【今週はこれを読め! SF編】来歴・由来をめぐるミステリと、惑星間・異種族間との外交問題

文=牧眞司

  • 動乱星系 (創元SF文庫)
  • 『動乱星系 (創元SF文庫)』
    アン・レッキー,鈴木 康士,山之口 洋,赤尾 秀子
    東京創元社
    1,320円(税込)
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 SF賞を総なめにした《叛逆航路》三部作とおなじ宇宙を舞台にした新作。人類世界の中核としてのラドチ圏の統治機構(絶対支配者を頂点とした封建社会)、および独自文化(男女を区別しない)は三部作と同様だが、物語はまったく独立している。

 どちらかというと突き放した視点から"硬く"語られていた三部作にくらべ、本書はいささか情緒的な色彩が感じられる。なにしろ、主人公のイングレイ・オースコルドは二十四歳で、その行動原理はもっぱら「母親に気に入られたい」なのだ。といっても、娘が母に甘えるようなレベルではなく、封建的文化のもと、母の身分が継承できなければ路頭に迷ってしまうからである。母ネタノ・オースコルドは三人の子を養子にしたが、すでにそのひとりは競争から脱落し家を去った。イングレイのライバルは兄ダナックひとりだが、母はどうやら自分よりダナックを評価しているらしい。

 イングレイは一発逆転を狙い、母の政敵エアシト・バドラキムの秘密を握る、エアシトの息子パーラドを流刑地から脱走させようとする。オースコルド家にも家系継承をめぐって競争があるように、バドラキム家にも息子を流刑地送りにするほどの事情があったわけだ。エアシト・バドラキムの秘密とは、バドラキム家の由緒を示す「遺物」である。その遺物が偽物とすり替えられ、パーラドがその犯人とされたのだ。

 ところが、いざ脱走させてみると、その当人は「自分パーラド・バドラキムではない」と言う。イングレイはこの脱走のために有り金すべて叩いていたので、もう崖っぷちだ。苦しまぎれの策で、脱走させた素性が不明の人物(とりあえずイングレイはガラル・ケットという名で呼ぶことにした)を、パータドに仕立ててなんとかしよう。外見はそっくりなので、いけるかもしれない。

 いきあたりばったりのイングレイに、力を貸してくれるのが宇宙船の船長ティク・ユイシンである。ユイシンは見た目は人類と変わりないが、水棲の異星人ゲックで、鰓が発達しなかったせいで故郷にいられなくなって宇宙に出たという事情があった。イングレイはユイシンの宇宙船でガラルを自分の惑星フワエへと連れ帰り、バドラキム家の「遺物」が隠されていると目される自然公園に赴く。

 おりしも自然公園には、考古学調査のため、近隣の惑星オムケムから有力者ザットが来訪していた。ザットにはヘヴォムという随伴者がいるが、ふたりの様子がおかしい。互いに口をきかないのだ。

 ザットはイングレイにいう。

「過去を知ることは、"われわれは何者か"を知ることなのです」。

 この言葉は、『動乱星系』という作品で何重にも変奏されるひとつのモチーフを示している。惑星フワエの起源。人類の発祥。バドラキム家の由緒を証明する「遺物」とその偽物。素性が知れないガラル・ケット。パーラド・バドラキムとガラル・ケットの取り違え。故郷にいられなくなったティク・ユイシン船長。そして、養子としてオースコルド家に迎えられたイングレイ自身。そう、これはアイデンティティをめぐる物語なのである。

 いっぽう、ストーリー面では、ザットが殺害されて急展開を迎える。第一発見者はイングレイである。状況証拠からガラルが逮捕されるが、その身分がきわめて微妙なので事態は混迷する。つまり、ガラルは流刑地からの脱走者なので流刑地へ戻すべきの理屈もあり、殺害されたザットが所属するオムケムにすれば身柄をこちらへ引き渡せということになる。さらに、ゲックの大使がそこに割りこんでくる。ガラル・ケットは流刑地に送られた時点で法的には死人と見なされる。ガラルはティク・ユイシンの宇宙船の積荷であり、その宇宙船はゲックから盗まれたものである。すなわち、ガラルはゲックのものだ。

 ゲックには人類の理屈は通用しないし、条約を盾に取られるとよけい反論はむずかしい。オムケムの主張にせよ、ゲックの主張にせよ、外交問題が絡んでくる。

 もちろん、イングレイにとっては、自分の命綱であるガラルを手放すわけにはいかない。そこで、またユイシン船長の手を借りて一計を案じる。しかし、ライバルのダナックは、イングレイの動きに目を光らせているようだ。母ネタノが事態をどう見ているかもよくわからない。

「母の歓心を買いたい」というイングレイの個人的動機ではじまったことが、隣接惑星の政治的緊張、異星人との価値観や論理の齟齬のレベルへと繰りあがっていく。もう後戻りはできない。そして、「遺物」すり替えの謎、ザット殺害の謎はどう決着するのか、ミステリ的興味も物語を牽引する。もうひとつの面白さは、水棲異星人ゲックの生態だ。

 ゲックの大使は、イングレイとガラルにこんな告白をする。



「わたしとともに泳ぎきった孵化きょうだいのなかに、人間がひとりいた。彼男の娘が、ティク・ユイシンの母親だ。わたしにとって彼女は、一孵(ひとかえ)りのきょうだいも同様だった。この意味がわかるだろうか? (略)人間は、孵化幼生が死ぬと嘆き悲しむ。彼女も幼生がまったく泳ぎきれずに打ちひしがれ、わたしも彼女とともに悲しみにくれた。意味がわかるだろうか? わたしたちは人間がゲック界で生きられるように変え、今度は人間がわたしたちを変えた」



 引用中の「彼男」とは、ラドチ宇宙特有の呼称であり、男女区別がないなかで、あえて男性を示すときに用いられる。大使の告白によってティク・ユイシンの来歴がうかがえると同時に、人類とゲックの過去に、あまり幸福とはいえない関わりがあったことがわかってくる。本書のストーリーには大きく関わってこない部分だが、こうやって背景が設定されていることが作品に奥行きを与えている。

(牧眞司)

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