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3月29日(日)セブンイレブンのコーヒー

先日、京都のとあるセブンイレブンへ、一冊!取引所のワタナベさんを迎えにいったところ、同乗していた140Bの青木さん、鴨葱書店の大森さんの三氏はセブンイレブンに入店するやいなや、紙コップを買い求め、レジ脇に置かれた最新鋭のマーシンにセットアップ、なにやら良き香りのする飲み物を手に入れていたのであった。

それは昨今巷を賑わせている「コーヒー」という飲み物で、私も常々コーヒーで喉を潤してみたいと思っていたのであるけれど、埼玉からやってきていた私は、そのマシーンの使い方がわからず、随分の年月が経っていた。

セブンイレブンのコーヒーを飲んだことがないと告白すると、ワタナベ、青木、大森の三氏はこの世にそんな人がいるのかとたいそう驚いた表情を浮かべ、「セブンのコーヒー、マジ美味いっすよ。これがあればもう充分すよ。淹れるの簡単すよ」というのだった。

ある種の天才は、リフティング1000回も簡単と宣うものである。凡人である私は、レジにてどのように発声してカップを購入し、そのカップをいかに最新鋭のマーシンに装着し、さらにどのボタンを押したらいいのか、それはオーバーヘッドキックなみにむずかしいのであった。

その京都の朝以来、憧れとなっていたセブンイレブンのコーヒーをついに手に入れるときがきた。

それは実家で母親の介護をしている日曜日の早朝5時半のことだった。日中は見守りのため家を空けることができないのだけれど、早朝のこの時間だけが唯一、外に出、新聞を買いに行くことができるのだった。

実家より歩いて3分のセブンイレブンに行くと、店内には他にお客さんがおらず、レジに立っているのも眠たそうな男性であった。

その瞬間、私はコーヒーを買おうと思った。初挑戦してみようと思ったのだった。

まず、マシーンをまじまじと観察する。自分が頼むべきものの名前をしっかり確認しなければならない。コーヒーひとつとっても、店によって、ブレンドだったり、ホットだったり、本日のコーヒーだったり呼び名が違うのだ。それを間違うと言い直されたり、失笑されたり、SNSのネタにされてしまう。

さらにサイズの伝え方も異なり、ショートだったり、スモールだったり、グランデだったりするから混乱を極める。

張り出されたパネルを眺めると、私が頼むのは、「ホットコーヒー」の「レギュラー」らしい。

さて、新聞と小腹が空いているのでチョコ&ホイップロールを手にレジに向かう。

すでにコーヒーを何万回か頼んでいるようなベテラン感を出し、寝ぼけ眼の男性店員に「あとホットコーヒート のレギュラーサイズ」と声をかけた。

返事がない。もしや伝わらなかったのかと思ったが、レジにその分の金額が上乗せされ、おもむろにカウンターに白く輝くカップが置かれたのだった。

しばらく前はこの後お金を投入することになる自動精算機も使えなかっだのだけれど、今はとにかく千円札を突っ込み、「現金」というボタンを押せばいいとわかった。おかげでセブンイレブンにいくたびに財布がぱんぱんに膨れ上がるが致し方ない。

そうして無事、精算を終え、私の手には真っ白く輝く、紙コップが握られていた。

うれしい。ついにこの紙コップを手にいれたのだ。京都の三氏だけでなく、丸の内や青山でもたくさんの人たちが手にしている紙コップだ。家に帰ってこのまま飾りたいところだが、私はここにコーヒーを注がなけれならない。

最新鋭のマシーンの前に立つ。まだ誰も店にやってきていないので安心してマシーンと対峙できる。

マシーンの脇にコップの蓋やら砂糖やらクリームなど置かれているが違いがわかる男である私に必要なのは蓋だけである。どうやら蓋にも種類があるようなのだが、ひとまずレギュラーサイズの白い蓋を手にする。本当は黒い蓋の方がカッコ良さそうだったのだけれど、黒はこれまでの人生の経験上、別料金の可能性が高い。

どうみても扉っぽいケースを開けると、紙コップを置く場所に見える半円形のプラスチックが見える。京都のセブンイレブンで青木さんが、「最近はカップを置いたら自動で判別してくれる機械がありますよ」と謎の呪文を説いていたのだが、この機械がそうなのかはわからない。

カップを置いて、扉を閉めると、777が揃ったパチンコのように画面が変わり、「薄め」「普通」「濃いめ」みたいな選択ボタンが現れた。

ちょっとちょっと! こんな人生を惑わす選択が待ち受けているなら、どうして京都の三氏は教えてくれなかったのか。

思わずみのもんたを呼び寄せ、「フィフティーフィフティー」かと助けを求めたくなったが、現時点でも30%なのだった。確率はたいして変わらないし、みのもんたは確かすでにあの世に行ったはずだ。

仕方なくジャーニーのセパレートウェイズを口ずさみながら、「濃いめ」ボタンを押した。

ぎゅぎゅぎゅという音がして、コーヒーの抽出が始まったようだ。私の最大の心配は何か間違いを犯し、コーヒーが溢れ出し、店内を水浸しにすることだった。

なにやらタイムショックみたいなカウントが始まり、とにかく溢れることなく、止まることを願った。

一時間にも感じるその悠久の時間が過ぎ去り、扉を開けると、そこに無事「セブンイレブンのコーヒー」が鎮座していた。

ついに私が「セブンイレブンのコーヒー」を手に入れた瞬間である。京都の三氏にすぐさま報告したいところけれど、時はまだ5時37分であった。いくら千二百年の古都・京都であろうとまだ早朝であり迷惑だろう。

白い蓋をして、そろそろと家に帰る。その手は温かさに包まれている。

そういえばそろそろアイスコーヒーの季節だった。

3月28日(土)優しさ

朝、母親を施設に迎えに行き、実家へ。結局、3日ほど考えて、母親のサービス付き高齢者向け住宅への入居は取りやめることにした。やはり一人では身の回りのこともできないし、きっと転んで大惨事となるだろう。もうしばらく週末実家介護を継続することにした。

そのことをケアマネジャーに報告すると、罪悪感を持たずに特養などに入所することも悪くないと薦められ、そしてそうすることによってお母さんにもっと優しくなれますと返事が届いた。

思わずそこでLINEのスクロールが止まる。「もっと優しくなれます」とはどういうことだろうか。私が母親に優しくないということだろうか。それとも一般論だろうか。

もしかすると私と母親の会話が、まるで毒蝮三太夫のように毒舌だからそう感じられているのかもしれない。しかし、たしかに私は本当に優しくないのかもしれない。

私は母親を冥土の土産に旅行に連れていってあげようなんてつゆとも思わない。美味しいものを食べさせようと外食に連れ出すわけでもない。正直に申せば、一日でも長生きしてほしいなんて一切考えていない。

それはなぜか? もう充分だろうと思っているからだ。母親はこれまでたくさん旅行もしたし、外食もした。そして86年生きてきたから思い残すこともないだろう。

いやそれだけではない。私はすでに充分親孝行をしていると思うのだ。旅行にも連れていったし、相撲も枡席で身体を寄せ合い観戦した。埼スタには二十年以上連れていき、一緒に浦和レッズを応援してきたのだ。いい年した息子がそれだけの頻度で親と一緒にいることはそうそうないだろう。

介護をはじめて2年以上になるが、その週末ごとに私は母親の車椅子を押して、最低でも1時間は散歩している。しかしこの間、同様に車椅子を押して散歩している人などほとんど見たことがない。見たとしてもそれはジャージを着た介護施設の人だ。

私もジャージを着ているのでもしかしたら介護施設の人に思われているかもしれないが、息子が母親(もしくは父親)の車椅子を押している姿なんて一度も目撃していない。

これ以上優しくなれと言われても私には無理だ。
たぶん優しさは目に見えないものなのだ。

3月27日(金)水鈴社は人

昨日、中央公論新社の営業Y氏が、とある地方の書店員さんを本の雑誌社へ連れて来てくださった。

いろいろお話をし、この後どうするんですか?と訪ねると、水鈴社にアポをとっているという。

水鈴社! 水鈴社といえばこの春、神保町に引っ越してきたのにいまだ本の雑誌社に挨拶に来ていない不届な出版社ではないかっ!(水鈴社の社長は元本の雑誌社のアルバイトで、こんな冗談を事務の浜田としていたのだ)

ならば私もこっそりついてき闇討ちしてやろうと、出会って一時間の書店員さんと肩を並べて水鈴社のあるつり人社のビルに向かったのだった。

でだ。闇討ちに行ったはずなのだけれども私は応接室に通されプリンなど出されると、根が小心の常識人にできているので、なるべく書店員さんと水鈴社の人たちの会話の邪魔をしないよう無口を貫き、身を小さくしていたのだ。

そうしてしばらくすると書店員さんが、「水鈴社は、人って感じがします」と言うのだった。

人? 私だけでなく、元助っ人で現水鈴社社長の篠原君も不思議そうに首を傾げた。

思わず手を挙げ、発言を求める。「それ、どういうことですか?」と書店員さんに質問すると、「私みたいな田舎の本屋は、出版社の人と会う機会がないんで、ほとんどメールとか新刊案内だけでドキドキしながらやりとりをしているんです。でも水鈴社は、案内とかメールからすごく人がいる、人が作ってるって感じられるんです」と言うのだった。

背筋が伸びた。闇討ちどころでなく、自分がその場で切腹しようかと思った。

ちょうどその日の午前中、私は書店向け新刊チラシを作っていたのだけど、それが通り一遍の文章で、まあ、急がなきゃいけないからこれでいいやと目をつむりコピーしていたのだ。

水鈴社の面会を終えると書店員さんをお茶の水の駅に送り、私はすぐに注文書を作り直した。ださいかもしれないけれど、真っ赤な血の流れてる文章で。

水鈴社よ、篠原君よ、ありがとう!
私も君に負けないくらいがんばるよ。

3月26日(木)値段

不思議だ。

単行本の小説、312ページ2420円は高いと思って棚に戻したのだが、140ページ1980円はふふふんと買った。

後々計算してみると1ページあたりの単価は、前書が7.7円で、後書は14円と倍ほど高いのだ。

これは同じ値段で袋を小さくしたポテトチップを買うようなものだろうか。

本末転倒のような気がするが、1600円や1800円で売ることができる本を作るという発想も必要なのかもしれない。

3月25日(水)シャッター

伊野尾書店さんに『本屋の人生』を納品にあがる。

お店はちょうど一週間後に閉店となる。
伊野尾さんはいつもと変わらず、閉店もどこか他人事のように店に立っている。

だからこちらも感傷的になることもなく、というかなれずに今日に至る。

おそらく閉店の日も伊野さんは、ただ本を売り、時間になったらシャッターを閉めるのだろう。

その翌日から伊野尾書店のシャッターが開くことはない。

3月24日(火)背中

会社を休み、母親の介護施設を訪問する。

いつもショートステイでお世話になっている施設の2階がサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)になっており、部屋が空いたのでどうかと声をかけていただいたのだ。

部屋は申し分ないのだけれど、サ高住というのは基本自分のことは自分でするわけで、左半身に麻痺が残る母親にそれができるのか皆目検討がつかない。

日々母親を見ている施設の人は大丈夫でしょうと言う。しかし週末私が世話しているときはベッドから起きるのも手助けしているのであり、もしかして私は手を添え過ぎているということだろうか。

見学を終え、ケアマネジャーさんに連絡をするとすぐに施設を訪問してくれるという。しばらくすると感想と今後のケアプランの提案などもしていただく。

今日は妻も休んで施設見学に同席してくれたのだった。ひとりでないことがこんなに心強いと感じたことはない。しかし、決断は自分がしなければならない。

「自分の家が一番」という母親の言葉、「自宅で面倒みれないの?」という近所の人たちの声、「これからも週末よろしくね」という母親の友達からのプレッシャー、そして「杉江さん、まだ介護続けてるの? 偉すぎるよ」という励まし、いろんな声が頭の中をぐるぐるする。

西の空が赤く染まる頃、ランニングをしていると、仕事場から帰ってくる息子とばったり会う。声をかけ、言葉を交わし、自転車の息子は私を残して、一足先に自宅に向かう。

夕日に包まれるその背中は、小さくなっていくはずなのに、私にはなぜかどんどん大きくなっていくように見えた。

3月23日(月)積み上がるゲラ

春日部から出社。電車には袴姿の女の子がちらほら見える。卒業式の季節。

私の前にはゲラが積み上がっている。ひとつは入稿寸前のゲラ。もうひとつはこれから著者に送る初校ゲラ。さらに著者から宅急便が届き、そこには再校を確認し朱字のゲラが入っていた。実はもうひとつ再校ゲラが鞄に入ってあり、通勤中に目を通しながら帯コピーを考えていた。

どうしてこうなるかというと、人に会うと本が生まれるからだ。

夜、伊野尾書店さんにて図書カード三万円お買い物の取材に立ち会う。

3月22日(日)本屋さんで本を買う理由

なぜネット書店を使わず、本屋さんで本を買っているかというと、いつでも本が買える街で働いているからとか、いつでも本屋さんにいける仕事に就いているからではなくて、本屋さんで買った本には、買った時の記憶が宿るからだ。

お店に入る時の高揚した気分、いざ棚を前にしたときの目移りする気持ち、そして目当ての本を見つけ胸躍らせレジに持っていったときの店主の表情。そうしたものが本屋さんで買った本には残る。

読み終えて自分の書棚に差した本や未読のまま床に積み上げた本の背表紙を見る度、その本を購入したときのことを思い出せるのが本屋さんで買った本だ。

54歳の私の人生はきっと、これまで生きてきたよりもこれから生きる時間のほうが短い。動ける距離もどんどん狭くなるだろうし、本もそれほど読めなくなるだろう。

そうしたとき背表紙を眺めて、その本を買ったときを思い出す。それは一冊の本を読み終えるくらい豊かなものを運んできてくれるはずだ。

3月21日(土)またね

二週間ぶりに週末実家介護。

娘もついてきて、昼過ぎに妻と帰る時、「ババ、またね」と手を振っていた。

娘にとって祖母とはどういう存在なんだろうか。なにか思い出があるのだろうか。死んだら悲しいのだろうか。

午後、5ヶ月ぶりに前川さんのおばさんがやってくる。春とともに訪問再開のよう。

3月20日(金・祝)ROTH BART BARON

渋谷のO-EASTにて、ROTH BART BARONのライブ。11月に草月ホールで見たのはストリングス編成で、本日はフォーン隊が入ったバンド編成のライブ。

この何年か、いや3年ほどなんだが、わが師である目黒考二さんが亡くなり、その3ヶ月後に父親が死に、さらに1か月半後に母親が脳梗塞で倒れ、そして相続や介護でいろいろとあり、たぶん私はかなりつらい状態だったと思う。

それを「たぶん」と言えるのは、いつも近くにROTH BART BARONの音楽があったから。

通勤電車の中も、営業に出向くときも、母親の介護で実家のベッドで眠れぬ夜を過ごしているときも、いつもROTH BART BARONの音楽を聴いていた。

ROTHの曲は、いわゆる応援ソングなんてものではない。歌詞も抽象的で、がんばれとか今の君でいいみたいなメッセージはひとつもない。それでもROTHの奏でる音楽を聴いているとすごく元気になれる。明日も生きていこうと思える。

それがコード進行のせいなのか、リズムのおかげなのか、声の力なのか、楽曲の力なのかわからない。きっとそのすべてなのだろうが、ただただ多幸感に包まれ、音楽という言葉どおり、楽しい音に包まれ、祝福されているような気分になる。

今日はそんな大切なROTH BART BARONのライブだった。ROTH BART BARONのライブはいつも過去最高を超えてくるのだけれど今日は凄すぎた。どの曲もしびれるようなアレンジがされていて、ドキドキのしっぱなしだった。

また明日も生きよう。楽しく生きよう。

3月19日(木)介護施設からの電話

夕方、週末の在庫があぶないという連絡を受け、伊野尾書店さんに『本屋の人生』を届けにいく。月末の閉店に向けてお店を訪れる人も増え、おそらく記念のようにしてこの本を購入されていく人も多いのだろう。

伊野尾さんと話している間にお尻で揺れていたスマホは、店を出て確認すると母親を預けている介護施設からのものだった。具合が悪くなったのかと慌てて折り返すと、月曜朝のお迎えが10分ほど遅れますが大丈夫でしょうかという確認でほっと胸を撫で下ろす。

それと合わせて相談していた併設のサービス付き高齢者向け住宅の空きが出るとの報告もあり、来週施設を見学させてもらうことになる。

2年続けた週末実家介護も次の段階に進むのかもしれない。

3月18日(水)水曜開催

仕事を終えて一路埼スタへ。

そこで見せられたのはひどい内容のサッカーで、見てる方がこれだけつまらないということは、やっている選手はもっとつまらないのではなかろうかと泣けてくる。

それにしても5万人埋まる埼スタより、水曜開催の3万人以下の埼スタの方が大きな声に聞こえるのはなぜなんだろうか。

3月17日(火)駒沢敏器『語るに足る、ささやかな人生』(風鯨社)

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    駒沢敏器
    風鯨社
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  • 裏社会の日本史 (ちくま学芸文庫)
  • 『裏社会の日本史 (ちくま学芸文庫)』
    フィリップ・ポンス,安永 愛
    筑摩書房
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5日ぶりの出社のお供は駒沢敏器『語るに足る、ささやかな人生』(風鯨社)なのだが、「はじめに」を読み出した瞬間、あっ、これ、おれが一番好きなタイプの本だと確信し、ページをめくる手が止まってしまう。

好きならば一気に読めばいいではないかと思うけれど、ショートケーキにただひとつだけ乗っかったイチゴのように、大切なものを最後までとっておきたくなる気持ちがむくむくと湧いてきたのだ。

そうして一話目の「夕闇のドライブイン・シアター サウスダコタ州ウイナー」を読んで余韻に浸る。

この本は、一日一話読むことにしよう。そしてできることなら仕事を終えた後、夕闇迫る喫茶店でくつろぎながら本を開こう。

会社の扉を開けると編集松村から「出張おつかれさまでした」と声をかけられる。思わず「疲れてないよ」と声が出そうになるが、以前も書いたように私は「疲れる」というのがどういう状態を指すのかよくわからないのだ。

出張に行こうが、何日連続で働こうが別に徹夜しているわけでもないし、ホテルに泊まればベッドの上で寝ているのだから一晩で体力は回復する。いったい疲れるとはなんなんだろうか。

すぐに会社を飛び出し、市ヶ谷の日本図書普及さんへ。第一回から本屋大賞を支えてくださっていることへの感謝を込めて年に一度のご挨拶。

帰り際に外堀通り沿いにある外堀書店を覗く。こちらは大日本印刷が運営している実験的な書店で、フロアの一角が本屋さんになっている。どうせ企業メセナで適当な並んでいるんだろうと侮るなかれ。山手線の内側ではほとんど見ない独立系書店といってもいい品揃えで、小さいながらも見応え充分の本屋さんなのだった。

そんな棚で今回発見したのはフィリップ・ポンス『裏社会の日本史』(ちくま学芸文庫)。2018年に刊行されたこの文庫は、やくざ、被差別民、テキヤ、日雇い労働者などを「ル・モンド」の特派員が取材したリポートで、私の興味のまん真ん中の本なのだった。刊行時に出会えなかったのが恥ずかしい限りだが、こうして外堀書店の棚で出会えたのだから幸せだ。

やはり営業だけでなく本屋さんを訪れ、棚に身を委ねる時間を作らねばならない。そのために働いているのだから。

3月16日(月)距離感

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  • 『語るに足る、ささやかな人生』
    駒沢敏器
    風鯨社
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以前訪問した時は車で行ったため、いまいち距離感が掴めずにいた大和郡山のとほんさんが京都から近鉄に乗っていけば50分ほどで着くとわかり、すぐさま近鉄に飛び乗る。

埼玉から東京に毎日通勤し、そして関東近郊に日々営業にでている私にとって、電車に乗って50分は「近い」ほうだ。

結局私は電車の乗車時間が、距離の物差しになっているのだろう。長谷川書店のある水無瀬も京都から30分くらいで「近い」のだった。こうして京都を起点とした訪問地図が出来上がっていくのがなによりも楽しい。

とほんさんでは店主の砂川さんにご挨拶し、どこも売り切れていた駒沢敏器『語るに足る、ささやかな人生』(風鯨社)を購入。絶対あるはずと信じてやってきた期待を裏切らないからこそ独立系書店として12年お店がここにあるのだろう。

京都に舞い戻り、書店さんを覗く。

昨日までのイベントではほとんど見かけなかった「小説」の本がずらりと並んでいる。それもたいていは一等地で。

イベントや独立系書店で小説を見かけないのはなぜなんだろうか。おそらく最初期は、小説を発行している大手版元が直取引では仕入れられず、やむなくほかのジャンルの本を並べていたのだろう。

それがいつの間にか独立系書店やイベントの品揃えになり、お客さんもそうした本を求めてそれらの場所にやってくるようになったのか。

今日、訪問したとほんの砂川さんがおっしゃっていた言葉がふと蘇る。

「最近はみなデザイン(装丁)がよくなりましたよね」

小説はどうだろか。棚を眺めるとほとんどが四六判の並製だ。

そしてもうひとつ砂川さんから伺った言葉を思い出す。

「買い切りでやっていると、長く読まれるであろう本を仕入れて並べるようになります」

夜、4日ぶりに自宅に帰る。

三泊以上すると家の中の自分の存在が薄まっている気がする。私がいないことに家族がすっかり慣れている。

3月15日(日)KOBE BOOK FAIR & MARKET2日目

KOBE BOOK FAIR & MARKET2日目。始発の新幹線で神戸にやってきた三輪舎の中岡さんも一緒に車に乗って、六甲アイランドのアトリウムプラザに向かう。

本日も盛況でたくさん本が売れていく。

それにしても不思議なのは、昨日と今日で売れる本が全然違うのだ。

昨日『マンションポエム東京論』が5冊売れ、持ってきたのは7冊だったから、これは明らかに売り切れてしまうと反省していたのだけれど、そうはならず。

逆に昨日『暗がりで本を読む』がまったく売れず、なんでだ1? いつもイベントで売れるのにと焦っていたら、今日はどどどっと売れて完売してしまった。

同じ会場で開催しているけれど土日で客層が変わるというのはあるかもしれず、あるいは本の積み方に変化があるからなのだろうか。こんなことを経験していると、それは書店員という仕事は楽しいだろうと思う。

5時に終了。安心の運営に主催者の方々に感謝を伝え、撤収後、京都に向かう。今夜は京都泊なのだ。

3月14日(土)KOBE BOOK FAIR & MARKET初日

朝、出張ラン。埼玉県民はどうしても海と港に足が向いてしまうので、国道2号線を越えて、メリケンパークへ。海を眺め、写真を撮りながらのんびりラン8キロ。

9時に青木さんと合流し、KOBE BOOK FAIR & MARKETへ。いったいどれほどお客さんがやってくるのかと思っていると会場の11時からあっという間に会場は人でいっぱい。昨年出店されていた人がいっていたように昼飯どころかトイレにも行けないほどの大繁盛。売れすぎで明日売るものがなくなるのではと心配になる。

7時に終了。達成感に浸りつつ、三宮に帰る。

3月13日(金)水道筋商店街

  • ヤマケイ文庫 エスキモーになった日本人
  • 『ヤマケイ文庫 エスキモーになった日本人』
    大島 育雄
    山と渓谷社
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東京駅10時発のぞみ251号に乗車し、京都へ。京都駅にて140Bの青木さんと合流し、青木さんの車でKOBE BOOK FAIR & MARKETの開催地である六甲アイランドを目指す。

途中、灘の水道筋商店街にある「な也」というおうどん屋さんにて、出汁の効いた超美味なうどんを食す。メニューにはずらりと美味しそうな料理が並んでおり、この商店街に移住して毎日食したいと思う。

商店街を歩いていると本屋さんを発見し、思わず飛び込むと本の雑誌社の本も並んでいるではないか。その名も「たびたび書店」。2025年5月にオープンした本屋さんで、思わずじっくり棚を眺めてしまう品揃え。大島育雄『エスキモーになった日本人』(ヤマケイ文庫)を購入。やはり水道筋商店街に住みたいと思う。

その後、いざ六甲アイランドの神戸ファッションマートアトリウムプラザへ。すでにたくさんの机が並べられており、設営も完了されている。事前に送っておいた段ボールを台車で運び、明日に備えて本を並べていく。初めて参加するイベントなので、期待と不安で胸が躍る。

設営を終え、本日の宿泊地、三宮のダイワロイネットホテルへ。

3月12日(木)セット組み

西荻窪の高架下にある今野書店さんの倉庫に9時に集合し、大学生に混じって教科書販売のお手伝い。本日は搬入とセット組み。

このセット組みというのが神経を使う作業で、10種類以上ある教科書を間違えずに一冊ずつ手にして紐掛けしていくのだ。

すべての仕事がそうであるように、事前の準備と段取りが大切で、教科書を並べる段階でしっかり数を合わせ、5冊ずつ互い違いにしておく。そうすればどこかで取り違えた瞬間、一目瞭然ミスが発見できるのだ。

単純作業が好きな私は大学生と並んで、黙々と教科書を手にしていく。

3月11日(水)がっかりする

昼、悩みに悩んで飛び込んだ立ちそば屋さんが、絶妙にまずくがっかりする。

そうか。人は本を買うときにこれくらい悩み、そしてつまらなかったらこれくらいがっかりするのか。

そりゃあ食べログを見るように誰かの評価に頼りたくなるだろう。

3月10日(火)事業拡大

午前中、市ヶ谷の地方小出版流通センターさんに短冊と見本を持って訪問。

午後、南青山のスペースユイで開催されている山﨑杉夫さんと信濃八太郎さんの二人展「キャッチボール」を拝見した後、渋谷のぴあへ。信濃八太郎さんと創業者で社長の矢内廣さんにインタビュー。

「本の雑誌」の数年前に雑誌を創刊したぴあはいまや会社の規模が100倍以上で、広いオフィスを羨ましく思う。しかし「事業拡大しようとしていたらとっくになくなっていた」という目黒さんの言葉を思い出し、「本の雑誌」がいまだ出続けていることを誇りに思うことにする。

3月9日(月)クリーンアップ

春日部から出社。お茶の水の丸善さんに立ち寄ると、近藤康太郎『本をすすめる』がコンスタントに売れているので、入口の平台に並べてみましょうかとたくさんの注文をいただく。

代打で出てヒットを打っているうちに、スタメンで使われ、さらにクリーンアップを任されるようなもの。うれしい。

先週のうちに注文をまとめておいた『この作家この10冊 3』の新刊登録を終えたところに、「本の雑誌」4月号が納品となる。すぐさまツメツメ作業に勤しむ。15時半に終了。

3月8日(日)おふくろの味

この3週間の間に梅が咲き、散ってしまった。
そして今年もメジロがやってこなかった。
母親は散った梅をこれから咲くのだと思って眺めている。

午後、少し風が弱くなったので、車椅子を押して、父親の墓参りと散歩。

ある日突然脳梗塞で倒れた母親は、その日から一度も台所に立っていない。
それは私がいわゆる「おふくろの味」を味わうことがもう二度とないということだ。

私が最後に食した「おふくろの味」はなんだったのだろう。

3月7日(土)強風埼スタトライアスロン

3週間ぶりに母親を介護施設に迎えにいき、週末実家となる。

といっても本日は15時から埼スタで水戸ホーリーホック戦なので、午後の見守りを妻にお願いする。

強風、しかも向かい風の中、ママチャリを漕いで埼スタに向かうも足がぱんぱんとなる。着いた時には乳酸たっぷり。実は埼スタに向かう前に8キロほどランニングしており、さらにこれらか90分飛び跳ねチャントを歌う、久しぶりの埼スタトライアスロン。

試合は肥田野蓮治の一撃に衝撃を受ける。シュートの上手さ、そして落ち着きが半端ない。どう動けばゴールが取れるかわかっているよう。福田と興梠を足したよう。恐るべき新人だ。しかしすごすぎて最短で海外に行ってしまうのではと心配になる。

照内、早川のヤングレッズの活躍により2対0の勝利。先週の鹿島に負けた悲しみを少し払拭。

帰りは追い風になるのかと思っていたが、なぜかまた向かい風の中、太ももをぱんぱんにして帰宅。妻に感謝する。

3月6日(金)大人だった

  • 本をひらく
  • 『本をひらく』
    杉江由次,大森皓太
    本の雑誌社
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昼過ぎに不動前のフラヌール書店さんへ『本をひらく』の納品。今夜のイベントでこの本に触れられるとのことでありがたいかぎり。

納品後は急いで会社に戻り、著者、デザイナー、そしてイラストレーターさんと顔を付き合わせ、新刊制作の打ち合わせ。実は初対面の方もいて、予定が組まれたときから大変緊張していたのだけれど、みなが一つの原稿を前にそれを良き本にするべく話し合うわけで、肩を組む仲間なのだった。うれしく、たのしく、ワクワクと時間が過ぎていく。

夕方、広島の書店員さんがやってくる。ずいぶん長く、深い付き合いと思っていたのだけれど、実はメールや原稿のやりとりばかりで、こうしてしっかり一対一でお会いするのは初めてのことだった。

書店員さん曰く、みんなが気安く「杉江さん、杉江さん」と言ってるからすごく若い人だと思っていたけれど、会ってみたら立派な大人で驚いた、とのこと。

上野まで歩き、そこから電車に乗って帰る。

3月5日(木)企画は外にある

夜、西荻窪にて、北原尚彦さん、小山力也さん、小野純一さんと単行本制作の打ち合わせ。日本古書通信に連載されていた「ミステリ懐旧三面鏡」を本にするのだった。

図版の取り扱いから前代未聞の解説案などたくさんのアイデアをいただき、大変有意義な打ち合わせとなる。この段階での打ち合わせで、良い本、愉しい本、売れる本にしていく種を埋めないとあとからでは取り返しがつかないのだ。

さらにお三方から別冊の提案までいただき、メモをする手が止まらなくなる。企画はいつも外に転がっている。

3月4日(水)丁寧にやる

  • 本をともす
  • 『本をともす』
    小谷輝之
    時事通信社
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梅屋敷の葉々社さんからご注文いただいた『本をひらく』の納品に伺う。

葉々社さんは毎月Xで月次の販売冊数を報告されているのだが、例えば2月25日のポストではこう記されている。

「1/25-2/24の売上冊数は、879冊(店頭:465冊、Web Shop:414冊)でした。

一日平均:37冊
前年比:109%」

Web shopの売上が目を見張るのだけれど、これは懇意にしている著者や翻訳家さんのサイン本を受付ており、その注文が全国からやってくるからだそう。

店主の小谷さんは「もう一軒、お店があるようなもんです」と言うだけれど、話ををさらに伺うとそれは単に売上規模からもう一軒お店があるという話ではなく、オンラインの注文もお客さんと接するお店のように相対していることがわかる。

きれいに梱包するのはもちろんのこと、それぞれにメッセージを記し、それも絶対走り書きにならないよう注意し、さらにイベント出店時などに出版社から譲ってもらったチラシやカタログなども注文された本との相性を考えながら同封する。

サイン本は新刊だけでなく、既刊の注文も同時に受け付けており、小谷さんは「既刊が大事なんですよ」と最近ではなかなか聞けない言葉を発する。

たびたび葉々社さんのwebShopに注文をするお客さんも多く、そうしたお客さんの地元に伺った際に顔を合わせることもある。

「丁寧にやること」を小谷さんは毎日言い聞かせて仕事をしているそう。

私も明日からそう言い聞かせて仕事に励もうと思う。

3月3日(火)怒り心頭

午後、立喰いそば梅市でゲソかき揚げそば(690円)を食べた後、青土社のエノ氏を覗く。なにやら怒り心頭で返品と格闘していた。

3月2日(月)バックヤード

待望の原稿が届く。どんなに売れる企画も原稿がなければどうにもならない。すべては原稿から始まる。

今月いっぱいで閉店となる中井の伊野尾書店さんに『本屋の人生』のサイン本を作りにいく。

地下にあるバックヤードで伊野尾さんと話すのもこれが最後になるのだろうか。コミックの在庫と付録の残りが積まれたこのバックヤードで、どれほど伊野尾さんから物事を教わったか。

3月1日(日)レディアに罪なし

あんな日の翌日だけれど美園イオンのユニクロへ浦和レッズのマスコットキャラクターであるレディアの刺繍をオーダーしていたYシャツを受け取りにいく。

レディアに罪はない。

2月28日(土)恥辱

鹿島アントラーズに屈辱的な敗戦。鹿島に負けるだけで屈辱なのに、50000人を超えるホーム埼スタで2対0からの逆転負けは恥辱以外の何者でもない。

悔しくて涙が止まらない。新見沼大橋を立ち漕ぎで帰る。

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