【今週はこれを読め! ミステリー編】「んなバカな」のぶっとびミステリー『駄作』

文=杉江松恋

  • 駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ジェシー・ケラーマン,林 香織
    早川書房
    1,210円(税込)
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 過去に一作だけ純文学の著書を上梓したことがあるが、後が続かず、どの作品も5ページ書いては気に入らなくて止めてしまっている、大学で教鞭をとることで食えてはいるが決して裕福とはいいがたく、実は大学時代の友人が大成功を収めたスリラー作家なのだが、あんなものを書きやがって、と内心見下している自意識過剰でアタタタタな男が主人公の小説。

 ジェシー・ケラーマン『駄作』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を一口で説明するとそういうことになる。作家の名前を見て「おっ」と思った方は正解である。彼の両親はジョナサン&フェイのケラーマン夫妻なのだ。『世界が終わってしまったあとの世界で』のニック・ハーカウェイ(ジョン・ル・カレの息子)に続く二世シリーズね。

 さて、『駄作』はその中年男、アーサー・プフェファコーンがベストセラー作家の友人ウィリアム(ビル)・ド・ヴァレーの追悼式に招待されるところから始まる。ビルは、船舶の事故で消息を断ったのだ。プフェファコーンとビル、その妻のカーロッタとは三人一組で青春時代を送った間柄であり、いくら金欠だからといっても欠席するわけにはいかない。渋々重い腰を上げて友人代表として式に出たのであるが、それなりに余禄もあった、ひそかに憎からず思っていたカーロッタと、焼けぼっくいに火が点いたような情事に耽ることができたからである。彼女に案内されてビルの仕事部屋を訪れたプフェファコーンは、そこで友人の遺稿を発見する。衝動に駆られて彼は、それを自宅に持って帰るのだ。

 それからどうなるって?

 あなたの思ったとおりである。プフェファコーンはそれを改稿して自分の作品として世に出してしまうのである。結果は大当り、彼は一躍人気作家の仲間入りを果たす。文学者として世に出ることを切望していた男が軽蔑しきっていたスリラー作家として名前が売れてしまったのだから複雑な心境ではあったが、人生で初めて味わう成功の美酒に彼は酔う。

 本書はぜひ自意識こじらせ中や、過去の自分にもそういう時期があったことをイタタタタと思い出す世代の人に読んでもらいたい。あと、作家の小説や、小説の小説を好きな人にも。以下の引用はプフェファコーンがぶつぶつ言いながらビルの遺稿に手を加えて自分の文章にしていく場面だが、ここにピンと来た人は必読である。

 ----たとえば、スパイであるディック・スタップ(注:ビルの小説の主人公)には、肉体的にむずかしいさまざまの離れ業を一連のなめらかな動きでやってのけるという特徴がある。プフェファコーンはその表現がまったく気に入らなかった。流れるようにとかなめらかにとかにしたほうがいいし、修飾語を入れず、シンプルにその動作を描写して、読者に想像させるようにしたほうがもっといいだろう。原稿を修正するさい、プフェファコーンは一連のなめらかな動きで行われた動作を二十四個、数え上げ、最終稿では三つを除いてすべて削った。一つ目と二つ目をそのままにしたのは、明らかに得意な言い回しだとわかるものを残すことはビルに対する義務だと思ったからだ。[......]


 原題のPot Boilerは、金目当ての通俗小説、もしくはそういう小説を書く作家のことだという。以上の紹介からきっと読者はデイヴィッド・ゴードン『二流小説家』(ハヤカワ・ミステリ文庫)のような小説なんだな、とあたりをつけていると思う。

 しかし、それはまったく違う。大はずれである。あなたの想像はまったく違っている。

 本を裏返すと内容紹介のところに気になることが書いてある。「本書には奇想天外な展開があることを警告しておきます」と。大げさな、だいたいこんなことを書いてある小説に限って期待はずれに終わるんだよな、と思ったでしょう。でもそうなのだ。この警告は正しいのである。

 この小説を表すのにいちばん正確なのは「んなバカな」である。あなたは何度も「んなバカな」と言うことになる。最初にそう言うのはおそらく188ページだ。そのあとは何回も言うことになる。後半三分の一では各章ごとに言うことになる。上で書いたようなビブリオ・ミステリーっぽい内容にしては本書は文章に変なところがある。妙に1章が短く、展開が速いので、重厚な感じがなく、どちらかというと読み味は『ダ・ヴィンチ・コード』のような疾走系スリラーに近いのである。これも「んなバカな」の仕掛けの一部になっている。作者はいくつかの文体を使い分けて小説を書けることが後段でわかる。まるで●●じゃないか(と書くとネタばらしになってしまう)と、これま何度も言うことになるだろう。プロットもいくつかの元ネタから引っ張ってきている(終盤の展開は有名すぎるほど有名なあの小説に似ている)。それも仕掛けの一部なのだ。どれもこれも計算づくだ。あああ、なんだこの、技巧といたずらで溢れかえった玩具箱のような小説は。すごいなジェシー・ケラーマン! 

 ちなみにこれが長篇第5作にあたる。2012年にはアメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀長篇賞にノミネートされたそうだ。作者もすごいが、選考委員も偉い。

(杉江松恋)

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