【今週はこれを読め! SF編】超テクノロジーのロマンとショボいサラリーマン生活のミスマッチ

文=牧眞司

  • 再就職先は宇宙海賊 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『再就職先は宇宙海賊 (ハヤカワ文庫JA)』
    鷹見 一幸,NAJI柳田
    早川書房
    704円(税込)
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 このご時世に宇宙海賊とは。しかも、コスプレじみたオネーサンの表紙。怖い物見たさ半分に、薄目で読みはじめたのだけど、いやあ、冒頭で示される設定で瞳孔が開いてしまった。

 月の地下で発見された異星人の超テクノロジー。遺留物のなかにあった文書を解読すると、宝物などではなく不要になった廃棄物だったとわかるのだが、それでも人類にとって素晴らしい恩恵だった。しかし、あまりに超テクノロジーすぎて、リヴァースエンジニアリングはおろかメンテナンスさえできない。つまり、人類にできるのは発見された遺留物を大切に使い、それが機能しなくなったら諦めることだけだ。

 異星由来のテクノロジーにふれ、人類の社会や生活が激変する。この基本設定はラリイ・ニーヴン《ノウン・スペース》やジョン・ヴァーリイ《八世界》を髣髴とさせる。しかし、『再就職先は宇宙海賊』はそこに独自のひねりを加えている。



 いくつもの恒星を支配下に置く強大な恒星間国家を持つ異星人が残した、スーパーテクノロジーのカタマリのような宇宙船を、ワイヤーとアルミパイプでつくった操縦メカニズムでコントロールできるなんてことを、誰が想像できただろう?



 ブラックボックスの超テクノロジーと、ごくありふれた地球の道具の組みあわせ。そのちぐはぐなハイブリッド感が、この小説の基調をなす。

 先述したように、異星の遺留品は使いきったら終わりの「資源」だ。しかし、月の地下以外にも埋まっている場所があるやもしれない。かくして、宇宙の金鉱探しがはじまる。いちばん可能性が高いのは小惑星帯だ。実際に発見して一攫千金を実現したヤツもいる。もちろん、インフラのない未開拓宙域、法の目も行きとどかないとなれば、リスクは限りなく大きい。血湧き肉躍るスペース・オペラの予感! ロマンチシズム!

 そんな宇宙の金鉱探しにやってきたのが、物語の主人公である木戸博之(ヒロユキ)、三十五歳。しかし、彼はタフガイでもアウトローでもなく、北千住にある中小企業のサラリーマンだ。行き当たりばったりで企画書を出したら、勢いだけの社長に採用され、二人の同僚ともども小惑星帯駐在になったのである。しかも、会社は倒産。木戸たちには地球へ戻るための資金すらない。なんともショボい身の上である。

 スペオペの舞台設定に、現代サラリーマンのショボさ。このミスマッチが堪らない。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。ヒロユキが会社の倒産を知り、このまま島流し状態でやがて食べ物はおろか水も空気も尽きると鬱々していたとき、作業中だった同僚が異星の超巨大宇宙戦艦を掘りあてる。これまでに発見されたことのない大金脈だ! ......と思ったのもつかのま、戦艦に見えるのは外見だけで、実際はそう見せかけただけの貨物船だった。しかし、それでも動力源などは人類にとって値千金の発見である。

 あとはこれを地球圏まで運んで権利を確定させればオッケー。しかし、その前に、自分たち三人が生きるための物資を調達しなければいけない。ヒロユキたちは、たまたま近くを通りかかった豪華旅客宇宙船(木星ツアーへ向かう途中だった)スターオーシャン号に救援を請おうとするのだが、なにしろ外見は巨大な宇宙戦艦、しかもコケ脅かしのため操作系が単純化されているせいで通信アンテナがデコイの砲塔と連動していたため、威嚇行為と誤解されてしまう。ただ「食料と水と、医療要員(ナース)を送ってほしい」と頼んだつもりが、それも誤解されて新興財閥の令嬢ナチリスカ・ナースリムがやってくる。

 スターオーシャン号の船長は、ヒロユキたちの目的を令嬢誘拐と思いこみ、ほかの乗客の命を救おうと彼女を人質として差しだしたのだ。お嬢様は宇宙ツアーに退屈しているところだったので、この状況をむしろ楽しんでいるようだが、ヒロユキたちは大慌て。しかし、世間的に見れば、もう立派な宇宙海賊である。

 ちなみに表紙のコスプレ姿がナチリスカさん。なんで、こんな格好をしているかは、作品を読むとわかります。彼女はなかなかの人物で、会社経営、特許出願、証券取引業務などひととおりの知識を身につけている。そのうえ、無邪気でノリノリ。ヒロユキたちも落ちぶれたとはいえ、それぞれ技術者としてそれなりの経験を積んでいる。こういうチーム編成というのが、ちょっとエドモンド・ハミルトンの《キャプテン・フューチャー》みたいですね。ちなみに、ヒロユキはイージー・ゴーイングの主人公で、同僚の二人のうちイギリス人のウォルターはことあるごとにシェイクスピアを引用するがことごとくその引用がまちがっている道化役で、もうひとりの佐々木は萌えオタっぽい三枚目キャラだ。彼らがやりあう、セリフ回しが面白い。SFファンやアニメ・ファンがこそばくなる小ネタも仕掛けられている。

 さて、ヒロユキたちが宇宙海賊と誤解されたのにはもうひとつ理由があった。最近、異星人が残した文献に記されている"蒼き剣"型戦闘艦と同型の宇宙船が、太陽系各所で目撃されていたのだ。それを駆っている連中は黄昏海賊団(トワイライト・パイレーツ)を名乗り、略奪行為を繰り返していた。

 これがやがてヒロユキたちの物語に絡んでくる。さあ、いよいよ、本格的なスペ・オペの幕開け......となるだろうか? それは読んでのお楽しみ。

(牧眞司)

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