第196回:真藤順丈さん

作家の読書道 第196回:真藤順丈さん

ダ・ヴィンチ文学賞大賞の『地図男』や日本ホラー小説大賞大賞の『庵堂三兄弟の聖職』など、いきなり4つの文学賞に入選してデビューを果たした真藤順丈さん。その後も着実に力作を発表し続け、最近では戦後の沖縄を舞台にした一大叙事詩『宝島』を発表。骨太な作品を追求するその背景には、どんな読書遍歴が?

その6「デビュー後の読書と新作について」 (6/6)

  • ルポ 川崎(かわさき)【通常版】
  • 『ルポ 川崎(かわさき)【通常版】』
    磯部 涼
    サイゾー
    1,760円(税込)
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  • これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景
  • 『これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』
    ダグラス・アダムス,マーク・カーワディン,リチャード・ドーキンス,安原 和見
    みすず書房
    3,300円(税込)
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  • 鬱屈精神科医、占いにすがる
  • 『鬱屈精神科医、占いにすがる』
    春日 武彦
    太田出版
    1,500円(税込)
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――本を読んでいる場合じゃなかったですか。

真藤:ずっと読めてなかったなあ、作家になってから確実に読書量は減りました。でもこのところはようやく取り戻してきたかというか、編集者に教えてもらったものや話題になっているものは読むようにしてます。あと書店でビビッと興味を惹かれたものを。

――食指が動くのは、どんなものですか。

真藤:なにかこの小説は、見たことのない風景を見せてくれそうだなとか。乗ったことのない線路に乗せてくれそうだなとか。自分が知っているような類型にはまってなさそうなもの。あとは横溝正史ミステリ大賞と合併されちゃったけど、ホラ大受賞の作品はもれなく読んでいますね。

――ノンフィクションとかは。

真藤:最近読んで良かったのは、磯部涼の『ルポ川崎』。これはヤクザ者になるか肉体労働者になるかという道しかなかった若者たちが、ラップで人生の活路を見出すという世界のどこにも通じる普遍的な命題を扱っていて。レイシズムへのカウンター運動なんかにも興味があるので、心打たれた読書でした。あとダグラス・アダムスの『これが見納め』っていう絶滅寸前の動物ばかりを見に行くおかしな紀行文が面白かった。
 それからノンフィクションとはちょっと違いますが、精神科医の春日武彦先生の本はどれも好きです。『無意味なものと不気味なもの』という自身の体験を重ねながら小説を紹介する書評集がありまして。数年前に『鬱屈精神科医、占いにすがる』という名著も出て、これは春日先生ご自身の精神分析にもなっているような本で、やっぱり抜群に面白かったですね。
春日先生は、それはもう文章が恐ろしいほど闊達で、「達意の文章」というやつですか。表現しえないものを表現しようとしているというか、名前のついていない感情に名前をつけてくれるというか。たとえば「精神科医は相撲の行司みたいなものだ」とおっしゃる。患者がなにかと戦っているにせよ、たとえむなしい独り相撲にせよ、のこったのこった、と言いつづけてやるのが精神科医の仕事だって。そういう感じで言葉にできていないことを言ってくれるので、僕はあの人の文章はいくらでも読んでいられます。
 安部公房も平山夢明も村上春樹もそうだし、原著に当たれないけどコーマック・マッカーシーも絶対そうだと思うんだけど、文体がすでにその作家固有のものになっている作品に強い憧れと嫉妬を抱くんです。一文一文のすみずみに至るまでその作家のサインが記されているような。エンタメ小説の世界にはできるだけ作家の気配は消すべきだという考えもあるけど、すごく面白い話だけど誰が書いてもおなじという文章に興味はない。なんといっても文章こそがこのメディアの最大の武器だし、書き手の「声」ともいえる「語り」の快楽に浸れてこそ、真に心に残る読み物になりえると思ってます。

――語りの快楽という意味では、新作『宝島』はまさにそれを堪能しました。戦後の沖縄で、米軍施設から物資を強奪する戦果アギヤーの英雄が失踪、ヒーロー不在のなか、混乱の時代を生き抜いていく3人の男女の20年にわたる物語。沖縄には興味があったのですか。

真藤:ありがとうございます。現在の僕が持っているものをすっからかんになるまで注ぎこんだ小説です。一人でも多くの読者に、小説そのものの力を感じられるような読書体験をしてもらいたくて、沖縄の烈しさと恵み深さにふれてほしくて書きました。1952年から返還の72年まで、20年間にわたる沖縄の青春物語であり、冒険小説であり、ビルドゥングス・ロマンです。とにかく掛け値なしに面白い小説を、ただそれだけを志向して、沖縄という物語の鉱脈にみずからはまりこんで書き上げました。

――彼らの物語を、誰かが語り聞かせてくれているような文体ですよね。迫力もあるし飄々としたところもあって、神話的な物語を聞かされているような気分になれる。

真藤:沖縄に出自を持たない自分が、土地のナラティブとして語っているので、これは途方もない挑戦でした。だけど例えば、東京生まれの主人公が沖縄に渡って......といったかたちでは僕が達したい物語の深層には達することができないと思って。自分にとって遠い時代や土地の話、そこで起きていた本物の悲喜劇を伝えるには、現地の人間になりきって書くしかなかったんです。そういう事情もあって、構想から完成までに7年もかかりました。

――ミステリであり、青春小説であり、成長物語であり、歴史であり......いろんな読み方ができる骨太な小説ですよね。書き上げるまでに時間がかかったそうですが、普段、1日の執筆時間などは決まっているのですか。

真藤:あの島のあの時代を登場人物とともに疾走する、他にはない濃密な世界を味わってもらえると思います。執筆期間はしょっちゅう昼夜逆転してますね。この『宝島』の執筆中に第二子が生まれたので、子供中心の生活ではあります。保育園の送りや迎えにあわせて、送ってから寝るか、迎えにいってから寝るか。筆が乗ると朝方まで頑張っちゃって、またそれで昼と夜が入れ替わったりしてますね。

――今後はどのような小説を書きたいですか。

真藤:沖縄にかぎらず土地ごとの歴史や伝承といったものにはたえず関心があるので、そういう柄の大きなものには取り組んでいきたいです。出版業界全体が衰退している今、これまでにない新たな〝マグナムオーパス〟の星座を描くのは僕らの世代の役目だと思うので、これまで人生の道を拓いてくれた傑作群に恩返しするためにも、自分の出世や〝お金欲しい〟という気持ち以上に、エンタメ小説の世界を盛り上げることに身を捧げなくては、と最近ではわりと真顔でそんな感じのことを思っています。

(了)