
作家の読書道 第195回:伊吹有喜さん
『四十九日のレシピ』、『ミッドナイト・バス』、『なでし子物語』など心温まる作品を発表、最近では直木賞候補にもなった『彼方の友へ』も話題となった伊吹有喜さん。幼い頃から読書家だった彼女の愛読書は? 時代小説にハマったり、ミステリ小説を応募していたりと、現在の作風からすると意外にも思える変遷を教えてくれました。
その2「小学生で時代小説にハマる」 (2/6)
-
- 『はいからさんが通る 全4巻完結 (文庫版)(講談社漫画文庫) [マーケットプレイス コミックセット]』
- 大和 和紀
- 講談社
-
- 商品を購入する
- Amazon
-
- 『ベルサイユのばら(1)』
- 池田理代子
- フェアベル
-
- 商品を購入する
- Amazon
-
- 『オルフェウスの窓(1)』
- 池田理代子
- フェアベル
-
- 商品を購入する
- Amazon
――小学生の頃から文章を書くのは好きでしたか。
伊吹:好きでした。小学校1年生くらいからずっと真似事のようなことはしていて、2年生の文集には「絶対小説家になります」と書いてあります。でも3年生くらいになって、「あ、ちょっと恥ずかしいかも」と感じるようになりました。身近に原稿を書くのを仕事にしている人はいないし、小説家を見かけたこともなかったので、雲をつかむような話をしている気がして恥ずかしくなったんです。「パイロットになりたい」「宇宙飛行士になりたい」と言うのと同じくらい夢の話に思えて、もう一人の自分が自分に「もっと地に足をつけてものを考えないと」と言っている感じがあって。だんだんそれを言わなくなって、高校生の頃にはその気持ち自体をしばらく忘れてしまったくらい。後に小説を書きだした時に実家でその文集を見て、「ああ、私はやっぱり小説を書きたかったんだな」としみじみ思いました。
――真似事、というのはどういうことをされたのでしょう。
伊吹:最初は鉛筆であれこれ書いていたんですが、小学四年生ぐらいのとき、この日のこと、すごく記憶があるんですけれど、父の机の上にピンク色の軸に赤いマーブル模様の、ペン先をインク壺につけて書くタイプのペンがあって。「格好いいペンがあるな」と思ってじっと見ていたら、母が「わざわざインク壺につけなくてはいけないこんな不便なペンはもうお父さんは使わないから、もらってあげるわね」と言ってくれて、その後無事にそのペンが我が物になったんです。大人の匂いのするペンなので浮かれましたね。その日のうちに文房具屋さんに行ってインクを買ってきて、ペン先をつけて書いたらものすごく気分がよくて。そうすると今度は、何か書いてみたくなるわけです。それでまた文房具屋さんに行ってノートを買ってきて、最初は日記のようなものを書き始めました。でも、だんだん小説みたいなものを書きたくなっていって。
ちょうどその頃、偕成社の文学シリーズで夏目漱石の『坊ちゃん』や『吾輩は猫である』を読み、短い文章でシャープに書いていく文体がたいそう格好よくて魅せられました。それで「これを真似したい」と思い、とりあえずそのペンで夏目漱石の文体を真似して日記を書いてみたら「なんだかすごく格好いい」という気分になり、そこから漱石の文体を模写していろいろ書くことに夢中になりました。でも悲しいことに、書き出しは調子がいいんですけれど、途中で飽きるんですよ(笑)。いつも10ページくらいは調子がいいけれど、その後は尻切れトンボ。小説家はこれを最後まで書き切るんだなと思うと、いよいよ小説家になるなんて無理だよねと思っていました。
――なるほど。ちなみに漫画などは読みませんでしたか。
伊吹:うちは漫画が禁止されていたんです。だけど『キャンディ・キャンディ』だけは母がハマったものですからOKになりました(笑)。「『キャンディ・キャンディ』は女の子が自立するところがお母さん好きなんよ」って言い訳していましたね。『はいからさんが通る』もやはり母がハマったので読めました。あれも女性が自立する話でもあるので、母はそういう話が好きなんだと思います。とはいえ、そのあと友達が貸してくれた『ベルサイユのばら』と『オルフェウスの窓』を見せたら、あまり厳しく言われなくなりました。
――その後、夢中になった小説といいますと。
伊吹:小学校6年生の時に橋田壽賀子さんのオリジナル脚本のドラマ「おんな太閤記」を見たんですが、時代劇というと重たくて「男の人」というイメージだったのに、女の人の視点で、衣裳もきれいで。それで『太閤記』に興味を持ち、家に吉川英治の『新書太閤記』があったので読みだしたら、面白くてハマりました。翌年には徳川家康の大河ドラマが始まったので、その原作を読んだりして。
――山岡荘八ですか? 全26巻くらいありますよね?
伊吹:はい。ものすごく長かったんですけれど、熊の若宮という登場人物が好きだったんですよね。後半には納屋蕉庵になるんですけれど、髪は長めで、涼やかで教養あるいい男です。今でいうとキャラクター萌えで、熊の若宮が出てくるシーンが読みたいがために全部読みました。そのせいで、出てこなくなると著しくモチベーションが下がりましたが(笑)。
その頃にですね、たしか2夜連続だったと思うんですけれど、民放のドラマでかなり素敵な源義経を見たんです。それもキャラクター萌えで今度は村上元三の『源義経』を読みだして。高校生になると柴田錬三郎の『眠狂四郎無頼控』にハマりました。眠狂四郎は転び伴天連の西洋人と武家娘の間に生まれたハーフで、凄絶なほどの美貌の剣士なんです。今度は眠狂四郎萌えです(笑)。その一方で山田風太郎の『柳生忍法帖』で柳生十兵衛もすごく好きになって。
隆慶一郎さんも好きです。未完ですが『花と火の帝』、もう痺れます。『一夢庵風流記』もすごく好きで、これは後に『花の慶次』というタイトルで漫画化されたんですけれど、そちらも好きです。『北斗の拳』の原哲夫さんが描かれています。