【今週はこれを読め! エンタメ編】残酷さと優しさが共存する短編集〜一穂ミチ『スモールワールズ』

文=松井ゆかり

 読み終えて、人間って残酷で勝手だなと思った。だけど、その残酷さや勝手さは、優しさや思いやりみたいなものと共存し得るんだとも思った。

 本書には6つの短編が収められている。いずれも趣の異なる作品で、バラバラに読んだら同じ著者の書いたものとは気づかないかもしれない。子どもを望みながらも恵まれず夫との関係にもわだかまりを抱える美和と、姪の同級生で親からの虐待を受けていることがうかがわれる笙一との秘めた交流を描く「ネオンテトラ」。万事において規格外の姉・真央が「離婚するから」と言って実家に戻ってきたことで、野球を辞めて新しい学校に親しい友だちもいない弟・鉄二が翻弄される「魔王の帰還」。あの日何が起こったのか、なぜ赤ん坊は命を落とさなければならなかったのか、幸せな家族に起きた悲劇が胸をえぐる「ピクニック」。自分の兄を死なせた加害者・秋生との文通を続ける中で変わっていく被害者の妹・深雪の心情を浮かび上がらせる書簡体小説「花うた」。ある事件がきっかけで教師という職業に希望が持てなくなった古典教師・慎悟のもとに、離婚した妻が引き取っていた「息子」の佳澄が転がり込んできた「愛を適量」。後輩からの1年ぶりの電話で"父親の葬儀に出てほしい"と頼まれ、葬儀場に赴いた先輩の心に去来する思いが綴られた「式日」。

 いちばん好きな短編は「魔王の帰還」。姉に振り回されながらも、鉄二はそれがきっかけで自分と同様にクラスで浮いた存在だった菜々子と心を通わせていくように。真央(あだ名が「魔王」)の傍若無人なふるまいが、鉄二を震え上がらせているのは痛いほど理解できるのだが、姉の型破りな愛情表現であることもまたひしひしと伝わる。そして、鉄二だって心の奥底ではそのことに気づいているのだ。とにかく姉弟の会話や鉄二の心の声がおもしろく、あたかも姉(ボケ)・弟(ツッコミ)のコンビ芸人のよう(さらには鉄二たちの両親も、特に母がいい味出してる)。「シャラポワ」のくだりなど、最高だった。

 だが、(真央の離婚するかしないかという事情は深刻なものではあるにせよ)この明るくユーモアに満ちた作品はむしろ、本書の中では異色といえよう。「魔王の帰還」という1編が本書に含まれていて、ほんとうによかったと思う。でなければどうしても、生きることの困難な側面がより印象に残る読書体験になったに違いない。どの短編においても、そこにある家族というものの姿を鮮やかに、そして鋭く描き出している。しかしながら、"家族というものの姿を鮮やかに、そして鋭く描き出し"た本を読むのは、往々にしてつらいものだから。

 後悔というものを知らずに生きていけたら、どんなにいいだろうか。でも実際には、本書の主人公たちのように、人間は簡単に間違いを犯す。何度でも誤った選択をして、それでもあきらめずに「次こそは」とはかない望みを抱いて進んでいく者もいる一方で、耐えきれないままに命を落とす者もいる。どちらも人生、と言うのは簡単だけれども、ひとりひとりのかけがえのない一生を一般論でひとくくりにしてしまえるわけもない。そこに希望があろうとなかろうとその瞬間その瞬間をひたすらに生きるしかないこともあると、とはいえどうしようもなく見える人生であってもどれひとつとして同じものはないと、「誰の人生だって、激動」なのだと、不思議な力で読者の救いとなってくれるのが『スモールワールズ』という本だと思った。この先、人間というもののやりきれなさに疲れたとき、私はきっとこの本のことを思うだろう。

 著者の一穂ミチさんは、長らくボーイズラブ小説の書き手として活躍されてきた作家。いわゆる一般文芸の単著は『スモールワールズ』が初とのこと。著者と作品の名前だけでも覚えて帰ってください(そして書店に買いに行ってください)。

(松井ゆかり)

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