【今週はこれを読め! SF編】近江八幡のサイバーパンク〜天沢時生『すべての原付の光』

文=牧眞司

  • すべての原付の光
  • 『すべての原付の光』
    天沢 時生
    早川書房
    2,420円(税込)
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 ゲンロンSF新人賞、創元SF短編賞を受賞した俊英の、はじめての短篇集。五作品が収録されている。

 表題作「すべての原付の光」では、近江八幡市でもっとも治安が悪いエリアへと踏みこんだ地域情報誌記者が、超科学的な体験をする。凡庸な田舎のヤンキーを取材するはずだったが、彼らのたまり場にあったのは、得体の知れぬマシンだった。取材対象の不良は「ガチで半端ねえ機械なのさ」とうそぶく。マシンの隣には、中学生が宙吊りになっている。この中学生、ナマイキにやんちゃを気取って、本職(?)のヤンキーに拉致られたのだ。今夜の実験台というか、生け贄である。

 バカっぽいヤンキー漫画と無駄にスペクタクルな特撮SFが合体したようなプロットを、『ニューロマンサー』を思わせる外連なスタイルで綴る。「特攻機械」に"ブッコミマシン"というルビがふられ、「鉄砲玉」が"バレットマン"、「強奪主義」が"ジャイアニズム"といった具合。おそろしくテンポが良い。

「ショッピング・エクスプロージョン」は、ディスカウントストア・チェーン(名称はサンチョ・パンサ)が高度な自律性を獲得し、爆発的な店舗拡大増殖現象を起こす。それ自体が完結した生態であり、人間ができるのは無秩序な商品ジャングルへと忍びこみ、命がけで万引きをすることぐらいだ。

 この作品も「すべての原付の光」同様、独特な修辞の語りがみごと。呆気にとられるような設定をエスカレートさせていくノリは、ブラッドレー・ボンド&フィリップ・ニンジャ・モーゼズ『ニンジャスレイヤー』に近い。しかも、SFガジェットの粒立ちにおいては、天沢時生が一枚上手だ。

「ドストピア」は、反社会性因子が徹底的に排除された未来が舞台。追いつめられた原磯組(昔気質のヤクザ)はスペースコロニーへと逃げ延び、ほそぼそと暮らしていた。楽しみといえば、タオルを使った格闘技タオリングくらい。そこへカタギ警察の内偵者がやってきて......。任侠SFというのは珍しい。横田順彌『小惑星帯遊侠伝』は東映任侠映画を宇宙に移植した直球だったが、「ドストピア」はシャレたユーモアに仕上げている。

「竜頭」は、ホラータッチの作品。幼なじみの辻田尽郎と語り手である河合しのみの男女を超えた友情に、得体の知れない存在である竜頭(尽郎の部屋の扉を乱暴に叩いては猛ダッシュで逃げていく)と、地方特有の閉鎖的なコミュニティが絡む。「竜頭」というタイトルの意味が、終盤で明らかになる。

「ラゴス生体都市」は、第二回ゲンロンSF新人賞を受賞した作品。長い戦争が終わり、ラゴスは完全環境を備えた都市となった。天候、食事、仕事、人間関係など、市民生活のすべてが保障されるが、ひとびとは生殖と反抗心を放棄しなければならない。化学的に情調が制御され、性欲がモニターされる。官能率という指標が設けられ、限界値を超えると追放だ。

 主人公のアッシュはポルノを取り締まる焚像官(リムーヴァー)だが、彼自身の官能率は危険な数値を達してしまった。この設定は、虚淵玄原案のアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』を彷彿とさせる。取り締まる者/取り締まられる者の両義的なサスペンス、最終的に明らかになるラゴスという都市の秘密も、虚淵作品ばりだ。

(牧眞司)

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