【今週はこれを読め! SF編】独立戦争から四十年、火星の歴史が動きはじめる

文=牧眞司

  • 流浪蒼穹 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『流浪蒼穹 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    郝 景芳,及川 茜,大久保 洋子
    早川書房
    3,190円(税込)
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 二十二世紀、火星は独立戦争を経て地球から独立を果たした。その後しばらく両惑星の国交は途絶えていたが、火星暦三五年、十三歳の少年少女二十人からなる使節「水星団(マーキュリー)」が地球へ送られた。彼らは五年ものあいだ、それぞれの興味にしたがって地球の文化や習俗を体験し、故郷の火星へと帰還する。地球・火星間を航行する宇宙船マアース。いまはこの船だけが、両惑星を結ぶただひとつの接点だ。

 物語の序盤は、水星団の一員で火星総督の孫にあたるロレインと、地球代表団のメンバーとして火星へ赴く若き映画監督エーコの視点で、火星と地球の社会体制が対比的に描かれる。

 火星は全体主義的な管理社会。

 地球は利潤重視の野放図な資本主義社会。

 ロレインは祖父が画一化社会の独裁者ではないかと疑問を抱き、エーコはすべてが商品化される地球の文化状況を憂いている。

 この作品の作者、郝景芳(ハオ・ジンファン)は現代中国SFを代表するひとり。2016年には英訳された「折りたたみ北京」でヒューゴー賞中篇部門を受賞した。

『流浪蒼穹』の火星は現実の中国を、地球は欧米などの資本主義国をあらわしている――という読みかたはあながち間違ってはいないが、その構図にとらわれるとこの作品の広がりを見失うだろう。

 火星は資源に乏しい世界であること。科学者主導によって社会が形成されてきたこと。テクノロジーの進歩は地球に優っており、とくに高度データ管理技術、核融合技術、磁気制御技術はめざましい。こうした基本設定が物語のさまざまな局面において意味を持ち、SFとしての強度を支える。

 やがてロレインは火星の体制、それを成立させている背景を調べはじめ、それと絡んで自分たち家族に隠された悲劇にも接近していく。社会的には社会改革をめざす若者たちの運動が巻きおこる。ロレインは水星団の仲間のつながりもあって運動と深く関わっていくものの、つねに一歩引いた冷静な視点でものごとを判断する。

 停滞した現在の火星を、ロレインたちはどのように変えられるだろうか?

(牧眞司)

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