【今週はこれを読め! コミック編】静かな愛しさに満ちた物語〜トキワセイイチ『三角兄弟(みすみきょうだい)』

文=田中香織

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 巨大隕石の衝突により、100年後に消滅予定の惑星・地球。全銀河系に知れわたったその事実を、人類だけが気づいていない。一方、地球外の知的生命体たちの間では、失われゆく文明を味わうための地球観光がブームになっていた。

 増え続ける宇宙からの観光客を迎えるのは、地球に暮らす男性・野庭(のば)シロウだ。彼は世話役として、惑星観光を取り仕切る地球外管理者とつながっている。その窓口である女性・通称「ツアコンさん」は、地球での暮らしを満喫しながら、自身の仲介なしに来訪する宇宙人を厳しくチェックしていた。

 静かな愛しさに満ちた物語だ。冒頭から意外な設定と自由な展開が続き、目が離せない。話に振り落とされないよう、しがみつく心地で読んでいく。予測できないままページをめくる楽しさは、絵の妙味とあわせて他に代えがたい。

 本作は元々、webコミックメディア「路草(みちくさ)」(トゥーヴァージンズ)にて配信された。完結後、異なる出版社からの単行本化を機に、再編集と描き下ろしが加えられたという。上下巻が同時発売だったのは、独特の作品世界へ入りこむのにぴったりだった。

 さて、ツアコンさんから正体不明の宇宙人について確認するよう頼まれた野庭は、あるカフェへと向かう。そこには、パフェを楽しむ二人の子どもと一匹の猫がいた。「地球っていいとこだよねえ!」と話す彼らに、野庭はすげなく地球の運命を告げた。その言葉を聞いた彼らは表情を変え、「絶対ダメそんなの!」「あたしらが地球を救ってあげる!」と拳を突き上げる。それは野庭にとって、長く待ち望んでいた言葉だった。

 そうして「三角兄弟」と名乗る二人と一匹は野庭の保護下に置かれ、ふしぎな共同生活が幕を開けた。野庭の友人で宇宙人の多宇(たう)や、野庭に家を貸している大家さん一家との触れ合いも描かれる中、兄弟の正体と力は徐々に明らかになっていく。

 物語の原動力は、登場人物たちの意志と想いと役割だ。地球をなんとか残したい野庭と、彼の役に立ちたい多宇、そして己の存在理由に基づき動く三角兄弟。それぞれが抱く情と過去と冷酷さは、複雑に絡み合ったまま、結末へと加速していく。

 なお紙の本で読まれた方は、あらためて上下巻の表紙を並べて眺めてみてほしい。その装丁が、実は何よりも雄弁だったことにきっと気づくだろう。そして下巻に巻かれた帯を外してみると──さらに胸がいっぱいになるはずだ。ニス引きで浮かび上がった三角形を撫でるたび、物語の全容が心を満たす。これから、何度でも読み直したくなる作品と出会った。

(田中香織)

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