『羊皮紙をめぐる冒険』

著者:八木健治

定価1980円(税込)

2024年11月29日発売

中世ヨーロッパの製法に従い 日本の風呂場で羊皮紙を作る

 

「ローマの学者プリニウスによると、古代ペルガモンの人が「動物の皮を紙にしよう」と思い立ったという。この皮を見ながら、どこをどうしたら紙にしようという発想が生まれるのか不思議でしょうがない。」(本文より)

独学で製法・文化を探究し、羊皮紙発祥の地ペルガモンの職人に認められる世界的専門家になった著者の奮闘記。

四六判並製 236ページ
ISBN 978-4-86011-494-7

[目次]

独りの羊皮紙職人が世界の羊皮紙家族に出会うまで
第一章 羊皮紙づくりのプレリュード
第二章 自宅の風呂場が工房に! 試行錯誤の羊皮紙づくり
第三章 よりよい羊皮紙を目指して
第四章 羊皮紙研鑽の旅
第五章 大英図書館での羊皮紙研究
第六章 羊皮紙の聖地ペルガモンへ
第七章 そして「羊皮紙専門家」へ
【巻末付録】「犬ガムで羊皮紙づくりプチ体験」

[著者プロフィール]

八木健治(やぎ けんじ)
羊皮紙工房主宰

自宅の風呂場でひつじの毛を剥ぎ羊皮紙を作ることから出発し、現在は羊皮紙の販売、羊皮紙写本等の展示、および羊皮紙や写本に関する執筆・講演等を中心に活動。
『羊皮紙の世界』(岩波書店、二〇二二年)、『羊皮紙のすべて』(青土社、二〇二一年)、『映画で味わう中世ヨーロッパ』(分担執筆、ミネルヴァ書房、二〇二四年)、『図書館情報資源概論』(分担執筆、ミネルヴァ書房、二〇一八年)、『モノとヒトの新史料学』(分担執筆、勉誠出版、二〇一六年)をはじめ、羊皮紙や書写材に関する文章を多数執筆。西洋中世学会会員。



[はじめに──ミステリアスな紙・羊皮紙]

宝の地図

 冒険―。
 秘宝を求めて数多の困難を乗り越えながら、地図や手がかりを頼りに、その宝を手にする。
 私の少年の頃の憧れだ。中でも心奪われたのが、ハリソン・フォード主演の映画『インディ・ジョーンズ』シリーズ。エキゾチックな中東の街や、岩をくりぬいて作られたミステリアスな神殿、秘宝を求めた冒険に次ぐ冒険が、中学男子の心を掻き立てた。
 冒険ストーリーにつきものなのが、「宝の地図」。いつどこで知った単語なのかわからないが、宝の地図と言えば「羊皮紙」というイメージを持っていた。
 でも実際に「羊皮紙」なんて見たこともないし、そもそもあまり考えたこともない。映画のキャラクターと同様に、羊皮紙も「映画やゲームのアイテム」として、実在するかどうかさえ意識に上らなかったのだ。
 逆に、現実から離れていれば離れているほど憧れはつのる。宝の地図と言えば「羊皮紙」を連想するように、羊皮紙と言えば「宝の地図」、「未知の世界への道しるべ」、「神秘的な魔法のアイテム」というイメージを自然と持つようになった。

羊皮紙とは

 そんなイメージのある羊皮紙だが、「冒険・ファンタジーアイテム」ではなく実在する。かならずしも宝の地図ではなく、多くの場合一般的な「紙」として―歴史を通して使われてきた実用品だ。一五世紀半ばにグーテンベルクが活版印刷術を開発するまで、多くの書物は「羊皮紙に手書き」で作られてきた。このような書物は、「人の手で書き写された本」として「写本」と呼ばれる。「写本」と言うと、私たちが通常読むような冊子の本をイメージする方も多いと思うが、英語で言うと「Manuscript」(マニュスクリプト)。ラテン語起源のことばで「手で書かれたもの」を意味する。つまり、冊子であれ巻物であれペラ物であれ、手で書かれた文書はすべて「マニュスクリプト」=「写本」なのだ。
 一文字ひと文字手書きの写本は、必然的に高価で貴重。単なる情報伝達のツールではなく、多くの場合極彩色で彩られ、宝物のように扱われた。このようなものは、「彩飾写本」とも呼ばれる。
 そもそも羊皮紙は普通の「紙」ではない。簡単に言うと、動物の皮から毛を剥ぎ取り、平らに伸ばして乾燥させたもの。さらに言うと、化学的に柔らかくする「なめし」処理をしていないため「レザー」とも異なる。また、日本では漢字で「羊皮紙」と書くので「ひつじの皮」だと思うのが自然だが、実際にはひつじだけでなく、山羊や仔牛からも作られるというからややこしい。
 では羊皮紙は、いつ頃から使われているのだろう。
 古代エジプトやメソポタミアなどでは、パピルスや粘土板以外に動物の皮も物書きに使っていたそうだ。「羊皮紙の起源」について、紀元一世紀ローマの学者で政治家のプリニウスが次のように記している。

 プトレマイオス王とエウメネス王の間で図書館についての争いがおこり、プトレマイオスはパピルスの輸出を停止し、そのためペルガモンにて羊皮紙が発明されたとウァロは伝えている。その後、この素材が一般に広まり、人類の不滅性が確立した。(プリニウス『博物誌』一三巻二一章七〇節、著者訳)

 当時、エジプト北部のアレクサンドリアという都市に大図書館があり、世界一の規模を誇っていた。そこに、小アジア半島の新興国であるペルガモン王国も「アレクサンドリアに負けてたまるか~」と図書館を作る。当時は本(パピルスの巻物)が稀少だったため、特に「人気作家」であったアリストテレスの書物を巡る争奪戦が起こった。本を書くための「用紙」であるパピルスを独占輸出していたエジプトとしては、わざわざ競争相手に供給するのもしゃくに障る。その結果、ペルガモンにはパピルスが入らなくなり、「代用品」として動物の皮を使った羊皮紙が誕生したとのこと。動物の皮であればもうエジプトに頼らなくてもよい。しかも皮は丈夫だ!ということで羊皮紙の書物が広まった。
 その後死海文書に代表されるヘブライ語聖書が羊皮紙に書かれ、さらには中世ヨーロッパで極彩色の写本文化が花開き、イスラム世界でも荘厳なコーランの文字が羊皮紙の上に踊った。日本では早くから植物繊維から作る紙文化だったのに対し、中東やヨーロッパではその歴史の大部分が「羊皮紙文化」だったのだ。

さあ、羊皮紙探究の冒険へ

 映画などで見聞きしてはいた羊皮紙だが、私が初めて「羊皮紙」というものを意識したのは二〇〇六年。この本で後述するあることがきっかけだ。動物の皮で作った紙──体どんなものなんだろう。見知らぬ地への憧れを抱くように、このミステリアスな「紙」への理想は高まるばかりだった。
 これはそんな不思議な「紙」、羊皮紙をめぐる物語。
 つのる憧れを追ってゆくと、ガッツリ現実が待ち構えていた。悪臭に抱かれながら風呂場で毛を抜き、羊皮紙と中世の写本を求めて世界を旅する。追究すればするほど深まる疑問と高まる好奇心。そんな終わりのない旅の実体験をつづる。

 さあ皆さんも、羊皮紙づくりをしてみませんか?と呼びかける気は毛頭ないが(と言いつつ巻末付録でおすすめしてる)、そんな一人の物好きが本気で取り組んだ羊皮紙の探究をお愉しみください。

« 前のページ | 次のページ »