【今週はこれを読め! SF編】伝説のショートショート・アンソロジーが甦る
文=牧眞司
伝説の(と言ってよかろう)SF&ファンタジイ・ショートショート傑作選が、半世紀ぶりに復刊された。元版からの二十三編に加えて、新たに九作品を追加した増補版である。
現在まで何種類もの海外ショートショート・アンソロジーが出版されてきたが、本書は作品レベルの安定感において、一頭群を抜いている。なにしろ英米SF紹介の第一人者として知られる伊藤典夫が、「どうして、おもしろいSFばかりを集めた本がすくないのだろう?」と考え、腕によりをかけて編んだ一冊である。
おもしろさの基準はさまざまだが、本書の場合は「歩く途中ひょっと目にとまり、見とれる花、つまり、理屈ぬきで楽しんでいただけるような小品」だという。その言葉にいつわりはなく、最初から最後までリラックスしてページを繰ることができた。
目次を眺めてまず気づくのは、リチャード・マシスンが五篇も採られていることである。マシスンは、伊藤さんがプロ翻訳家として最初に手がけた作家(「男と女から生まれたもの」、〈SFマガジン〉1962年9月号に掲載)であり、ショートショートとしての論理やひねり、あるいは毒の効かせかたが、伊藤さんの感覚とよくマッチしたのだろう。
マシスン作品五篇のなかでもっとも印象的なのは、バスで猛烈に手話をする女を見かける「指あと」だ。物語展開の異様さ、結末のいつまでも尾を引く後味は、ちょっと喩えようがない。
不条理が漂う作品では、マン・ルービン「ひとりぼっちの三時間」が随一。「この世界に自分以外の人間がいなくなったら......」と空想することは誰にもあるだろうが、この作品は自分ひとりが取り残された感じを宙ぶらりんのままに描きだす。
W・ヒルトン・ヤング「選択」は、奇妙なロジックの時間SF。フラッシュのようにごく短い物語で、最後の一行のナンセンスが効いている。
スパイスや皮肉が効いた作品が目立つなか、穏やかな読み心地でホッとさせてくれるのが、マーガレット・セント・クレア「地球のワイン」だ。ジェントルでささやかなファーストコンタクトを描く。
エドガー・パングボーン「良き隣人」は、いっぷう変わった侵略SF。宇宙船からあらわれた怪獣によって地球各地が大混乱に陥るさまが淡々とした筆致で綴られたあげく、絶妙なユルさのユーモアでオチがつく。
三十二篇を締めくくる大トリは、ウォルター・S・テヴィス「ふるさと遠く」。アリゾナの朝に海の匂いが漂う冒頭から、物語途中の視点の切り替え、意外な真相、余韻を引く結末まで間然するところがない。
(牧眞司)