旅する本の雑誌 試し読み

2017年7月の水害で大きな被害を受けた久大本線ですが、日田市の鉄道橋・花月川橋梁の工事も完了、7月14日に全線復旧しました。日田の映画館主・原茂樹さんの案内による、日田の町にどっぷり浸かる本好きのための2泊3日ガイドをどうぞ!

〈旅する本の雑誌 地域別2泊3日ガイドより大分編〉
ひたむきな日田の町で、浸る。  原茂樹(日田シネマテーク・リベルテ)

 僕は、大分県日田市という人口7万人にも満たない小さな町で小さな映画館を経営している。こんな小さな町に映画館がまだ存続できているのは、ちょっとした奇跡。それは、日本の歴史を支えてきた〝土地の力〟のお陰でもあるのだろうし、なによりお客さんがいてくれてこそ。お陰様でしかない。そんな僕が住む町、日田の案内をしてみようと思う。

 2017年の水害で不通となった線路がようやく復旧したのでJR九州の久大本線を利用してもらいたい。日田駅を降りたらそのまま真っすぐ南下し突き当たりまで行くと現れて来るのは、太古から日田の生活を支えてきた大河、三隈川。時を忘れるその美しさに浸る(日田る)。ちょうど、映画『男はつらいよ 寅次郎の休日』で寅さんが甥っ子の満男(吉岡秀隆)と出会うあの場所に着く。ヒロインは後藤久美子と夏木マリ、寅さん新シリーズを模索する山田洋次監督の挑戦作の舞台だ。その美しい川をぐるりと散歩。

kangien.jpg

そして、すぐ近くにある店で名物日田焼きそばを食べ、今度は駅から逆方向へ10分ほど歩くと、直木賞作家・葉室麟「霖雨」の舞台、咸宜園(かんぎえん)にたどり着く。江戸時代を感じる町並みの豆田町の入り口に位置する、当時日本最大級の私塾だ。体制側から圧力を受けても静かに辛抱し、人を生かそうとする道でしか世の中は変えられぬと、ひたむき(日田むき)に、人のために生きた兄弟がいたことを知るだけでも気分が晴れる。その末裔は、現県知事であるのも頷ける、世の中のための活動。僕の映画館のお手本のような咸宜園の概念は、現在日本遺産にも登録され、資料館になっている。三隈川といい、咸宜園といい、この包み込まれる安心感は一体なんなのだろう。その心地よさが、明日への気力になってゆく不思議。

 この日の最後は民藝の創始者である柳宗悦の名著「日田の皿山」の舞台、小鹿田へ。1日に3本出ているバスに乗るもよし、レンタカーを借りるもよし。市内から車で30分ほどの山間部に昔のままの陶芸の里がある。柳たちが訪れ感激した、あの時からほぼ変わっていない自然と共に生きる人々の暮らしや仕事が広がる景色を堪能しつつ、10軒ある窯元を順番に見て好みのお皿を買い求めよう。ほぼ窯元しかいない集落で、登り道添いに隣り合わせに家があり、すぐに全体を回れる。原始的な営みに触れ、経済社会についても考えさせられる。夜には市内に戻り、「ひたん寿司」という野菜寿司を食べる為に「おこぜ」へ。ここのお寿司は要予約。日田の野菜を用いてひとつひとつ丁寧に作られたそのお寿司は宝石のように美しく、美味しい。 お宿は観光地である豆田町に新しくできた「水処稀荘(すいこまれそう)」に。シャレの効いた名前からは想像できない凛とした内装と居心地。1日1組限定、一棟貸しの為、ゲストを大切に、暮らすように過ごしてもらいたいと願う気持ちを感じる新しい宿だ。

 次の日は、朝の豆田町を散策しながら15分ほど歩き、我が映画館、日田リベルテへ。こだわりのオリジナルブレンド珈琲を飲みながら、こだわりの作品をモーニングショーで鑑賞。映画館が町にあることの色んな意味を体感してもらいたい。開館時からの同志である焙煎士・豆香洞コーヒーのマスターは、焙煎の初代世界チャンピオンに輝く。

きりこめし

映画の余韻を引きずりながら、日田駅まで10分ほど歩き、駅前の大衆食堂・寳屋へ。ちゃんぽんが絶品だが、今回は林業を考える団体ヤブクグリが作るユニークなお弁当、きこりめし弁当を食べる。真ん中にドドンと乗っているのはごぼう。そのごぼうを切って食べるために、箸袋には木製のノコギリも入っている。箸袋には林業の現状を取材した記事が印刷されていて、美味しい上に微笑んでしまう、それでいて森のことを考える素晴らしいプロダクトだ。包みのデザインが素朴で力強くあるのもうなづける、ヤブクグリには画家の牧野伊三夫氏も関わっているのだ。女将さんの笑顔も日田名物なのでぜひ一緒に味わってほしい。

 それから、駅前のバスセンターからバスで15分ほど揺られ、人気漫画「進撃の巨人」の作者、諌山創氏の出身地でもある大山町へ。「木の花ガルテン」という大山町農協が運営する農産物直売所には、旬の野菜はもちろん、その野菜から作られる軽食やジャム、梅干しや柚子ごしょうなどの加工品が揃う。夜まで地元のおばちゃんたちが毎日作る80種類ほどの料理を堪能できるバイキングでゆっくり晩御飯を食べる。そもそも野菜自体が美味しいので、普通の家庭料理だが何を食べても美味しいと県外からのお客様も絶えない。今日は、三隈川を見渡せる旅館街の宿に泊まり、日田の地酒(3社ある)を、さきほど買った小鹿田のうつわで。優雅で壮大な三隈川を見ながらの晩酌は格別。温泉も付いているので、身体の疲れも癒せて、嗚呼至福。

 最終日は、日本を代表する日田出身の純粋抽象画家・宇治山哲平の作品を観に、まずは日田市複合文化施設「アオーゼ」で所蔵品を鑑賞。それから市役所や、宇治山さんの菩提でもある大超寺の襖絵を観て、照蓮寺にある欄間絵を。市内をめぐる循環バスを多用すれば、午前中で回れる。こんなイカしたお寺がある日田を感じると、またお寺の概念も変わってくるかもしれない。

 最後の食事もこだわりたい。美味しいうどん屋「けんちゃんうどん」へ。地元の人でお昼時にはすぐに満席になる理由は、食べると分かる。また明日も食べたくなる美味しさだ。お昼からまだ時間があれば、三隈川の名前の由来である、日隈、月隈、星隈と名付けられた、古代のシンボル日田三丘を訪ねる。天体の名前がついた鎮守の森を味わうことで、夜明や天ヶ瀬など、日田には天や太陽などを表す地名が多いことに気づく。もしかしたら、文字のなかった時代から何か特別な場所だったのかもしれない。そう思えるだけで、旅に時間を超えた深みが出る。旅から帰った後もこの地に思い馳せながら、日田の土で作られたうつわで酒を呑もう。いつもよりちょっとだけ美味しいのは、人の心がなせる技。そして心がほぐれると、明日からも頑張れるものだ。僕が住むこの街に、みなさんをご案内したい。その時は字数制限がない日田の魅力を堪能してもらえれば、本望だ。

※原茂樹さんが支配人兼映写技師を務める日田シネマテーク・リベルテは、「九州のおへそ、大分県日田市という小さな町にある、小さくて自由な映画館」。JR九州九大本線・日田駅から歩いて13分ほど。http://liberte.main.jp/index.html

各地の本好きが自信を持って薦める地域別2泊3日ガイドに、達人の綴る旅エッセイがぎっしりの『旅する本の雑誌』→詳細はこちらからhttp://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114167.html