【今週はこれを読め! SF編】まるごと菌糸のアンソロジー

文=牧眞司

  • FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)
  • 『FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー(ele-king books)』
    オリン・グレイ,シルヴィア・モレーノ=ガルシア,飯沢耕太郎,野村芳夫
    Pヴァイン
    1,760円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 キノコをテーマにしたアンソロジーとは、またニッチな企画を考えついたものだ。しかも、そのきっかけは、本多猪四郎監督の特撮ホラー映画『マタンゴ』(1963)だというから嬉しくなる。『マタンゴ』の原作はウィリアム・ホープ・ホジスンの短篇「夜の声」なので、イギリス(ホジスン)→日本(本多)→北米(このアンソロジー)と、怪奇キノコの胞子が伝播したわけだ。

 原書はInnsmouth Free Pressというカナダの小出版社から上梓された。社名に「インスマス」を冠していることからもわかるように、怪奇小説を中心とした出版活動をおこなっている。本書の編者のひとりシルビア・モレーノ=ガルシアが代表だ(というか、たぶんワンマン・オペレーションだろう)。

 さて、『マタンゴ』では、無人島に漂着した男女が、飢えに堪えきれず得体の知れぬキノコを食べた結果、身も心も異形化していった。本書に収められたなかで展開が似ているのは、ジョン・ランガン「菌糸」だ。語り手の青年ジェイムズは、ひさしぶりに自分の生家を訪れる。そこでは変わり者の父親がひとりで暮らしているはずだった。しかし、扉をあけた瞬間から、とても人間が住めるような環境ではないとわかる。ひどい臭いだ。家のなかを探索する過程に、ジェイムズの追想(父親を残して家族が家を捨てた経緯)がかぶさっていく。そして、家の最深部に到達したとき......。

 スティーヴ・バーマン「ラウル・クム(知られざる恐怖)」も、人間を異形化させるキノコを扱った作品だ。そこにマッド・サイエンティストの妄執が絡んでくるあたり、チープなスリルを掻きたてる。しかも、この作品自体が、「失われたゲイ映画のキャラクター案内」なるガイドブックからの抜粋という趣向だ。ヘンに凝っている。

 クリストファー・ライス「パルテンの巡礼者」では、幻覚をもたらすキノコが題材だ。主人公は閉塞した日常をまぎらわす手近なドラッグのつもりで、そのキノコに手を出した。不思議なことにそのキノコを服用した者は共通したイメージを抱くのだ。幻覚のさなか、彼らは干上がった海辺にある廃墟にいる。どうやらそこは異星らしい。しかもトリップのたびに、ヴァーチャルなゲームをプレイしているように少しずつストーリーが進んでいく。ラヴクラフトばりのコズミック・ホラーが、クライマックスで派手な侵略SFへと転調する。

 W・H・パグマイア「真夜中のマッシュランプ」は、文体がラヴクラフトに似ている。ヒ素の月のもとで、古ぼけた肘掛け椅子に座る貴族的な若い娘が、切断された赤ん坊の足そっくりのキノコを皿に乗せている。彼女は、フォークでキノコを差しだしてこう言うのだ。「いらっしゃい。ひと口食べれば、あなたの月の恍惚にも劣らない、茫漠とした光景が見えるわ」。......といった具合で、ごちゃごちゃした修飾語が異様な雰囲気を醸しだす。こういうのが好きなひとには堪らないだろう。

 設定面で凝っているのは、ラヴィ・ティドハー「白い手」だ。キノコから進化した知性体と人類とが共存している別の世界を舞台として、冒険者たちの断片的なエピソードを、スケッチのように連ねる。クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』にたたずまいは似ているが、あれほど濃厚ではない。

 アンドルー・ペン・ロマイン「咲き残りのサルビア」も、人類と菌類とが共存している世界の物語らしい。主人公のデュークは、相棒の越境者(キノコ生物)レッグスとともに、点々と毒キノコが生えるコロラドの丘陵地で、列車を待ち伏せしている。誘拐された真菌症学の第一人者カーロー教授を取り戻すためだ。しかし、列車には強力な警護がついていた。その警護というのが、ああ、なんという巡り合わせ、デュークの元恋人マリベルと彼女が率いるゾンビ集団なのだ。西部劇のパロディのような軽快な作品。

 様式を活かした楽しさでは、カミール・アレクサ「甘きトリュフの娘」も負けてはいない。こちらは登場人物がすべて菌類で、水中船を駆って冒険ありロマンスありの物語。スチームパンクのキノコ・バージョンといったところか。

 ジェフ・ヴァンダミア「屍口と胞子鼻」は、キノコ男を追う探偵という図式で、ハードボイルドの筆致で物語がはじまる。しかし、そのあとの急展開で、あっさりハードボイルドの雰囲気がくつがえる。冗談なのかホラーなのか、一筋縄ではいかない作品だ。

 いちばん先に述べたように、菌類小説とはきわめてニッチな企画だ。しかし、ニッチなだけに条件さえ合えば非常に強い。しっかりと根を張り、たくましく繁茂する。本書を読みおえたあと、私の脳裏はさまざまな種類のキノコでいっぱいになってしまった。ちなみに、この「第1コロニー」と銘打たれた邦訳版は、全二十五作品を収録(さらに詩が一篇)した原書から十一作を選んで訳出したものだ。飯沢耕太郎さんの解説から察するに「第2コロニー」も予定されている模様なので、楽しみに待ちたい。

(牧眞司)

« 前の記事牧眞司TOPバックナンバー次の記事 »