【今週はこれを読め! SF編】蜘蛛の糸で覆われ滅びゆく古都を描く坂永雄一の新作

文=牧眞司

大森望編『NOVA 2021年夏号』(河出文庫)

 オリジナル・アンソロジー・シリーズ《NOVA》、ひさしぶりの刊行である。貴重なSF短篇発表の場なので、待ち望んでいた読者も多いだろう。短篇集は売れないというのが出版界の常識のように言われて久しいが、ことSFに関しては少しずつ状況が変わっているようだ。〈文藝〉でもSF特集が組まれるくらいくらいなので、いっそのこと河出書房新社で新しいSF専門誌を刊行すればいいのに、などと思う。

 さて、『NOVA 2021年夏号』でいちばんの注目は、寡作で知られる坂永雄一の新作「無脊椎動物の想像力と創造性について」だ。とにかく、蜘蛛の糸で覆われて都市機能を失った京都の景観が素晴らしい。J・G・バラードやトマス・M・ディッシュなどの破滅SFを髣髴とさせるイメージだが、新種の蜘蛛が繁殖するに至った経緯、生態のディテールの描写は、むしろオーソドックスなSFの書法が貫かれている。語り手の建築家が調査のために、事態の中心地である京都大学の研究棟へと向かうなか、過去の記憶が甦っていく。空間的接近と時間的遡行が相即する構成が実にうまい。そして、核心にあるテーマは人間性の脱聖域化だ。古くはスタニスワフ・レム、最近ではピーター・ワッツが取りあげているものに近い。

 酉島伝法「お務め」は、長い廊下がめぐらされた建物のなか、使用人たちにかしずかれ、ただ居室と食堂を往復し、食べて寝るだけの毎日を送っている主人公の物語。変化と言えば、医師に打たれる注射の本数が変わること、ときおり訊ね人が来て持参した服や靴についての意見を聞かれることくらいだ。この人生はなんのためにあるのか? さざなみのような不条理感がつづく一篇。

 柞刈湯葉「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は、月面で虚しく消耗していくだけの戦いをシニカルに描く。この題名は言うまでもなく、ビートルズの有名曲にちなむものだ。一行目が「月面の丘に腰掛けて、地球が回るのをただ見ていた」というのが洒落ている。

 高丘哲次「自由と気儘」は、一匹の猫だけを収蔵品とする記念館の館長を務める私(語り手)の物語。猫は大物実業家だった主人が遺したものであり、私は先の戦争で日本軍が試作に成功した唯一のゴーレムである。猫と私のあいだには共感も交流もない。淡々とした日々のなかで、私は猫という生き方について思いをめぐらせる。

 斧田小夜「おまえの知らなかった頃」は、格差と人種差別が蔓延る閉塞的な近未来の中国社会が舞台だ。体制に順応できない天才ハッカー高水月(ガオシュイユエ)が、一介の工場労働者の立場から世界をくつがえそうと試みる。主軸となるのは若き日の高水月の物語(過去)だが、それと平行し、彼女と放牧民のあいだに生まれた少年の物語(現在)が綴られる。少年は土中から謎めいた妖怪の像を掘りだし、これが作品全体にマジックリアリズムの色調を与えている。

 そのほか、オリンピックの空騒ぎを題材にした高山羽根子「五輪丼」、堺三保監督の短篇SF映画を池澤春菜がノヴェライズした「オービタル・クリスマス」、新井素子の《神様》シリーズの第二弾「その神様は大腿骨を折ります」、乾緑郎の《機巧のイヴ》スピンオフ「勿忘草」、メタフィジカルな設定から自由意志の根拠を問う野崎まど「欺瞞」など、話題作を収録。全十篇。

(牧眞司)

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