【今週はこれを読め! エンタメ編】緊急事態宣言下の1日1編『Day to Day』

文=松井ゆかり

 昨年緊急事態宣言が出たとき、いままでに経験したことのない状況に対しての不安や緊張感があった。非日常な空気に押しつぶされそうになり「本を読む気になれなくなった」という声をあげる方々も、かなりの数いらしたと記憶している。幸い私は文学作品に頼って過ごしており、昨年の春は1日1編の短い小説やエッセイに元気づけられる日々でもあった。リアルタイムで読んだ方も読めなかった方も、この機会にぜひ手に取られることをおすすめする。あの心細かった毎日をなんとかして乗り切ろうとしていた自分たちの必死さが、少しでも報われるような気がするから。

 出版社のサイトの紹介によると、本書は「2020年4月1日以降の日本を舞台にした連載企画Day to Day。100人の作家による物語とエッセイが一冊にまとまった、珠玉の1冊」。昨年の緊急事態宣言が出されて間もなく企画され、1日1編ずつサイトにアップされたものだ(公開は5月1日~)。まず何よりも感銘を受けたのが、ほんとうに百人百色の個性が際立つ掌編が並んでいることだ。作家の底力に圧倒される。コロナを真っ向から描いた内容あり、変化球あり、スピンオフあり、中にはコロナとはまったく関係ないようなものあり...。当時も楽しみにしていたけれど、1冊にまとまったものを読み返すと各編がいかにバラエティに富んでいるかを再認識させられる。改めてぐっとくる企画だったなと感慨深い。

 100編ひとつひとつに感想を述べたいところだが、平均3ページという長さの作品について語りすぎるのも野暮なので、特に印象に残ったものについて触れさせていただく。

・4月1日(辻村深月)これから100日続く企画の冒頭にふさわしい。読書の素晴らしさを強く読者に訴えかけている。
・4月7日(凪良ゆう)昨年の本屋大賞受賞者だからこその内容。掲載作品は(おそらく)フィクションだろうけれど、授賞式は行われなかったからといって『流浪の月』が素晴らしいことに変わりはないとの思いを、いま一度かみしめる。
・5月6日(皆川博子)皆川先生がお元気で、文章を書き続けていてくださるだけでうれしい。加えて、内容そのものもキレッキレ。
・6月5日(真下みこと)リモートの方が自分らしくいられる、という方も一定数おられることを忘れてはならないと感じた。"大多数の人々にとってわずらわしいとされる状況であっても、そのことに救われている人がいる"という事実に、少なくとも私は慰められる。
・6月23日(澤村伊智)ほとんどの作家が前向きで希望を感じさせる文章を書かれている中、この作品をぶっ込んでくる作家魂を称えたい。こういうテイストを求める読者もいますよね。
・6月24日(宮澤伊織)ド直球に心を打つ文章に大泣き(前日との落差よ...)。全文筆業従事者が読むべき内容ではないだろうか。
・6月30日(森絵都)こちらも、涙が乾く間もなくボロ泣き。「生きる真価」はある、と胸をはって言えるような人間であらねばと心に刻む。

 本を読む行為はひとりでもできる。でも、そのひとりひとりの読書体験が強く人々を結びつけることもあるのだと思う。そして、それは執筆者のみなさんにも同じようなことがいえるのではないだろうか(もちろん、作品ができあがるまでには編集者や校正者のチェックが入るし、本にするとなれば印刷や製本の会社の担当者の手も必要だし、店頭に並んだものを売るには営業担当や書店員の力も関係してくるものであることは承知していますが)。一編一編は個々の作家が書いた個人プレーだけれど、バドミントンや剣道のように団体戦みたいな側面もある。ひとりじゃない。読むのも書くのもひとりだけれど、ひとりじゃない。

 現在、我々の多くはずいぶんと緊急事態宣言慣れしてしまった。確かに、ピーク時にくらべると感染者数は減少したし、ワクチン接種も進んでいる。とはいえ、ウイルスの変異についてなど未知の部分も多く、現状は引き続き予断を許されない状態にあるといえよう。医療現場がいまだギリギリの状況にある地域のことなどを考慮に入れると、他者との接触や人流は引き続き抑えることを心がけるべきだ。本書の刊行から少々時間がたってしまったが、いま改めて読まれるべき本だと考えご紹介させていただいた。まだまだ不自由さも感じるし閉塞感もあるが、きっと乗り越えられると思いたい。だって、私たちには本があるじゃないか。

(松井ゆかり)

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