【今週はこれを読め! SF編】改変歴史のエジプトで魔術的事件を追う女たち~P・ジェリ・クラーク『精霊を統べる者』
文=牧眞司
作者P・ジェリ・クラークは歴史学の専門家で、コネチカット大学で助教授を務めるかたわら、小説を執筆している。本書『精霊を統べる者』は第一長篇で、ネビュラ賞、ローカス賞、イグナイト賞、コンプトン・クルック賞の四冠を獲得。魔術と科学が混淆する二十世紀初頭のエジプトを舞台とした、絢爛たる改変歴史ファンタジイである。
四十年前、伝説の魔術師アル=ジャーヒズが異世界に通じる穴をあけ、世界は激変した。穴を通ってジンをはじめとする超自然の存在があらわれ、各国は対応を迫られる。ひそかにジンと協約を交わし、新たな秩序を打ち立てたのがエジプトだった。エジプト社会は安定的に近代化が進み、欧州列強に対峙する勢力を有するようになる。女性参政権を世界に先駆けて(といっても、わずか数カ月前のことだが)導入したのもエジプトだった。そのいっぽうで、エジプトはさまざまな宗教が混淆する土地でもある。イスラム教、古代宗教、神秘主義、心霊主義......。その坩堝のような文化背景が、物語に深く影を落とすことになる。
エジプトでは得体の知れない秘密結社も跋扈している。そのひとつがアル=ジャーヒズ秘儀友愛団だ。アル=ジャーヒズを崇めるというのが表看板だが、白人至上主義を掲げる偏頗なイデオロギーといい、各方面への政治的暗躍といい、キナ臭い空気がふんぷんな集団である。この集会に突如、黄金の仮面をつけた魔人が出現し、そこにいた全員を斬殺した。町のひとびとは、ずっと姿を消していたアル=ジャーヒズが戻ってきたのだと噂する。
事件の捜査に乗りだしたのが、エジプト魔術省エージェントのファトマである。彼女が物語の主人公だ。魔術省は神秘的なものと現世的なもののバランスをとるために設立された。ファトマと相棒を組むのは、アメリカ帰りの新人ハディア。彼女はきわめて優秀だが、ナイーヴな希望に燃えていて、ファトマからするとちょっと眩しい。現場経験を経たファトマは草臥れ気味なのだ。このふたり、なかなか味わいのあるバディ関係といえよう。そこにもうひとりの女性、ファトマの恋人で、超絶身体能力を備え、ワイルドな性格のシティが絡んでくる。彼女には、ファトマにも打ちあけていない秘密があった。
黄金仮面の魔人はその後も凄まじい事件を起こし、エジプトを混乱に陥れる。魔人はジンを強制的に使役できるらしい。また、魔法には慣れているファトマさえきりきり舞いするほどの、独創的な幻覚術を繰りだす。
はたして魔人の正体は? つぎつぎと騒動を起こす動機は? ファトマたちが事件を追うなかで、ジンをはじめとするさまざまなスーパーナチュラルな存在が絡んでくる。魔人に操られて正気を失うものもいれば、捜査に手がかりを与えるものもおり、また尋常ではない思惑をもって事件に介入するものもいる。わかりやすい敵味方の図式ではなく、いくつもの思惑・動機が交錯して物語に複雑な綾をもたらす。
また、ファトマ、ハディア、シティがそれぞれ文化的背景を持ちながら、複合的な差別が残るこの世界で、自分の生きかたを模索していく点において、フェミニズム小説でもある。それはキャラクター造形だけではなく、謎の核心にもかかわってくるのだ。
(牧眞司)