【今週はこれを読め! 読む映画編】佐伯俊道の波乱万丈映画人生『終生娯楽派の戯言』

文=柳下毅一郎

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 佐伯俊道は東映東京で長らく助監督をつとめ、その後脚本家に転じて映画やテレビドラマなど四百本以上、ロマンポルノの他にも『連続殺人鬼・冷血』や『湯殿山麓呪い村』など数多くの作品を残したベテラン脚本家である。その氏が長らく〈月刊シナリオ〉誌に連載していた自伝的エッセイが一冊にまとまった。〈シナリオ〉誌のエッセイをまとめたと言えば眠剤遊びから女性関係まで赤裸々に語り尽くした白坂依志夫のヤバすぎる一冊があるが(『脚本家白坂依志夫の世界 書いた!跳んだ!遊んだ!』シナリオ2008年6月号別冊)、本書も負けず劣らず面白すぎる一冊。〈シナリオ別冊〉の体裁に騙されず、まちがいなく入手していただきたい(ついでに書店も雑誌の別冊だからってさっさと返品してしまわないように!)

 佐伯俊道はもともと学習院大学在学中、某セクトの中心メンバーとして革命闘争を戦うバリバリの極左冒険主義者であった。学園祭をめぐって大学当局と戦い、ついに学生自治を勝ち取る。そうやって開かれた自治映画祭で、佐伯は石井輝男監督の『徳川女系図』を上映する。このエピソードこそ佐伯俊道そのものである。反骨精神と二本立ての添え物である見世物娯楽映画への愛。以後、佐伯はそのふたつを貫いて波乱万丈のキャリアを築きあげる。

 学生運動のせいで大学中退を余儀なくされた佐伯は、土方巽に雇われて万博での暗黒舞踏公演をするはずが、気がつくと柳ヶ瀬でストリップ公演をする羽目に陥る。土方巽や若松孝二といったアングラの名士たちがいかに若者を騙くらかして働かせていたのかが面白おかしく語られる。その後佐伯は大学の先輩のコネで東京ムービーに入社、「アニメ界の天皇」こと長浜忠夫の下につけられる。アニメ好きなら夢のような話だろうが、漫画にもアニメにもまったく興味のなかった佐伯にとって「演出助手」は苦行でしかない。美人の組合委員長(代々木系)に引き止められながらも退社した佐伯は、飲み仲間の引きでついに東映に助監督として雇われる。ただし、映画のスタッフではなく、学生運動の闘士として! 伊藤俊也の監督デビュー作『女囚701号 さそり』に呼ばれた佐伯は、まずデモ指揮からはじめて撮影所に入りこむ。以下、東映ならではの出鱈目きわまりない映画人生がはじまるのである。

 佐伯は助監督として多くの監督についている。野田幸男がいかにカットが多くて過酷な現場を作りだすか。徹底的に粘る山口和彦。石井輝男の撮影魔術と多岐川裕美に面と向かって「こんな下手な女優、映してないから」と言い放つ人間性。舛田利雄のもとでの「戦争」。だが何よりも興味深いのは佐伯が「師匠」と呼ぶ『トラック野郎』シリーズの監督鈴木則文である。西荻窪のスナックの女の子を口説いた結果の不始末への「師匠」の怒りと優しさ。『トラック野郎』シリーズでの撮影で「コーフン」のあまりしでかしたしくじりの愛嬌。『百地三太夫』を撮るために京都に行ったときの、京撮スタッフのいけずぶりと、それをさばく人徳。会った人誰もが認める鈴木則文の温かさを佐伯もまた証言するのだ(本書の序文もまた鈴木によるものである)。

 澤井信一郎の『野菊の墓』を最後に、佐伯は本格的に脚本家への道を歩みはじめる。ところが曽根中生監督の『悪魔の部屋』に続きまかされたにっかつの正月映画、菅野隆監督の『阿部定3世』は謎の観念劇となって大コケ、以後一度もソフト化されたことのない幻の一本になっているのだという(2022年9月発売予定)。行くところ行くところでトラブルが起きる波乱万丈の人生航路。一九八六年、東映で江川達也のコミック『BE FREE!』の映画化をしようとしたときに岡田茂の怒りを買い、東映を出禁になってしまう(「社長は左翼まではいいんだが、どうやら新左翼はダメらしい」)。以後、テレビを中心に仕事をするのだが、そこでも野武士のような強者相手に面白すぎる逸話をくりひろげる。製作会社メリエスの迷走。そして斉藤陽子主演の『SASORI in U.S.A.』。どちらも結末を知っているだけに、見えている破滅に飛びこんでゆく蟻地獄を見るような恐ろしさだ。くれぐれも海外ロケの誘惑にだけは乗らないように、というすべての映画製作者への戒めである。なお、本の最後にある「番外編」には、曽根中生の詐欺商売と嘘まみれの自伝の告発もあり、最大の読みどころとなっている。

(柳下毅一郎)

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