【今週はこれを読め! SF編】間口が広い物語と、ロジックの通った展開
文=牧眞司
松崎有理は現代日本SFの良き中庸といえるだろう。テーマと表現の両面で先鋭に走らず、かといって定型化した小説パターンで流すのでもなく、独自性があって間口の広い作品をコンスタントに発表している。本書は五篇を収めた短篇集。
収録作品のうち、AI普及後の社会のありさまを描く「イヴの末裔たちの明日」と刑務所内で組み立てられたタイムマシン実験の顛末「未来への脱獄」は、アンソロジー初出のときに取りあげた。
http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2019/01/08/144902.html
http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2019/11/12/172237.html
伝統的なSFのアイデア分類でいえば、前者は未来SFあるいはロボットSFで、後者はいっぷう変わった時間SF。傾向はまったく異なるが、個人視点のストーリーで読者の関心を牽引しながら、納得のいくロジックをたどって意外な(あるいは皮肉な)結末へと導く展開は共通している。
ほかの三篇でも、そうした物語の水準は貫かれている。
「ひとを惹きつけてやまないもの」は、南北戦争時代の秘宝のありかを示した〈ビール暗号〉をめぐる十九世紀の物語と、数学上の仮説〈ビール予想〉をめぐる二十一世紀の物語が並行して語られる。どちらのパートもノンフィクション的な面白さで読ませるが、小説全体としては両パートの対照でテーマ面(それがタイトルの「ひとを惹きつけてやまないもの」だ)の深みが生まれる。そして、二十一世紀パートが途中で侵略SF・破滅SFへとギアチェンジして吃驚。
「まごうかたなき」は、神話的ファンタジイ。村の近くにあらわれた人食いの妖怪を退治するため、介錯人と呼ばれるエキスパートが招聘された。介錯人は自身が妖怪と闘うのではなく、村のなかから選ばれる五人の決死隊員に武器を与え、妖怪の元へ導くだけだ。選ばれた五人は、仮面の男、村で孤立している妻帯者、失恋したばかりの青年、流れ者の殺人者、十二歳になる前の少年。それぞれ事情を抱えているらしい。また、妖怪の正体もよくわからない。なんでも、妖怪を退治すると、死相は退治した者の顔になるという。果たして五人のうち、誰が妖怪を倒し英雄となるのか? それとも......。
「方舟の座席」は、地球周回軌道上の宇宙ステーションが舞台。地球はエイリアンに蹂躙され、ステーションの滞在権を手に入れたのは、ひとにぎりの大富豪、そして大富豪が指定した特別ゲストだけだ。特別ゲストと言ってもけっきょくは囲い者である。なかには納得してその立場を受けいれた者もいるが、主人公の大学生・【麗/れい】は気づかぬうちに連れてこられた。別に乱暴されるわけではなく、汎用AI搭載ロボットによって丁重に世話をされるが、自由はない。こんなところにいてたまるか! しかし、脱出の方法は? そして、脱出して行く先は?
ストーリーは麗の感情に沿って進むが、限られた条件のなかで麗(そして彼女の手助けする仲間、高級娼婦のアッシュとプロ愛人のジョーンズ)が選ぶプランは理詰めだ。そこがアクション映画的スタンドプレイとは一線を画す、松崎作品らしい味わいと言えよう。
(牧眞司)