【今週はこれを読め! SF編】立ちこめる頽廃と情念、先鋭SFが描く酷薄美

文=牧眞司

  • 感応グラン=ギニョル (創元日本SF叢書 18)
  • 『感応グラン=ギニョル (創元日本SF叢書 18)』
    空木 春宵
    東京創元社
    1,980円(税込)
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 平安朝を舞台とした言語SF「繭の見る夢」で、第二回創元SF短編賞を受賞した空木春宵の第一短篇集。デビューから十年、待ち望んだファンも多いだろう。

 この作家は雰囲気の醸成が抜群に巧い。架空世界や異空間という言葉ではとても足りないほど、作品固有の匂いや陰影が際立っている。いちばんは卓越した文章力だが、もうひとつは古典文学・幻想小説・ミステリなどの古典を参照し、情景やモチーフを自家薬籠中のものとして活す感覚である。

 たとえば表題作を読んで連想するのは、江戸川乱歩、夢野久作、久生十蘭、谷崎潤一郎といった名前である。昭和初期、どこかに欠損のある少女ばかりを集めた残酷劇の一座「浅草グラン=ギニョル」に、感情をすっかり喪失した容姿端麗な娘、無花果が連れてこられる。彼女は自分の心がないゆえに、他人の思考や感覚を読み、それを別の人間と共有することができた。盆に張った水に墨を一滴落としたように、物語空間に不穏と不安が広がっていく。エロチックでグロテスクな展開を、切ない美しさで描ききった一篇。

「Rampo Sicks」は、同じ浅草を舞台とした後日譚である。閉ざされた一座のなかでほぼ完結していた「感応グラン=ギニョル」に対し、この作品は浅草という区域全体が舞台となる。とは言え、閉ざされた感覚は変わらない。〈領区〉あるいは〈Asakusa Six〉とよばれるこの地域は、壁によって外界と隔絶されているのだ。なぜ、このような措置がおこなわれているかは、物語の底流をなす大きな謎であり、最終的にはこの作品の驚嘆すべき設定にかかわってくる。

〈Asakusa Six〉には異常なルールがあった。"美しさ"が罪悪とされる。住民は常時監視され、〈猟奇の鏡〉なるシステムによって美醜を数値化される。数値が基準を超えると、〈美醜探偵団〉によって断罪されるのだ。この設定が惹起するテーマは、『マクベス』の「きれいはきたない、きたないはきれい」を思わせる倒錯、伊藤計劃が『The Indifference Engine』で描いた機械的な差異解消の陥穽、小川哲『ユートロニカのこちら側』の監視=管理のディストピア......さまざまな先行作品と共振する。また、物語の細部に施された絢爛なるスチームパンクの意匠も魅力的だ。

「地獄を縫い取る」は、サイバーパンクの設定のもとで、いにしえの遊女の情念が甦る。

「メタモルフォシスの龍」は、罹患すると女性は蛇へ、男性は蛙へと変身してしまう奇病が蔓延した世界での、いたましい悲恋を描く。

「徒花(あだばな)物語」は、吉屋信子の抒情(「花のこころは花ぞしる」的な)をゾンビ小説に仕立てた異色作。

 以上、いずれも読み応えのある五篇。橋本輝幸さんによる行き届いた解説つき。

(牧眞司)

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