
作家の読書道 第149回:千早茜さん
小説すばる新人賞受賞のデビュー作『魚神』で泉鏡花賞を受賞。当初からその実力を高く評価されてきた千早茜さん。小学生時代の大半をアフリカのザンビアで過ごし、高校時代の頃は学校よりも図書館で過ごす時間が長かったという彼女。その時々でどんな本との出合があったのでしょう? デビューの経緯や、最新刊『男ともだち』のお話も。
その2「日本の学校になじめない日々」 (2/4)
――では、小4の終わりに帰国した時は...。
千早:帰国したての頃は、髪にパーマもかけていたし、色も真っ黒で。しかも先生が「アフリカから来た千早さんです」って紹介するんですよ、私日本人なのに(笑)。珍しがって他のクラスから見に来る人たちもいて、嫌で嫌で。でも図書館に行ったら本がいっぱいあるので、ここで死んでもいいっていうくらい幸せに思いました。アフリカや動物たちが懐かしかったのか、読むのは戸川幸夫さん、椋鳩十さん、大人版の『シートン動物記』といった動物文学ばかり。そういえばその頃よく見ていたアニメは『ジャングル大帝』。動物が恋しかったのか、人間が嫌いだったのか(笑)。その後、親が買ってくれた『火の鳥』にものすごい衝撃を受けました。漫画はあまり与えてもらえていなかったので、他に読んだのは『はだしのゲン』とか。
――学校にはなじめましたか。
千早:帰国した時は九州に住んだのですが、私の小学生時代って、先生が生徒を殴ることがわりと頻繁にあったんです。それが嫌で、また勝手に学校から帰るようになりました。5、6年の頃はエンデの『モモ』に夢中になったのですが、現実逃避傾向が強い読書生活だったと思います。
――では、中学生になりますと。
千早:北海道に引越ししたのですが、とにかく学校の図書室に本が少なくて。家にある世界文学全集などを読むようになりました。でも、翻訳文が苦手であまり印象に残らなくて。唯一好きなのが『嵐が丘』です。中学生の頃に読んだ時はあまり意味が分からなかったのですが、繰り返し読んでいくうちに分かるようになってきて。実家にある全集からそれだけ今の自分の家に持ってきているので、実家にはその巻だけ箱しかないはず(笑)。ヒースクリフとキャサリンの、あの二人でしか分かりあえない、相手が先に死ぬことすら許さない関係がすごいなと思いました。恋人でも友達でも兄妹でもないあの二人だけの関係と、嵐が丘という閉鎖空間というシチュエーションも好きで。名前がつけられない関係性というのは、今の自分の作品にもすごく通じていると思います。『嵐が丘』のような小説が書けたら死んでもいいと思っていました。
――他に印象に残っている本は。
千早:ホームズとルパンではルパン派でした。ホームズは誰かから追われるわけでもない、リスクが少ないところがつまらないと子供心に思いました。一方ルパンのことはなんて神出鬼没なんだ!と思っていましたね。正義の場所で正義を語る人が好きではないんです。警察官が正義を語るよりも、ウシジマくんが正義を語ったほうが説得力がある。
――ウシジマくん?『闇金ウシジマくん』ですか?
千早:あ、今読んでいるので、つい(笑)。中学生時代はほかには、江戸川乱歩ですね。「芋虫」とか「人間椅子」とか。母は乱歩が苦手なんです。だから、このあたりから反抗期なんですよね。母が気持ち悪いと言っていた「人間椅子」を読んでフフン、という気になっていました(笑)。ずっと提出していた日記も、帰国してからはやっていません。
――では、高校時代の読書生活は。
千早:この頃は超反抗期で、やっと今の読書傾向に近づきます。坂口安吾、夢野久作、川端康成、三島由紀夫、寺山修司、安部公房、西条八十、泉鏡花...。普通の文学少女でした。芥川や太宰も読んだのですが、巧いし頭いいしなんだか鼻につく、とか生意気なことを思っていました(笑)。今は読みます。安吾なんかはたまに文体が崩れるしむちゃくちゃなところがあって愛おしく感じました。偏った人が好きだったんです。
――現存する作家は読まなかったのですか。
千早:高校生の頃は「読むのは死んだ人のみ」というルールを自分に課していました。死んだ人しか価値がないように思っていたんです。病んでますね、思春期まっただなか(笑)。本当に文学少女で、クラスの男子なんて馬鹿!話しかけられても無視!みたいな感じでしたから。もうひとつ病んだ趣味が発生していて、少年Aの事件の頃だったこともあり、ロバート・K・レスラーの『FBI心理分析官』が死ぬほど好きだったんです。ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』などのアメリカの病理を書いたものや犯罪心理学が大好きで。日本だったらカニバリズムの佐川君。自分の中の動物好きだった理系脳の興味が全部そっちにいって、将来は犯罪心理学者になりたいと思いました。日本には犯罪心理学の学部がないと知り、海外に行くほどのやる気もなく、じゃあ検査技師になろうと思ったんです。犯人の唾液なんかを調べる鑑識の人。それを父に言ったら、そのためには特別な学校を出なくてはいけないけれど、とりあえず普通の大学を卒業してから考えなさいとと言われてしまって。理系で他にできることもないし...と考え、小論文や国語は得意だったので文系に進むことにしました。高校生の頃も、『伊勢物語』を一日一節現代語訳して提出していたんですよね。学校に行かなくなって図書館に通っていたのですが、親も成績を落とさないならそれでいいという考えでした。そうしたら古典の先生が、『伊勢物語』は125節あるから1日1節持ってきなさいと言ってくれたんです。
――やはり学校生活にはなじめなかったのですか。
千早:みんなと同じ時間に同じことをするのが嫌でした。文系に行くのに関係のない教科の授業を受ける意味も分からなかったし、人気のある先生が女子にちやほやされているのを見て、自分は媚を売りたくないと思ったし。ひねくれてたんですね。嫌いなものがすべて学校にあるので寄り付かなくなりました。北海道には情報図書館という大きな図書館があることを知って、そこに通っては『タイガーと呼ばれた子』とか、犯罪や心理学の本を読んでいました。今でもそうした本はすごく好きで、最近のヒットは『アフター・ザ・クライム』。今はやく読みたいと思っているのは『殺人犯はそこにいる』です。寝る前に『新潮45』を読んでいる私を見た夫に「怖いよ」と言われたりして(笑)。そういえば今枕元には寄生虫の本がありますね。毒薬の本も積んであります。動物好きの傾向が、今ミクロのほうにいっています。
――前に、骨の本を好んで読んでいるとうかがいました。
千早:あ、そうです、標本図鑑も好きですね。鳥の標本の作り方とか、骨格標本の臭いの抜き方とか。理系の本を読んでいると気持ちがラクなんです。例えば翻訳小説を読んでいると「~の」が四つも続いたりする。こんな文章耐えられない、となるんです。でも理系の本は簡潔で、そうしたイライラから解放されます。図鑑の文章って美しいんですよ。理系の文章の美しさと、川端康成のような文章の美しさ、それぞれの美しさがあると思いますが、その美しい文章だけ抜くのが好きなんです。