【今週はこれを読め! コミック編】さまざまな時代の"縁"を描く連作短編集〜よしながふみ『環と周』
文=田中香織
ある日の帰り道、彼女の目に飛び込んできたのは、中3の娘と同級生の女の子がキスをしている場面だった。衝撃を受けた彼女は慌てて家に帰り、夫に事の次第を報告する。「高校に上がって環境が変わればあの子もケロッと普通に彼氏作ったりしてるよね!?」と狼狽する妻を、夫は冷静にたしなめるが、それには彼の中学時代の思い出が関係していて──。
紙版の本の帯に「よしながふみ16年ぶりの最新作!!!」とうたわれている通り、待ちに待った連作短編集である。2022年に『ココハナ』誌上での連載開始が発表された時から、単行本になるのを楽しみにしていた。だからもう、すぐ読みたい......! そう思う一方、待った分だけ読んでしまうのがもったいなくて、そのジレンマにしばらく葛藤した。
著者は1994年にボーイズラブ誌でデビューした後、少女誌や青年誌へと活動の幅を広げてきた。ゲイカップルの日常とごはんを描く『きのう何食べた?』(講談社)や、男女逆転時代劇の『大奥』(白泉社)など、代表作たる数々の長編を持つかたわら、『愛すべき娘たち』(白泉社)といった短編集も多く手がけてきた「短編の名手」でもある。
さて本書には、異なる時代を描く5つの短編と描き下ろしのエピローグが収録されている。それぞれの時に生きた人々は、ささやかに繋がった縁をよすがとするも、時代の流れや社会の構造、互いの関係性に翻弄される。たとえば2話目では明治時代の女学校を舞台に、身分の違う二人がひょんなことから友情を育んでいく。だがその楽しい日々は短く、彼女たちの進路は親が決めた「結婚」の一択。離れ離れになった二人は「文通」という形で近況を知らせ合うが、その便りもある日、前触れなく途絶えてしまう。
今でこそ当たり前のことが、どうしても許されなかった時代がある。生き方はもちろん、命すら自分の自由にならなかった。「女三界(おんなさんがい)に家無し」ということわざに、戦後の復員と闇市の描写、無茶な仇討──現代では薄れた記憶ともいえるさまざまな形の理不尽と過酷を、著者は本作に散りばめる。
同時にそれは、「人も世も変わっていく」という著者からのエールとも読める。今は今なりに、ままならないことはまだまだある。けれど少なくとも以前よりは、望むことも選ぶこともできるようになった。「その時なりの幸福」を味わいながら、生きる道もある。だからきっと、大丈夫。そんな声なき声に、そっと背中を押された気がした。
(田中香織)