
作家の読書道 第195回:伊吹有喜さん
『四十九日のレシピ』、『ミッドナイト・バス』、『なでし子物語』など心温まる作品を発表、最近では直木賞候補にもなった『彼方の友へ』も話題となった伊吹有喜さん。幼い頃から読書家だった彼女の愛読書は? 時代小説にハマったり、ミステリ小説を応募していたりと、現在の作風からすると意外にも思える変遷を教えてくれました。
その5「小説執筆と読書」 (5/6)
――20代以降の読書生活はいかがだったのでしょう。
伊吹:なんだかふわーっとしているんですよね。気が向いたものを読むという感じで、応募する作品の資料を読むことが多かったですね。年表とか、ドキュメンタリーとかルポルタージュとか。
――ちなみに、あれほどまでに好きだった時代ものを自分でも書こうとは思わなかったのですか。
伊吹:時代もののシナリオを書いたことはありました。「暴れん坊将軍」が好きだったので、似た雰囲気のものをノリノリで書いていました(笑)。
でも、小説ではなぜか、時代ものを書こうとは思いませんでした。小説で書くテーマとしては今の時代の生きづらさとか、そういうものの方に強く心が向いて。時代小説のプロットも何本か持っているんですけれど、小説としてはまだ書いたことがないです。ただ、近代で興味を持っているテーマがいくつかあり、それらは今後書く予定があります。
――『彼方の友へ』も大戦前後の少女雑誌編集部を舞台にした話でしたし、現代ではありますが『なでし子物語』のシリーズも昭和を振り返るような内容ですよね。
伊吹:そうですね。そのあたりに、時代小説好きの部分が反映されているのかなという気がします。やっぱり長いスパンで何かが変化していくことはとても興味のあるテーマです。
――2008年にポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年その作品『風待ちのひと』が刊行されてデビューするわけですが、それまでにいろんな新人賞に応募されていたのですか。
伊吹:はい、応募時代が長かったんです。ミステリーの賞と、ミステリーではない賞に交互に応募していました。ミステリー以外の賞のほうが最終候補に残ったりしたので、ミステリーはあまり合っていなかったのかな。
――今となっては伊吹さんにミステリーのイメージがないです。犯罪が起きて、警察が追って...という話を書いていたんですか。
伊吹:警察が追うというより、身内が罪を犯して、それは本当なのかと、普通の人が調べていくというものです。どうしようもなく、やむにやまれず行ってしまったことが法に触れた場合、あるいは大切な誰かを守るために取った行動が犯罪になってしまった場合、本人や周囲の人々はどう思い、どう動くのだろうか。大学で刑法を学んでいた折に、そうしたことを漠然といくつか考えていたので、それを小説に書きました。
生きづらさという点では、ほかの系統の応募作品と通じるテーマなので抵抗はなかったですが、登場人物にあまりにひどい暴力をふるわれ続けると、書いている自分も心が引っ張られて弱りました。
――心に傷の大人の男女が出会う『風待ちのひと』の後で、お母さんを亡くした後の父娘の話『四十九日のレシピ』が話題になって、温かい作品を書く作家というイメージが出来上がっていたので、ミステリーと聞いてちょっと意外でした。では、デビュー後はどんな本を読まれているのでしょうか。
伊吹:やはり資料本が多くなりました。その時代の様子を知るために読んだり、年表を読んだり。たとえば『彼方の友へ』ですと、当時の少女小説とか。吉屋信子先生をはじめとした小説で、女学生言葉や、当時の20代の人がどういう仕事をして、どういう暮らしをしていたのかとかを知ろうとして。でも結局、資料というよりは小説として面白いので夢中になって読んでいることが多いですね(笑)。