【今週はこれを読め! エンタメ編】勇気づけられる連作短編集〜桂望実『終活の準備はお済みですか?』

文=松井ゆかり

 実用本・フィクションを問わず、終活に関する本が多数出版されていることは、少し前から気になっていた。私自身は「もう若くないとはいえ、さすがに本腰を入れて終活について検討するのはまだ早いかな...」くらいの意識しかなかったのだが、本書のページを開いてちょっとショックだった。全編を通しての主人公は、葬儀会社千銀堂の子会社で終活のアドバイスを請け負う満風会に勤める相談員の三崎清なのだが、章タイトルはその章の主役的な人物の名前とその年齢になっている。例えば、「第二章 森本喜三夫 六十八歳」といったように。まあ、68歳であれば終活がいよいよ現実の課題となっていても不思議ではない。だが、問題はその他の章だ。自分と同年代が2人(うち1人は主人公の清)、あとの2人は30代ではないか! 「みんなそんなに早くから終活について考えるものなの!?」と動揺する。

 読み進めていくと、必ずしも章タイトルの人物が自分自身の終活を進める話ではないと知って、少し冷静さを取り戻す。とはいえ30代主役のひとりである原優吾は、まさに自分の最期を見据えて行動し始めている。若くしてがんを宣告されたからだ。若くして亡くなる人だっていくらでもいるのだという事実を突きつけられて、心臓をつかまれたような気持ちになる。

 最も印象に残った主役は、第一章の鷹野亮子(55歳)だ。年齢が近いということもあるし、まだそんなに終活というものに対して本気になりきれていないところやお墓に関しても漠然とした考えしか持っていないところなど、共通する部分が多いと感じたから(さらには、植物をすぐ枯らしてしまうところも)。あと、亮子の仕事に対する姿勢も気に入った。亮子は東京在住の独身ひとり暮らし。年の初めに母親が亡くなり、葬儀は手続き類はすべて終えたものの、もやもやした気持ちが残っているという。自分の死後にどうしたいかを決めておかないといけないという思いが生まれ、満風会に相談しようと思い立ったのだった。

 清から渡された「満風ノート(満風会オリジナルのエンディングノート)」を書けるところから書いてみようとするものの、亮子の筆はなかなか進まない。それでも、亮子は少しずつ自分の将来に向き合うように。たとえば、一人娘だった彼女は、将来両親のお墓に入ったとしても自分が亡くなった後は誰も供養するものがいないことに気づく。リアルだ。

 個人的な話になるが、私も順当に行けば息子たちにお墓をみてもらうことになるのかもしれないが、それだってどうなるかわからないわけだ(そもそも現時点ではお墓もない)。亡くなる前にいろいろと準備しようとしたら、まだ気づいていないようないくつものステップを踏む必要があるのかと思うとちょっと憂鬱になる。それでも、「これまでの人生に満足出来たら、これからのことも前向きに考えられるようになったみたいなんです。それで定年後の目標をもてた気がします」という亮子の言葉には勇気づけられた。
 
 いくつになっても人間は前に踏み出せる。それは清にも当てはまることだ。満風会で働き始めた日に、清は「満風ノート」をもらって自分でも記入してみようとした。しかし、前半の自分史ページから書き始めたものの、「自分の人生は失敗の連続だった」という思いをかみしめる結果に。高校・大学とも受験には失敗。なんとか就職できた食品メーカーでは成績が振るわずに異動させられた。結婚して二児をもうけたものの、妻の不倫が原因で離婚。さらにリストラの憂き目に遭い、千銀堂に再就職。そこで社長の木村朋子から、同じく自分が社長を兼務している満風会に移るようにと指示され、現在に至る。

 終活相談員としてはまだ駆け出しの清は、亮子の担当になったとき、自分でも手探りで仕事しているような状態だった。それでも、木村社長の「人生は何度も見直しをしなくちゃいけないの」という言葉や顧客たちとのやりとりの中から、清も自分が残りの人生をどのように生きていきたいかを真剣に考えるようになっていく...。

 誰の人生であっても、いつか終わりの時が来る。もしも終活に関心が芽生えたときには、たとえあなたが何歳であろうと、本書を読んでできるところから始めてみるのもいいかもしれません。

(松井ゆかり)

« 前の記事松井ゆかりTOPバックナンバー次の記事 »