第3話 そして寅雄がやってきた

 新しい猫を飼うのに、もちろん、島内で猫の保護活動をしている人のところから猫を譲り受けることも、考えた。けれどもその場合は完全室内飼育が引き取りの条件となっている。そりゃあ、そうだよな。正しい対応である。けれども室内......かあ......。私はともかく片付けられない人間なのだ。床に物が散乱している。ここで猫が走り回ったりできるだろうか。

 知人はやはり一人暮らしの女性なのだが、遊びに伺ったら本当に物を置かないミニマルな暮らしを実践していた。その後彼女は猫を飼うことになるのだが、本棚をプラ段でぴっちり覆っていた。猫は元気に室内を走り回っていたけど、室内はなんの影響も受けないくらい完全にシールドされていた。お見事、である。そこまでできればいいのだがなあ......。

 なかなか新しく保護猫を引き取る決心をつけられないまま、ノアールが亡くなって半年経たずに、シャアがヤギ舎の大家さんの納屋に来るようになる。納屋は開けっ放しだし、ごちゃごちゃしているからなんだかんだで野良猫が立ち寄りやすいのだ。

 納屋と自宅が完全に独立していて道路を挟んでいることも大きい。野良猫だけでなくタヌキもネズミも蛇だって来てるくらいだ。そこへ行くと私の家は敷地自体があまり開放的でないし、納屋と自宅がくっついているので野良猫が納屋に気軽に立ち寄れるようにはできていない。

 白地に黒のぶち猫シャアはその名の通り、いつまで経っても誰にも慣れなかった。大家さんがそっとフードを置いておくと、食べているようだがすぐにシャアアアッと唸り声をあげて逃げてしまう。シャアをなんとかして慣らしたい。私は上着にフードやチュールを入れて、外に出ては、シャアを見かけると餌を置く。お腹を空かせているシャアは餌を気にしながらも、私を睨みつけてシャアアアアアっとうなり続ける。

 最初のうちはそれでもいつか慣れてくれるかもしれないと思っていたのだけれど、夏を越してもまるで変わらない。チュールを使ってギリギリ腕をいっぱい伸ばして差し出したところで食べてくれるまでにはなったけど、そこからの距離は全く縮まる気配がなかった。少しでも触ろうとすれば、シャアアアアっと叫んで走り去っていく。子猫の頃に人間に酷く嫌な目に遭ったのだろうか。もうこの猫は人を信用してくれない。ずっと慣れてくれないのだろうと諦めた。

 とはいえ納屋を中心としたこの辺り一帯で、今はシャアが一番偉いのである。他の野良猫もチラチラと姿は見せるが人間がウロウロしているときに納屋の中や畑の中に堂々と入っているのはシャアしかいない。シャアが君臨する限り、他の猫を慣らすのは難しそうだ。ヤギ舎の大家さんは、納屋に出るネズミをとってくれればそれで良いと割り切ったようで、人慣れしないシャアに毎日餌をやり続けていた。その餌を目当てに猫だけでなくタヌキまで出入りしているのだが、それも一向に構わないらしい。

 そうこうするうちに、秋の深まりと共にシャアが禿げてきた。どうも皮膚病になったらしい。相変わらず近寄らせてくれないのでよく見えないが、爛れているようにも見える。もう少し慣れてくれたら病院にも連れて行ってやれるのだが、具合が悪くなってより一層警戒心が強くなっているようにも見えた。

 そうして冬になり霰が降ってきた夕方、シャアがとうとう折れた。私の軽トラの横でうずくまって悲しげに泣き叫んでいる。助けてくれ、もうダメだと言っている。本当にそう聞こえた。

 近づいていっても逃げない。もうボロ雑巾のようにグズグズのズタボロになっていたので、手袋をしてから抱き上げた。迷ったけれど、私の家の納屋に連れていった。シャアは、え、あ、家に入れてくれるんじゃないんですか?と私の家に入りたそうなそぶりを見せたが、いやお前、流石にそれは無理だよ。納屋で寝なさい納屋でと、諌めた。

 私の家の納屋は前述のとおりちょっと変な立地になっていて、ヤギ舎の大家さんの家の納屋のように動物たちのオープンスペースにはなりえない。とてもクローズドな場所だ。ノアールは私の家に出入りするようになったあとで、納屋にも出入りするようになった。その辺の野良猫が気軽に立ち寄るようなことはまずありえない。だから病気の野良猫がひっそり休むには、適しているとも言えた。発泡スチロールとダンボールで暖かい家を作ってやった。

 それから数日、シャアはうちの納屋で寝つきながらご飯を食べて水を飲んで、ウンコする時だけは律儀に納屋の隣の物干し場に出ていた。土はカチカチで掘れないので物干し場はうんこだらけになった。意外なことに健康そうなウンコをしていた。素手で触るのが憚られるような病態になっていたけど、シャアは打って変わって私に愛想を振り撒くようになった。トイレの窓を開けると納屋につながっているので、トイレに入るたびにシャア?と呼びかけると、ニャアと返事を返してくれる。遅いんだよ、お前......。

 けれどもやっぱり病状は相当悪かったらしく、程なくして丸一日唸り叫んで亡くなった。かなり苦しそうだった。猫は獣医に連れて行かないと本当にすぐ死んでしまうのだと、後から猫好きの友人に教わった。ノアールの時のような悲しさはなかったとは言え、病気の猫を看取るのはなかなか、重苦しい経験ではある。

 猫というのは死に際に姿を隠すと言われていて、ノアールも隠れたがっていた。しかしそれは飼い猫の場合であって、野良猫の場合は死に際に人恋しくなるのだろうか。ちょうど同じ頃にヤギ舎の大家さんの納屋に時々ご飯を食べにきていた灰色の猫も、納屋の中の目立つところで死んでいたそうだ。

 次にこの辺りに猫が来てくれたら、私が飼い主になって、ちゃんと飼いたい。獣医にも連れていきたい。そのためにもどうか私に懐いてくれますように。もうこればかりは運、である。どんな猫が戦いを勝ち抜いてこの辺りの主となるのか。いや、別に勝たなくてもいいんだ。うちに来てくれれば。誰かうちにおいでよ。なるべく小さいうちに。病気になったり他の人間に虐められないうちに......。

 そうして春がやってきた。ふにゃふにゃでみずみずしかった若葉が、陽光を浴びてしっかりと青みが増す頃、突然寅雄が現れた。しかも私の家にだ。子猫と成猫の間くらいの大きさだろうか。キジトラ柄で顔立ちがシュッとしている。

 よくきたね。すかさず家に入ってフードとチュールを掴み、玄関前に小庭の径に置く。ぴゅっと逃げかけたけれど、フードが気になって道路のまん中で止まってこっちを見ている。さあさあ、食べていいんだよ。いつでもおいでね。一生懸命話しかけると、そろそろ近づいてきてコリコリとフードを食べ、そして地面に垂らしたチュールを食べてくれた!!

 初対面でこんなに慣れてくれるなんて......。この子はあまり人間に警戒心を持っていない。嫌な目にあったこともないのかもしれない。健康そうだし、すぐに慣れてくれそうだから、そうしたらケージに入れて獣医さんのところに連れて行こう。

 その日の晩には、はやる気持ちが押さえきれず、パソコンを開いて猫用のケージを見繕ってカートに入れた。

 ところが。

 それからキジトラ猫はピタリと姿を現してくれないのだった。待っていても来ないので夕方、チュールを持ってヤギ舎の大家さんの家の納屋を巡回したり、猫の鳴き声に耳を澄ませては外に出てみたりするのだけれど、キジトラ猫はどこにもいないのである。シャアなんかシャアシャア怒ってた割には毎日夕方になるとこの通りに出没していたのに。


 もしや猫が来て欲しいあまりに幻覚でも見たのだろうか。あれからかれこれ二週間も経ってしまっている。さす・がに・もう・ダメ・だろう。期待していた分、悲しみも深い。もう他にいい飼い主を見つけてしまったのだろう。死んでしまうよりはいいかも。

 あまりにも悲しいのでYoutubeを開いて中島みゆきの「かもめはかもめ」を召喚して流す。

 あきらめました あなたのことは もう 電話も かけない

 なんと沁みる歌詞だろう。猫に電話をかけることはできないのだが、それでもいい。声を出して歌ってあきらめよう。しかしこれ、ストーカーを卒業するための歌にも聞こえるなあ。猫ストーカーとは浅生ハルミンさんはよく命名したものだ。

 すっかりあきらめモードになった翌日の夕方。ヤギの世話から帰ってきて唐揚げを揚げていたら、ジュウジュウと油の爆ぜる音に混ざって猫の声が聞こえる。んんん? 目を挙げるとガス台の上の窓に何か薄茶色のふわふわしたものが写っている。え?? どういうこと?? がらりとガラス窓を開けてみると、網戸にあのキジトラ猫がスパイダーマンのようにべったり張り付いているではないですか。いきなり網戸越しに猫の開きがドアップだ。ええええ??

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