第158回:中山可穂さん

作家の読書道 第158回:中山可穂さん

人間の魂の彷徨や恋愛を鮮烈に描き出す中山可穂さん。昨年にはデビュー作『猫背の王子』にはじまる王寺ミチル三部作の完結編『愛の国』を上梓、今年は宝塚を舞台にした『男役』が話題に。実は宝塚歌劇団は、10代の中山さんに大きな影響を与えた模様。そんな折々に読んでいた本とは、そして執筆に対する思いとは。

その4「空白の5年間から作家デビューへ」 (4/6)

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中山:劇団がつぶれた後で、5年間何も書けなくなってしまって。手紙すらも。自分で「空白の5年間」と呼んでるんですけど、まあ、あれをよく生き延びたものよ、って感じですね。どう過ごしたのかは自分でもあまり憶えていないんです。それを生き延びて、最後に、自分は海外旅行に一度も行ってないと気づいて、死ぬ前に行ってやろうと思い、ヨーロッパをバックパッカーで一周しました。二か月ぐらいかけて、ユーレイルパスを持って。その辺のあらましは『天使の骨』みたいな感じなんです。
で、帰ってきたら、無性にその旅行記を書きたくなったんですよ、5年ぶりに。書いたら誰かに読んでもらいたくなる。その時、ちょっと変わった会社で働いていたんです。社長が一人でやってるような会社で、その社長も会社にたまにしか来ないので、一人で電話番や事務をやっていました。「俺がいない時は好きなことしてていいよ」と言われて、ワープロもあるしソファもあるしコーヒーもあるし天国みたいな職場で。社長は顔が広くて電話番の私を時々パーティに連れていってくれるんですよ。そこで知り合った小さな出版社の編集者の人に、書いた旅行記を「出してください」と持ち込んだら、「あなたは小説を書きなさい」と言われたんです。暗示にかかりやすいタイプなのか、そこから『公募ガイド』などを買って、書いては応募する生活がはじまりました。

――じゃあ、空白の5年間からはすっかり立ち直って。

中山:そう、それで「ああ、自分は小説を書きたかったんだ」って思ったんですよね。自分に書けるものといえば劇団をやっている女の子の話で、つまりミチルさんのことですね。そのスケッチをいくつか書いていて、ひとつにまとめたのが『猫背の王子』でした。その前にいろいろ応募していて、TOKYO FMのショート・ストーリー・グランプリもいただきました。これは審査員と賞金が良かったので応募したんです。バブル期なればこその賞ですね。林真理子さんと村上龍さんと北方謙三さんと岡崎京子さんと、あと見城徹さん。その時に佳作だったのが狗飼恭子さんでね。まだ高校生で、授賞式に制服を着てきて、とてもかわいらしかったですよ。
まあ、それで作家になれるわけもなく、その後もいろんなところに応募していたんですが、『猫背の王子』がまとまったので例の小さな出版社に持っていったんです。それを読んだ編集者が「これはうちで出すより、大きいところで出した方がいいから」って、その頃マガジンハウスにいた刈谷さんを紹介してくれたんです。恵まれていたと思います。東銀座の喫茶店で刈谷さんとお会いしたら「持ち込みなんてうんざりするほど沢山あるんだよ」「いつ読めるかわからないから気長に待っていてね」と言われて「これは駄目だ」と思っていたら、3週間くらいで電話がかかってきて「あの芝居のやつ良かった、出しましょう」って。あの時は嬉しかったです。でも持ち込みでマガジンハウスから一冊出しても作家にはなれないと思い、また新人賞に応募したんです。

――あ、それが朝日新人文学賞を受賞した『天使の骨』ですか。

中山:ええ。何で朝日を選んだかというと、「物語性を有する長篇」というのが募集要項だったんですね。「物語性を有する長篇」の募集って、あんまり無かったんです。その頃は純文学の短いものか、ミステリーの新人賞ばかりでした。もうひとつ理由があって、審査員の中に、TOKYO FMのショート・ストーリー・グランプリの時の審査員が2人いたんですね。林真理子さんと村上龍さん。TOKYO FMの時にお二人は正反対の選評を書いてたんです。林真理子氏が褒めて、村上龍氏がけなしてたんですよ、で、この二人はこれをなんと読むだろうか、という興味がありました。そしたら今度は全く逆でしたね。『天使の骨』は村上さんが褒めて林さんはけなしていました。確か「冒頭の一行がいい」って村上龍さんが褒めてくれて。

――そこから作家生活が本格的に始まったといいますか。

中山:始まったとは言えないですね。受賞後第一作を出せるまで3年かかっているので。最初に書いたのは『白い薔薇の淵まで』で、それは完全に没にされて引き出しに眠らせていました。次に書いたのが『サグラダ・ファミリア』で、それは何十回も書き直しさせられたんです。その言い方がですね、「これじゃあ、芥川賞は取れませんよ。三島賞も取れませんよ」なんですよ。私は純文学を書いているつもりはないのに、編集者は純文学として読んでいる。自分はどっちかと言えば直木賞系じゃないかと思っていたので違和感がありました。純文学かそうでないのか、分けることに意味は無いですけど、やはり暗然と区分けはありますよね。私は、どっちつかずだったと思います。
何十回かの書き直しを経てようやく3年後に『サグラダ・ファミリア』が出て、それが野間文芸新人賞の候補になり、講談社の方と知り合いになりました。最初に会ったときに「これが受賞してもしなくても、僕と2冊作りましょう」って言ってくれたんですね。それが、川端さんというベテランの、生粋の文芸編集者でした。彼と作ったのが『感情教育』と『マラケシュ心中』です。2冊と言ったのは、たぶん2冊出した頃に自分は定年退職を迎えるからだったんだと思います。川端さんは全然うるさくなかったですね。「自由に書きなさい。あなたの好きなように書きなさい」って。褒め方もすごくうまいんですよね、その気にさせるのが。

――その褒め方を是非お伺いしたいんですが。

中山:『感情教育』の第一章を読んで、「これはゾラですね」って言うんですよ。「フランスの実存主義ですね」って。これはちょっと嬉しいでしょう? さんざん銀座の美味しいお店や文壇バーにも連れていってくださいました。帰る時、まだ作家とも言えない駆け出しのわたしに、いつもハイヤー呼んでくださるんです。タクシーじゃなくてハイヤーですよ。それはもう、まるで真綿にくるむように大切に大切にしていただきました。でも、『マラケシュ心中』の原稿を渡した日は、お相撲を見に行ってお食事と文壇バーというコースをたどったあとで、地下鉄の入り口で「じゃあね」って言われたんですけれど(笑)。そういう変な人だったんです。一人前の作家になったらもう甘やかさないよ、ということだったのでしょうか。普通は逆ですよね。まあ、私が作家になったのは『感情教育』からだと思っています。それで一応世間に認知されたというか、そこから色々と他の出版社からも依頼が来るようになったので。

――その頃はどういう本を読んでいたのでしょう。

中山:話がいろいろ前後しますが、さっき挙げた作家以外でいうと、自分にとって衝撃的だった本はまず、松浦理英子さんの『ナチュラル・ウーマン』。朝日新聞の書評で読んで「こんな小説があるんだ」って、タブーみたいなものに触れる気持ちで、ドキドキしながら本屋さんに買いに行ったんです。読んでみたら、もう衝撃ですよね。同性愛をこういう風に小説にしてもいいんだ、って目を開かせてくれた作品。ただ、純文学だし、あの方の独特の文体がちょっと苦手で、自分が読みたい作品ではなかったんですね。

――『ナチュラル・ウーマン』が出たのは、まだご自身、そういう作品はお書きになってない頃ですか。

中山:小説を書き始めたのが30歳からなんですが、たぶんその前ですね。「これが小説のテーマになり得るんだ」って思いました。先駆的な作品でしたからね、あれは。それと『星の王子さま』。たぶん学生時代に読んだと思うんですが、これはちょっと別格です。二十代の自分にとっての聖書みたいな位置づけでした。

――学生時代に、初めて読んだんですか。

中山:そうそう、子供の頃は読んでなかった。子供の頃読んでもあの本の凄さは分からないと思います。
はじめて読んだ時は胸をぎゅって、搾り取られるような感じでした。内藤濯さんの訳もよかったんですよね。で、サン=テグジュペリの人生とかを知るにつれ、すべてがリンクしてくる。『星の王子さま』に出てくるバラの花は、自分の妻のことですし。
ただ、小説を書き始める前までは、やはり小説よりは芝居漬けでした。ですから芝居と映画の方が自分の若い頃の基礎的栄養になっていると思います。そのためか小説書き始めた時に朝日の人によく言われたのが「台詞で全てを説明しようとしすぎている。もっと地の文で説明しなきゃ駄目だ」。

――映画や演劇はどのあたりがお好きなんですか。

中山:映画だと一番好きなのはウォン・カーウァイの作品全てですね。それからベルトルッチ。特に「ルナ」と「暗殺の森」が大好きです。パトリス・ルコントは「髪結いの亭主」が最高です。他にレオス・カラックスの「ポンヌフの恋人」、リリアーナ・カヴァーニの「愛の嵐」、それとヴィスコンティが好きですね。「山猫」とか「ルードヴィヒ」とか「ベニスに死す」とか。タルコフスキーの「惑星ソラリス」、ヴェンダースの「ベルリン天使の詩」、ロベール・アンリコの「冒険者たち」、マルセル・カルネの「天井桟敷の人々」。最近ではスティーヴン・ダルドリーが好きで、「リトル・ダンサー」と「めぐりあう時間たち」。好きな映画を挙げていったらきりがない。 学生時代は、トリュフォーとかルイ・マルとかゴダールといった古いフランス映画が好きで、いつもミニシアターとか名画座に行っていました。早稲田松竹とか、高田馬場のアクト・ミニシアターとか。
芝居は、劇団青い鳥が一番好きでした。木野花さんがやってらした女性だけの劇団で、5人くらいで集団制作をするんですよ。作・演出が市堂令。「一同礼!」の市堂令で、みんなで作っているんです。それは芝居でしか表現できないものの醍醐味があって、あれを観ることができてとても幸福だったと思います。唐さんの状況劇場を初めて花園神社のテントで観たときは、あまりに刺激が強すぎて、芝居がはねてテントを出るなり嘔吐してしまったのを覚えています。他に夢の遊眠社、第三舞台、ブリキの自発団とか、渡辺えり子さんがやっておられた3○○とか如月小春さんの芝居とかグランギニョルとか。つかこうへいにもすごく影響を受けました。つかさんは台詞回しや逆説的なマゾヒズムがいいですね。エッセイも面白い。「孤独は金になる」って言葉が忘れられなくて、若い頃はあまり意味が分からなかったんですけど、ああ、何となくそういう意味かなと思うようになりました。蜷川幸雄さんの芝居も好きでしたね。

――それらは小説の執筆にも影響を与えているんでしょうか。

中山:戯曲の言葉って、耳だけで聞くじゃないですか。私が文章を書く時に、最も重要視しているのが音感、リズムなんです。何もつっかえることなく「するすると水のように入ってくる」ような、音楽のような小説を書きたいと思っています。文章というのはリズムが一番大事で、できるだけ平易な言葉で深いことを言いたい。中学生が読んでも分かるような言葉で書きたいと心がけています。短歌の影響もあると思います。あの五七五七七のリズム感が。

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