
作家の読書道 第176回:阿部智里さん
早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?
その2「小学3年生から小説家を目指す」 (2/6)
――そこから、自分も「ハリー・ポッター」のような話を書こうと思ったのでしょうか。
阿部:その前から物語は書いていましたが、途中でハリー・ポッター事件が起きて、本気でプロになろうと思うようになりました。今思えば簡単な話から描けばいいのに、最初っから私は「ハリー・ポッター」を書こうとしたんですよ。まあ、挫折の連続ですよね。
今でも作文帳が残っているんです。最初は犬が主人公の話を書こうとしていて、恥ずかしいんですけれど「チャックの冒険」という題名でして。本人的には相当素晴らしい話ができるはずだったんですけれど、途中で駄目だって気づいたんです。「ハリー・ポッター」と比べるとお粗末だったので。
――いや、小学3年生が自分と何を比べているんだっていう(笑)。
阿部:でも当時は、本気で小学生のうちにデビューするつもりだったんですよ。それで、次に考えたのがサンタクロースの娘の話だったんです。また「これならいける」と思いましたね。サンタクロースの話はたくさんあるけれど、その娘を主人公にした話はなかなかないだろうと思って。サンタクロースがぎっくり腰だか怪我だかして、娘が代打ではじめて女性のサンタクロースになるというお話でした。ところが、当時からして私はダークな色調が好きだったらしくて、話が進んでいくなか、引退したはずのお父さんが復権しようと頑張っているうちに他の勢力との抗争が勃発し、石のライオンによって身体を食いちぎられるというところまでいきまして、その瞬間に「これ、題材と内容が合ってないぞ」と気づき、お蔵入りになりました。その頃になってようやく「どうも西洋を舞台にしたファンタジーは、自分が書くには知識が足りなすぎるぞ」と気づいたんです。
その頃、私が一生懸命読んでいた本が、荻原規子さんの『空色勾玉』三部作、先ほど挙げた『精霊の守り人』シリーズ、小野不由美さんの「十二国記」シリーズだったんですよ。安房直子さんの和風ファンタジー『天の鹿』を読んだのもこの頃だったかな。これは描写の参考にした記憶があります。
その時になってようやく、アジアを舞台にしたファンタジーもできるじゃんって気づいて、ようやくハリー・ポッター教から脱しました。自分はアジアの人間だから、東洋のファンタジーなら書けるだろうと思ったんです。それで、中学校の時は東洋ファンタジーに耽溺しました。中学卒業の頃にようやく一作、初めて長篇を書き上げることができました。『きりんじ』という小説です。で、某ライトノベルの賞に応募したのですが、これは一次選考にも引っかからずに落ちました。今から思えば本人が自覚していなかっただけで、守り人シリーズの猿真似でしたね。しかもひどかったんですよ。規定枚数を越えてしまったので、削ればいいものを無理やり収めるために改行をできるだけ減らしてしまったんです。送られた側からすると地獄のように読みづらいでしょうし、おそらく、1枚目読んで落とされたんじゃないかと思います。
――小中学校からすでに小説を書くことがメインの日々だったんですか。
阿部:そうですね。あ、でも部活で柔道をやっていたので、それと並行して小説を書いているという感じでした。
――中学生時代はもっぱら東洋ファンタジーを読んだということですが、それまで西洋ファンタジーも相当読まれていますよね?
阿部:はい。当時はハリー・ポッターの影響で日本でも相当ファンタジーの翻訳が進んでいたんです。『ダレン・シャン』シリーズも相当読みましたね。『バーティミアス』とか、『アルテミス・ファウル』とか、『ネシャン・サーガ』も。でも『ネシャン・サーガ』はそこまで影響は受けていないかな。
『ホビットの冒険』も読みましたし、『指輪物語』はハリー・ポッターシリーズとは別のベクトルでいろいろ影響を受けましたね。『指輪物語』って、言語まで作り込んでいるじゃないですか。「ハリー・ポッター」はリアルだと思ったんですけれど、『指輪物語』は歴史だと思いました。だから私は「ハリー・ポッター」のようなリアリティを持って、背景に『指輪物語』のような歴史を持つ物語を書きたいと思ったんです。そういう意味では強く影響を受けているのは間違いないです。
――ファンタジーって大作が多いのに、いろいろ読破していたんですね。
阿部:幸せな時間ですから。もうその世界に入り込んで、ずっと出て行きたくないみたいな感じでした。当時は本が何冊も入っていたので、他の中学生よりも鞄がずっと重かったと思います。休み時間や移動教室の時も本を持って移動して、先生が来るまでの間読んでいましたし、昼休みも一番に図書室に行って、本を貸し借りして、常に本を切らさないようにしていました。時間はなかったけれども、人生で一番本を読んでいたのは中学生の時だった気がします。
――他のメディア、漫画やアニメや映画やゲームなどには興味なかったですか。
阿部:漫画は『犬夜叉』や『名探偵コナン』も読みましたし、『ヘルシング』にも影響を受けました。アニメもすごく好きなんです。私はオタク気質なので、今でも興味を惹かれたものは率先して見ます。
あ、中学時代に影響を受けた本はもうひとつありました。夢枕獏さんの『陰陽師』です。これはめちゃくちゃ読みました。夢枕さんの本でドツボにハマった理由というのは、もちろん陰陽師を題材にしている点で、私にとってのファンタジーだったという点もあるのですが、何よりびっくりしたのが、文章の美しさだったんですね。情景描写の、香のしたたるような文章っていうのかな。とにかく、あまりにも美しくて、衝撃を受けた。それで、「ハリー・ポッター」のリアリティの背景に『指輪物語』の歴史があって、夢枕貘さんの文体が加わった作品なら最強だろうって、単純ですけれど、そう思ったんです。自分にとって完璧な本を書くためには、今まで読んだ本の良いところを、自分のものにする必要があると。だから、先達の作家さんを師匠だと思うことにして、どうやったら技を盗めるだろうかと常に考えていました。
――技を盗むためには具体的にどういうことをしましたか。
阿部:『陰陽師』は中学生の時に文章を写しましたね。写経みたいに。