第109回:宮下奈都さん

作家の読書道 第109回:宮下奈都さん

日々の暮らし、小さな心の揺れを丁寧に描き出し、多くの人の共感を読んでいる宮下奈都さん。今年は一人の若い女性の成長を4つの段階に分けて描いた『スコーレNo.4』が書店員さんたちの熱烈な応援を受けて再ブレイク。福井に住む、3人の子供たちを育てる主婦でもある宮下さんが辿ってきた本との出合い、そしてつきあい方とは?

その4「ひっかかりを感じる部分を誠実に」 (4/4)

コイノカオリ (角川文庫)
『コイノカオリ (角川文庫)』
角田 光代,島本 理生,栗田 有起,生田 紗代,宮下 奈都,井上 荒野
角川書店
555円(税込)
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スコーレNo.4
『スコーレNo.4』
宮下 奈都
光文社
1,728円(税込)
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魔王
『魔王』
伊坂 幸太郎
講談社
1,337円(税込)
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田舎の紳士服店のモデルの妻
『田舎の紳士服店のモデルの妻』
宮下 奈都
文藝春秋
1,440円(税込)
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まちのねずみといなかのねずみ
『まちのねずみといなかのねずみ』
イソップ,いもと ようこ
金の星社
1,404円(税込)
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――では実際にはデビュー後の執筆活動といいますと。

宮下:最初にアンソロジー『コイノカオリ』の中に「日をつなぐ」という短編を書きました。締切が3週間後、とタイトだったんですが、何も知らないからそういうものなんだと思って。それより書くことが楽しくて楽しくて、2パターン作って「どっちがいいですか?」という余裕もありました。その短編を見た人がまた声をかけてくれて、それで書いた短編を見た人が...という風に、少しずつ繋がっていったのもラッキーでしたね。そこで一度に何人もから声をかけられていたら、私、ダメだったと思うんです。当時声をかけてくださった方たちはみんな異動などで文芸の部署を離れてしまったんですけれど、一人ひとり繋げていってもらえたなあって非常に感謝しています。

――初の長編となるのは『スコーレNo.4』。これは文庫化されたあと、今年書店員さんたちの「ツイッター発ベストセラーをつくろう」という活動でプッシュされて話題となっています。

宮下:「長編なんて書いていいの?」と不安だったんですが編集者の方が「いくらでも書いてください」と言ってくださって。どこがよくてどこがダメか自分では分からないと思って見せたときも、基本的に大きく変えることもなく「これでいいんです」と言ってくださる方で、気持ちよく書かせてもらいました。あれは幸せな書き方だったと思います。

――題材はどのように見つけているのでしょう。

宮下:自分がいつもひっかかりを感じてしまうものっていくつかあって、そういうものに誠実に書きたいなと思うんです。何もないところからただお話を作ろうとは思わない。なので、いつも「そうそう、これが書きたかったの!」と思いながら書いていますね。「静かな雨」のあと、『小説現代』や『エソラ』、『小説宝石』の方が声をかけてくださったんですけれど、依頼のために見本として送ってくださった『エソラ』に、ちょうど伊坂幸太郎さんの『魔王』が載っていたんです。今でもすごく好きな小説です。戦争とか政治とか、自分よりもはるかに大きな何かに対して、負けると分かっていても、一人でも、ちゃんと声をあげようとする。そういうことを書くことって意味があるな、自分もそういうことを書いていきたいなと思いました。『田舎の紳士服店のモデルの妻』には入れなかったけれど、福井に住んでいるとやっぱり原子力発電所がこんなにあるんだよ、という気持ちがあったりする。そういうのって単なるメッセージではなく、うまく埋め込まないと絶対につまらない小説になってしまう。『魔王』ってそういうこともきちんと書かれていると思うんです。

――その最新刊『田舎の紳士服店のモデルの妻』はずっと書きたいと思っていたことを書いた作品であるわけですね。

宮下:やっと書けました。主婦を書く、というのは私の使命じゃないかって勝手に思っていたんです。小説の主人公になりにくい、現実社会でも主役になりにくい存在かもしれないけれど、私も自分が主婦という意識があるので、そういう人もちゃんと生きていますということを書きたくて。若い人を主人公にするのは書きやすいし自分も楽しい。でも若い人ばかり続けて書いているのは逃げていることになるんじゃないかって気持ちになっていたんです。

――東京で暮らしていた29歳、2児の母親でもある主婦が、夫がうつと診断されて会社を辞め、彼の故郷に引っ越すことになる。そこからの10年間での彼女の変化が描かれていく。夫のうつも、子供の成長過程でいろいろ起きる出来事も、心配ではあるけれどものすごく切羽詰った深刻なものではないところが、すごく現実的だと思います。

宮下:まず、都会に比べて田舎暮らしは素晴らしいということを書くつもりはなかったんです。都会と田舎を対比させるような話はもう『まちのねずみ いなかのねずみ』の昔からあるのだからやらなくていい、って。それよりも東京以外の場所で暮らしている人が大多数なのに、そこが小説の舞台になりにくいってどういうことだろうって思っていたんです。東京、若い人、元気な人か、あるいはそこから極端にはみだした人って描かれやすい。だから私は少しだけはみだした人を書いてみたかったんです。

――文章表現が非常に丁寧で的確だなっていつも思っています。

宮下:美しい文章を自分が書けるわけはないって思っているので、気負いはないんです。きれいな文章、絶対にこんな風には書けないと思う文章をいっぱい読んできているので、無理して書こうとするのはおこがましいわ、って。自分は自分にできる範囲のところで、少なくとも誠実に書こうとは思っています。

――最後に、今後のご予定を教えてください。

宮下:1月にポプラ社から『メロディ・フェア』という小説が刊行されます。化粧品のカウンターで働いている若い女性の一年間の物語です。東京の大学を出て故郷に帰ってくるところから始まるんです。これは気軽に読んでもらえるんじゃないかな。面白いですよ。ゲラで何度も笑いました。自分で笑えるんですから間違いありません。ふふ。連載は今『小説推理』にミステリのようなそうでないような、『誰かが足りない』というタイトルのものを書いています。12月からは『小説すばる』での連載も始まります。

(了)