【今週はこれを読め! 読む映画編】ジョン・ウォーターズの初長編小説が登場!『Liarmouth: A Feel-Bad Romance』

文=柳下毅一郎

  • Liarmouth: A feel-bad romance
  • 『Liarmouth: A feel-bad romance』
    Waters, John
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 2023年、ロサンジェルスの映画アカデミー博物館はジョン・ウォーターズのキャリアを記念する展覧会をおこなうという。ハリウッドのウォーク・オブ・フェイムにも星とともに名前が刻まれる。「ゲロの王子」もすっかりエスタブリッシュメントになった......というのもクリシェだが、皮肉なことにウォーターズが有名になるほどに、ウォーターズの監督作は作られなくなってきた。リーマン・ショック以降のインディーズ映画世界の変化とかいろいろ理由はあるのだろうが、それくらいでウォーターズの滾る妄想力が止められるわけはない。映画がダメなら小説があるさ! というわけでウォーターズの初長編小説が登場した。Liarmouth: A Feel-bad Romance(「嘘吐きくちびる:不愉快なロマンス」)男の目を惹きつけるセクシーすぎるアラフォー女性で、嘘をつくのが趣味というマーシャ・スプリンクルが主人公だ。

 ウォーターズが小説を書くのはもちろんはじめてではない。2014年に発表した『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』(国書刊行会)はウォーターズが2012年にやった全米横断ヒッチハイク旅行記だが、現実のヒッチハイクの前に「最高のヒッチハイク」「最悪のヒッチハイク」をそれぞれ爆笑の妄想中編として書いている。今回、ついにオリジナルの長編小説に挑戦というわけだ。根っから腐って嘘と不正直に生きる女を主人公にしたピカレスク・ロマンである。

 つねに男性の視線を意識しているマーシャだが、その肉体に男の手を触れさせることはない。彼女の性的魅力は主として鼻の下を伸ばした男を徹底的にカモるために使われている。もっぱら空港で到着旅客の預け入れ手荷物を盗むことで生計をたてているマーシャには、その性的魅力に見せられた手下のダリルがいる。ダリルはマーシャに一晩セックスさせてもらう約束で、一年間助手兼逃走用運転手として下僕のような奴隷労働を続けてきた。その苦労がついに報われる日が来たのである。今日! 今日こそ一年分の溜め込んだ××をぶちまけるときだ! かくして二人組はボルチモア・ワシントン国際空港に勇躍乗りこむ。だが、思わぬ手違いで手荷物強奪は失敗に終わり、マーシャはダリルをほっぽらかして逃げだす。空港で盛大に××を撒き散らした上に虎の子のチンコを骨折してしまうダリル。だがその痛みからチンコは覚醒し、意志をもって立ちあがるのだ! 逃げるマーシャとセックスしたいという虚仮の一念で追いかけるダリル(とそのチンコ)。そこへ加わるのがマーシャの娘ポピーが率いるトランポリン軍団だ!

 出てくる人間がみんな頭がどうかしているコメディはジョン・ウォーターズ映画そのものだ。『地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』の「最悪編」のような冒険が延々と続く。マーシャはまったく無意味に、なにひとつ自分の得にはならなくとも無駄に嘘をつきつづける。嘘をつくチャンスがあるのに、嘘をつかないのは損だと言わんばかりの調子で。彼女にとっては嘘をつき、他人にありえないことを信じさせるのが至上の喜びなのである。それは自分が周囲の愚か者どもより優れた人間であることを証明し、優越感を与えてくれる行為だからだ。見返りを求めぬ無償の嘘つき、それはホラ吹きウォーターズそのものではないのか?

 もしも映画にするならば? 性格最悪なのになぜかモテまくるマーシャは、役柄の説得力までこみでディヴァイン以外に考えられない。となればマーシャに虐待され、復讐を誓う娘役はミンク・ストール、動物に美容整形をほどこすマーシャの母親にはイディス・マッセイか......と初期ドリームランダー面子がすらすらと並び、たとえるなら『フィメール・トラブル』がいちばん近いかもしれない。もちろん、こんなキャストでこんな映画は実現不可能なので、これは小説にするしかない物語なのである。初期ジョン・ウォーターズ映画のような乱暴な自主制作作品であれば実現するのかもしれないが――だがそれもまたありえない夢想なのだ。

(柳下毅一郎)

  • ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク
  • 『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』
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