【今週はこれを読め! ミステリー編】どんどん豊穣になる「ビブリア古書堂」の世界

文=杉江松恋

  • ビブリア古書堂の事件手帖5 ~栞子さんと繋がりの時~ (メディアワークス文庫)
  • 『ビブリア古書堂の事件手帖5 ~栞子さんと繋がりの時~ (メディアワークス文庫)』
    三上 延
    KADOKAWA
    715円(税込)
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 私の持っている創元推理文庫の一部には、ある方の蔵書印が押されている。ミステリー古書好きの間では結構知られた名前で、同じ蔵書印の本を持っているという人間は多い。本人に会ったことはないのだが、なんとなく親近感が湧く。古本を通じ、また同じ読書、同じミステリーというジャンルを通じてつながっているという感覚もある。古本屋で本を買うと、目に見えない関係も一緒についてくるのだ。

 三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』は、古本屋の一角で今日も生まれているであろう、微かなつながりを描いたミステリー連作だ。版元がメディアワークス文庫というライトノベル・レーベルだったことでも話題となり、テレビドラマ化もされるなどすでに多くのファンを獲得している。この1月には、最新刊『ビブリア古書堂の事件手帖5〜栞子さんと繋がりの時〜』が刊行された。

 本作で探偵役を務めるのは、篠川栞子という若い女性だ。彼女は神奈川県鎌倉市北鎌倉でビブリア古書堂を経営している(実際には北鎌倉には古本店舗はない)。非常に聡明で、書誌や文学史に関する膨大な知識を有する人物なのだが、極端な人見知りなのである。〈俺〉こと五浦大輔はほとんど読書をせずに過ごしてきた青年なのだが、縁があってこの古書店でアルバイトをすることになった。ちょっと挙動不審なところもあるが愛らしい栞子の動向は、この大輔の視点から語られることになる。

 シリーズでは毎回、何かの本が謎を呼び込むきっかけとなり、各話の題名もそこから採られる。本書の第一話「『彷書月刊』(弘隆社・彷徨舎)」は、かつて存在した古書の専門誌にまつわる物語だ。古本屋を訪れて売れ残っている「彷書月刊」をすべて買い取り、別の店にまとめて売る。そういう行為を繰り返している女性がいるのだという。どんな行為にも必ず意味があるものだが、本の特定のバックナンバーを探すにしては無駄の多いやり方だ。それではなぜ、というところに推理の必然性が生まれてくる。

 第二話「手塚治虫『ブラック・ジャック』(秋田書店)」は、オリジナルのチャンピオン・コミックス第四巻にだけ収録されている回をめぐるエピソードだが、名作漫画には復刻版が数バージョン存在する、という出版界の通例を利用してプロットを組み上げたと思しい。『ブラック・ジャック』という作品の歴史が、ある一家の家族史と重なるところが本篇の美点だろう。第三話で扱われるのは寺山修司の第一作品集『われに五月を』(作品社)だ。雑誌・漫画・詩集と、多岐にわたるジャンルに題材を採っているのは、連作をマンネリ化させないための工夫だろう。そういえば前作の『ビブリア古書堂の事件手帖4 〜栞子さんと二つの顔〜』は江戸川乱歩尽くしの巻だった。

 本シリーズの特徴は、脇役のひとりひとりが精彩をもって描かれていることである。過去の事件の関係者が思いがけないときに再登場して、重要な役割を担うこともある。古本を通じた見えないネットワークが、そうした形で具象化されているのだ。開幕当初、栞子のプロフィールはほとんど明かされず謎めいた存在として描かれていたが、彼女のはるか上を行く古書マニアの母親がいることも前作で明らかにされた(『美味しんぼ』における海原雄山に近いキャラクターだ)。登場人物が増えるたびに世界はどんどん豊穣になっていく。

 今回の目玉は、前作の最後で栞子と大輔の間に訪れた変化が、どのような形で決着するかという点にある。ファンは固唾を呑んで見守っているはずなので、その結果について明かすのは遠慮したい。確認したい方は現物をどうぞ。こんな書き方をすると未読の方から「さっぱりわからないぞ」とクレームがつきそうだが、本書のエピローグとプロローグが「リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』(新潮文庫)」から採られていることからなんとなく察していただきたい。もう、野暮ねえ。

(杉江松恋)

  • ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)
  • 『ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)』
    三上 延,越島 はぐ
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    三上 延
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    三上 延
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    三上 延
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