【今週はこれを読め! SF編】宇宙海賊よりこのオンナのほうがヤバい!

文=牧眞司

  • ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)』
    ジェイムズ・L・キャンビアス,Rey.Hori,中原尚哉
    早川書房
    2,884円(税込)
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 宇宙海賊と聞いて、あなたはどんなイメージが浮かぶだろうか? キャプテン・ハーロック、コブラ、ブラスター・リリカ。ベテランSFファンなら《レンズマン》の敵役ボスコーンや、A・バートラム・チャンドラー《銀河辺境》でグライムズ船長が闘う一味、あるいはジェイムズ・マッコネル「お祖母ちゃんと宇宙海賊」のユーモラスな面々を思いだすかもしれない。ぼくはSF雑誌の表紙で見た、片手にレイガンを持ち、口に計算尺(!)を咥え、いままさに獲物の宇宙船へ乗りこもうとしている荒くれ者の姿が忘れられない(調べてみたらマレイ・ラインスターの作品が掲載された〈アスタウンディング〉1959年2月号らしい)。ロマンだなあ。だいぶアナクロだけど。

 現実の宇宙開発は大がかりなプロジェクトで政治的駆け引きや軍事的思惑やビジネス採算性など、まあ、いろいろとヤヤこしく、かつてパルプマガジンに横溢していたようなロマンは期待できない。そんな時代に、ぬけぬけと宇宙海賊の物語を、しかも科学ディテールにもそこそこ目を配りながら紡いでみせたのが『ラグランジュ・ミッション』である。スカーッと面白い。

 のっけから宇宙海賊と軌道軍との鍔迫りあいだ。時代は2030年。核融合用のエネルギー資源ヘリウム3が、月面の採掘現場から地球へと無人輸送されている。その貨物船をラグランジュ点L1で待ち受ける海賊機。その機体はエリトリアで登記された会社が「月資源衛星」として申請しており、国際条約上は他国が手出しができない。しかし、貨物船が近づいたとたん、ダミー会社が精算され、資源衛星はどこにも属さない海賊機へと早変わりする。海賊機は無人で、これを地上からコントロールしているのがキャプテン・ブラックを名乗る人物だ。彼はこれまでに二度、ヘリウム3貨物船の略奪に成功しており、その手際の鮮やかさによってネット上では英雄視すらされている。

 軌道軍のエリザベス・サンティアゴ大尉は「補給点検軌道機(略称MARIO)」を遠隔操作して、海賊機の阻止を試みる。宇宙空間での弾薬使用は認められていないため、電子的な攻撃によってターゲットの搭載コンピュータをハッキングするのだ。エリザベスには自信があった。キャプテン・ブラックの手筋を読みきったうえで周到に準備をしていたからだ。しかし、ブラックはまんまとエリザベスを出しぬいて貨物船の命令コードを書き換え、貨物を自分に都合のよい投下コースに乗せてしまう。エリザベスはMARIOで海賊機と差し違えたつもりでいたが、結果的にはただMARIOを失っただけだった。

 キャプテン・ブラックの正体は不明だが、エリザベスは海賊機の外板の落書きに見覚えがあった。「醜い娼婦号」、かつてデビッド・シュウォーツがオンラインゲームで自分の船につけていた名前と同じだ。エリザベスはMITの学生だったときに、デビッドと出会った。偽学生だが才気に富みユーモアのある男。しかも未成年(エリザベスより三歳歳下)。その大胆不敵さに魅せられ、彼女はデビッドと恋に落ちた。しかし、彼が学生証の偽造にとどまらず、巧妙なハッキングを用いた数々の不法行為を微塵の罪悪感もなしにやってのけるさまに呆れ、関係をすっぱり解消する。彼女が諭してもデビッドは態度を改めないし、エリザベスは自分のキャリアを築くことに忙しく坊やのお守りをつづけるつもりはないからだ。

 というわけで、なんと腕利きの宇宙海賊と軌道軍のヒロインは因縁の間柄だったのだ。

 さて、三回目の成功でますます株をあげたキャプテン・ブラックのもとへ、謎の集団からオファーがくる。設備もスタッフも先方が用意するので、いままでとは違った手段で(同じ手段では軌道軍に通じない)ヘリウム3海賊計画を主導してほしい。報酬は略奪した積み荷の五パーセント。この条件は悪くない。しかし、集団の雰囲気がなんともキナ臭い。デビッドは足をすくわれないように周到に策を講じ、集団の拘束を逃れつつ、海賊計画の主導権を握ろうとする。

 一方、エリザベスはMARIOをロストした責を負い、軌道軍から民間企業へと出向の身になっていた。行き先は新しい推進システムを研究しているベンチャー企業イカロス社。おりしも同社は低高度軌道用のローコスト機の実用化を控えていた。エリザベスはチームメンバーの目を盗んで、この機体に兵装を施そうと試みる。そう、彼女は宿敵キャプテン・ブラックとの対決をまだ諦めていなかったのだ。

 現代的なリアリティのもとでは、苦み走った宇宙海賊なんて存在はナンセンスだし、悪党対正義みたいなクッキリした対立が入りこむ余地もない。しかし、キャンビアスはうまいこと設定を整え、ロマンの香気ただよう物語を成立させる。この作品のポイントは、デビッドもエリザベスも一匹狼だということだ。もとより反社会的なデビッドは言うに及ばず、エリザベスもけっこうアウトローです。

 キャプテン・ブラックが組みたてた新しい海賊計画ははたして成功するのか? 軌道軍から外されたエリザベスがいかにして宇宙海賊討伐の現場に戻るか? 前半はこのふたつが焦点だが、物語の半ばで急展開が起きる。デビッドのガールフレンドが惨殺されたのだ。凶器はデビッドが所持していた銃で、彼の指紋がたくさんついている。アリバイはあるか......と言えば、ある。事件があった当時、デビッドはキャプテン・ブラックとして宇宙海賊に精を出していたのだ。もちろん、そんなこと警察に言えるわけもない! 

 また、計画どおりにヘリウム3貨物船のコントロールを奪ったまではよかったが、それから先のなりゆきがどうもおかしい。貨物の投下ルートが予定と違うのだ。謎の集団の目的はヘリウム3の強奪ではないのか? キャプテン・ブラックvs軌道軍の頭脳戦(もしくはデビッドvsエリザベスの因縁の対立)だった物語は、国際的陰謀が絡むテクノスリラーへとギアチェンジ。そこにまた新しい冒険要素が加わる。デイビッドの逃走に手を貸すのは、ヨットを駆って世界をめぐっている女子大生アン・ロジャーズ。ふたりはデビッドの海賊仲間(抜け目がないハッカー)の元へとたどりつくが、その先でまた一波乱が待ち受けていた。

 かたや、エリザベスは軌道が変更されたヘリウム3の積荷をなんとかしようと奔走していた。落下予想地点には複数の人間がおり、時間内での避難はむずかしい。法的な手続きにしたがって対策を打っている余裕もない。ということで、終盤はエリザベスのアウトローぶりがどんどんエスカレートしていく。このオンナ、めっちゃキモが据わっている。つか、目も据わっている。

 デビッドはやらかすことこそ大がかりだが、心根はしょせん「(自動車泥棒でじゅうぶん稼げるけれど)宇宙船泥棒に転職したのは、たんにそっちがかっこいいからさ」とうそぶく程度の悪ガキにすぎない。エリザベスはそれよりずっと豪胆だ。FBI特別捜査官に追いつめられてもどこ吹く風で、ついには人質を盾にして捜査官の銃を取りあげる始末。彼女の言いぐさはこうだ。「最後の一線はもう越えているわ。あとは刑務所暮らしが長くなるか短くすむかのちがいだけ。空軍からは除隊させられた。理由は攻撃的すぎるから。そのうえたぶんアル中で、二カ月セックスしてなくて、いまは感情的に混乱し、強烈なストレスにさらされて、そして生理中。いつでも引き金を引くわよ!」

 彼女が人質に取ったのはデビッドだ。海賊計画を把握している彼がいれば、迫りくる積荷の落下をどうにかできるかもしれない。この時点でデビッドは司法ばかりか悪党たちにも追われる立場になっていたが、エリザベスはその連中とも堂々と渡りあう。デビッドをこちらへよこせと迫る刺客の親玉に、彼女は「じゃあ、ちょっと色をつけてよ」と持ちだす。自分はデビッドを拉致するのに手間暇かけたんだから、そのぶんの手数料を払えという理屈だ。そうね、現金一万スイスフランで手を打つわ。めったなことでは驚かない悪党どもも、これには唖然。このオンナ、頭がおかしいんじゃないのか?

 さて、エリザベスの狙いは? それとも本当にイカれているのか!

(牧眞司)

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