
作家の読書道 第176回:阿部智里さん
早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞者となり作家デビューを果たした阿部智里さん。その後、同作を第1巻にした和風ファンタジー、八咫烏の世界を描いた作品群は一大ヒットシリーズに。なんといっても、デビューした時点でここまで壮大な世界観を構築していたことに圧倒されます。そんな阿部さんはこれまでにいったいどんな本を読み、いつ作家になろうと思ったのでしょう?
その5「最近の読書と執筆」 (5/6)
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- 『魔人探偵脳噛ネウロ コミック 全23巻完結セット (ジャンプコミックス)』
- 松井 優征
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- 『銀と金 文庫全8巻 完結セット (双葉文庫―名作シリーズ)』
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――デビュー作を読んだ時、これは相当知識を持っている著者だなと思ったんです。いろんな書籍を読まれたと思うのですが、どうですか。
阿部:大学に入ってからは、以前ほど小説は読めなくなりました。学部生の頃は主に『古事記』と『日本書紀』とかについて、新書から論文まで色々と読まなくてはならなかったので。最近も読むのはほぼ論文ですよね。
小説を書く上で絶対必要だったのは『素晴らしい装束の世界 いまに生きる千年のファッション』です。大型本で、全部カラーなんですよ。もともと3000円くらいの本ですが、装束の研究をやっている人はみんな欲しがるので、ネットの古書店でどんどん値段が高くなっています。「日本の平安装束の本なんていっぱいあるのになぜこれにこだわるの」と言われたこともあるんですが、これは図解も説明文も本当に素晴らしい本です。日本の色についてなら『日本の伝統色 色の小辞典』かな。
早稲田はありがたいことに衣紋道に関する授業があって、十二単や束帯、衣冠とか直衣とか狩衣とか、一通り触らせてもらえたんです。作中の装束を着せるシーンは私の経験をもとに書いています。ただ、詳しい人が読むと「あ、これ微妙に違うぞ」となる部分もあると思います。第1巻は賞を獲るために意図的に平安時代の風俗に寄せて書きましたが、2巻以降は少しずつアレンジを加えているので。知識があるとより楽しめるけれども、知識がなくても楽しんでもらえるように、と考えています。
――その後、漫画は読んでいませんか。
阿部:あ、漫画は手軽に読めるので、大学生になっても結構読んでいますね。私がとても面白いと思ったのは、ジャンプでは松井優征さんの『魔神探偵脳噛ネウロ』。『暗殺教室』の人ですね。この作品がすごいのは、全体の構成が神がかっているところ。鳥肌が立ちます。いつ打ち切られてもいいように事件を区切って、途中で打ち切りになっても作品として完結するように書いていたらしいんですが、ここまで連載が続いたなら最後まで書けるだろうとなった時に、踏み切って一番大きな事件が描かれるんです。でも、読み返してみると、もう最初のほうから、最後の事件のための伏線が大量にあるんですよ。読み返すとすごく面白いんです。あるエピソードで親子が出てきて、娘さんが「あ、お客さん」って言うシーンがあるんです。そのお客さんの視点からその親子を見ているコマになっている。でもそのお客さんが誰だか語られないし、重要なことではないので誰も気にしないんです。ところがシリーズ終盤になってその「お客さん」と言われて親子を微笑ましく見ていた視点人物が誰だか分かるんです。コマの中にヒョロッとした線があって、最初に読んだ時は「なんだろうこれ。間違えて書きこんじゃったのかな」とあまり気にしなかったんですけれど、後で読み返すと、それがある人物の特徴的な髪の毛だと分かるんです。怖いですよ。最高です。
私は最初から思わせぶりで、あとから回収する伏線って好きじゃないんです。いかにも作者の意図が介入されているみたいで。伏線だと気づかないけれど、読み終わってみて「あれは伏線だったのか」って気づく形が一番楽しいと思っています。
漫画では他に福本伸行さんの『アカギ』も好きですね。麻雀漫画ですが、1巻から6巻あたりまでの流れが本当に好きで、何回も読みましたし、その前身である『天 天和通りの快男児』とか、あとギャンブル漫画の『銀と金』も好きですね。人の心の動き方や駆け引が大変面白くて繰り返し読みました。私はギャンブルはやらないんですが、これらの漫画があまりに面白いので、それを理解したいがためにルールを覚えました。あとは、今市子さんの『百鬼夜行抄』もたくさん読んでいます。構成が美しいなと思ったのは『ヒカルの碁』。最近特に面白かったのは『ヘルシング』の作者である平野耕太さんの『ドリフターズ』ですかね。
アニメでは虚淵玄さんの脚本が好きです。『魔法少女まどかマギカ』を見た時には自作の『烏に単は似合わない』に通じるものを感じました。途中までは魔法少女アニメっぽく見せておいて、突然少女の一人の頭がブチッと食い殺されるシーンがありましたよね。ああいう、今まで見せていたものをくるっと回転させるものが大好きです。