待ちの仕事には耐えられないだろうというのがその理由だった。

たしかに私は営業以前に子どもの頃から「待つ」という不確定要素を含んだ時間が耐えられなかった。

しかし本作りというのは「待つ」ことがすべてだ。原稿、デザイン、イラスト、帯コピーなど待っている時間がほとんどで、焦って催促すると取り返しのつかないことになることもある。

編集の仕事を15年ほどかじり、だんだんとその状況を耐えられるようになってきた。本日、半年近く待っていた原稿の進捗報告が著者からあり、そして待ち望んでいたイラストも届き、さらに宙ぶらりんになっていた本のタイトルも決まった。待つとは信じることなり。

営業で書店員さんと話す。

近藤康太郎『本をすすめる』が売り切れていたのでそれを伝えようとすると、すでにネットで注文しているとのこと。感謝とともに売れている理由を伝えたところ、そうかそっちで売れてるのかじゃあエンドで2面で積んでみようかとなり、さらに注文をいただく。

さらなる注文が欲しくてお話したわけではないのだけれど、こうした何気ない会話から売上は立つのだった。もちろん直納。

1月29日(木)雑務

仕事というものはなんぞやと聞かれたら雑務であると答えるだろう。

今夜行われる『本屋の人生』で配布したいとリクエストのあった新文化のバックナンバー3種類を50枚ずつA3でプリントアウトし、それらを組み合わせ、二つ折りにしていく。(配布に関して「新文化」了承済)

本を売るには納品書を発行し梱包して発送することが必要なように、すべての仕事にはこうした雑務がついてくる。

こういう仕事ができない人は本を売ることもできない。令和の世において本を売ることができない人は本を作ってはならず。

夜、トークイベントのためジュンク堂書店さんを訪れると、満員御礼で伊野尾さんの人気にびっくりする。

司会進行の補助役を仰せつかっていたので、トークの終了間際に、「伊野尾さん、たくさんの人が本当に伊野尾書店が閉店するのを惜しんでいるんですよ」と感動的エピソードとしてまとめようとするも、伊野尾さんは「伊野尾書店のことなんてみんなすぐ忘れちゃいますよ」とことごとく予定調和を破壊するのだった。だからこそ、みんな伊野尾さんが好きなのだろう。

1月28日(水)神のなせる業

Facebookを開くと、ときわ書房志津ステーションビル店の日野さんが『本屋の人生』を真剣に紹介してくださっていたので、すぐさまお店へお礼に伺う。

尊敬する出版営業の一人、双葉社のKさんはこの日記で双葉社の本を紹介すると、「杉江さん、ありがとう!」と言ってよく電話をかけてきていた。

それはこの日記に影響力があるとかないとかではなく、ただただ我が子を褒められるのがうれしいのと同じように、自社本を面白いと言ってもらえたことがうれしくてという感じであった。Kさんの弾んだ声を聞いているとこちらもうれしくなったものだ。

本を買ってもらうことは奇跡だ。本を読んでもらうことは驚異である。本を紹介いただくのは神のなせる業なのだ。

志津から御徒町に向かい、モンベルにて服部文祥さんのトークイベントを堪能する。

サインをいただくと合紙としてその場でちぎったよれよれの新聞紙が挟まれた。服部さんらしさ全開で痺れる。

1月27日(火)出版バカ

「平日も本屋、休日も本屋。私は本屋バカなんです」と笑っていたのは、掛川の走る本屋さん高久書店の高木さんだが、いつの間にか私も休みの日にZineをこさえるという365日本作りをしている出版バカになってしまった。

今は仕事で8冊の本を編集しながら、休みの日にはZineを3冊作っている。もはや本を作り売ることが生活の一部というか、それしかできない人間になっている。

不思議なのはでは本作りが好きなのかと問われたらそうでもないということだ。本作りとは99%めんどくさいことであり、一日も早くそんなめんどくさいことをやめたいと思いながら本を作っている。

午後、2月に出店する滋賀のたかしまサーカスの方とオンラインで雑談をする。その方はふだん琵琶湖で漁師をされているとのことで、子供の頃、漁師になりたいという夢をもっていた私は俄然引き込まれる。

その後も別の方のオンライン取材に立ち会う。オンライン日和。

1月26日(月)タイムマシーン

週末実家介護を終え、春日部から出社。

母親がリハビリ病院を退院して2年が過ぎ去った。この間週末は介護施設に母親を迎えにいき、月曜日にまた母親を介護施設に送り出すという生活をしている。私はよくがんばっていると思う。介護は家事と一緒でだれも褒めてくれないので自画自賛するしかない。

当初の予想では2年も過ぎれば介護から解放されるだろうと考えていたのだけれど、現実は悪い方にも良い方にも変わらず緩やかな下降線で今日に至る。

ドラえもんののび太くんは、タイムマシーンに乗ってしずかちゃんと結婚しているか確認しに希望あふれる未来を覗きにいっていた。

しかしもしのび太くんが歳を重ねていたら、両親の介護がいつ終わるのか確かめるためにタイムマシーンを使うことだろう。

溜まっていたデスクワークを集中して片付ける。

朝日新聞に広告を出した近藤康太郎『本をすすめる』と伊野尾宏之『本屋の人生』の注文が立て続けに入る。また本の終活特集の「本の雑誌」2月号はそろそろ在庫が切れそう。

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